君恋ふる涙しなくは 06



暫くして女は落ち着きを取り戻し、淡々と語った。その態度は小十郎を驚かせる。そしてやはり、この女は只者ではないのだ、と感じた。普通の女だとも思ったが、根底の何かが違う。それとも根底が普通の女で、今のように冷静に状況を打開しようとする顔は長年背負った役目に作り上げられたものなのだろうか。どちらであるかは今の小十郎には分からない。
分からないまま、女が語る話を聞く。
まるで、と小十郎は思った。
まるでお伽噺だ。女子供が好むような悲劇の恋話のようだ。
目の前の女が作り話をしているのかと疑ってもおかしくはないほどの、信じがたい話だ。
記憶がなかった女を拾った。互いの身分など知るはずもなく、雪深い小屋の中で二人で過ごし、夫婦になって、そして引き離された。雪の日、この家に、女の腹心の部下が迎えに来た。
だが女は本当は知っていた。直接聞いたことはない。だが、離れたのは夫の、小十郎自身の判断だった。夫は最初から女の正体に当たりをつけていたのだと思う、と。
もしその話が本当なら──小十郎は考える。当時の自分が何を考えていたか。
「……そうだな。おそらく、そうだったんだろう」
そして不思議なほど自然に、口からその言葉が出ていた。
「すまなかった」
吉が一瞬、冷静な顔を揺らがせた。
「おまえさまが、何を謝られるの」
「……あなたの話が本当なら」
そう、冷静な顔で話しているが、小十郎は気付いていた。
嬉しかった、哀しかった、そんな感情を話の中に織り交ぜるのは女の特権のはずだ。
だがこの女は何ひとつ言わない。事実を淡々と述べるだけで、何ひとつ。
それでもなぜか分かったのだ。だから思う。
──俺とこの女は、確かに夫婦だった。
「あなたは、とても傷付いたと思う」
俺のやり方が間違っていたとは思わない。奥州のために。
だが間違っていたと思う。夫としては確かに間違っていた。
傷付いただろう。当時の心を言わないのはそれを隠すためか。弱みを見せてはならぬ人生で培った癖なのかもしれない。
それとも、夫に罪悪感を背負わせまいとするためか。
後者だろう。なぜか小十郎はそれが分かるのだ。この女なのことなど何も知らないと思っていたのに、なぜか。
吉は僅かに首を横に振る。
「なんも」
「それは、言わないでくれ」
それは聞きたくない。彼女は否定の言葉で肯定する。捻くれているわけではないことも分かっている。
素直になれない女なのだ。それを知った。思い出したのかもしれない。
「その、何と言うか──なんも、だな」
「……西では、よう使うから」
「ああ、違う」
小十郎は言葉を探す。自分からすればいまだ他人という感が拭えない相手に、そこまで踏み込んだことを言っていいものか。だが言わなければならないような気がしていた。
「俺の、勝手な印象なんだが」
きっと自分は昔から、彼女がこんな時に言うこの言葉が好きではなかった、と思ったから。
「嫌なことを嫌だと認めたくない時、言うような気がして。嫌なことと言うか──辛い、とか、そういう時に」
違っていたらすまない、と付け加える。吉はしばらく小十郎を見つめていた。小十郎がその視線に何か言葉を探したくなる直前、ふっと息を吐くように笑った。
「では、申さぬようにするわえ」
「……そうだな。そうしてくれると助かるよ。──でも、ああ、うん」
はっとし、やや早口で付け加えた。自分でも妙に焦っていた。焦りの理由は分かったが、なぜそこまで焦っているのかは分からない。
それでも言わなければ、と思った。
「不満を言うなってことじゃない。嫌だとか、辛いとか、そういう時は、はっきり言ってくれ」
「……ん」
吉は頷き、しばらく黙っていたが、やがて小さくくすくすと笑い出した。
「どうした」
「だって、おまえさま」
いかにもおかしいとばかりに吉は笑う。小十郎には意味が分からない。
「昔と、同じことをおっしゃる」
「──そうか」
「そ、そ」
「ああ、……そうか」
意味が分からない。だが小十郎はつられたように笑った。
焦った理由が分かった。いつも同じことを思っていたのだろう。
飲み込むなよ。言えよ。そんなことを、この女を忘れる前から思っていたのだろう。
暫し笑い合った後、小十郎は改めて吉の話を考える。思い出せないことに変わりはない。信じ難い話であることにも変わりはない。
繕う気はなかった。今の彼女の前で、それは不要な気がした。
「正直、すぐには信じられない」
素直な小十郎の言葉に、吉は眉を顰めて微笑む。それは仕方のないこと、と、その笑い方が言っている。この女はどれほどに、と小十郎は思う。
──この女はどれほどに、こんな笑い方をして生きて来たのだろう。本当のことを言っているだろうに、信じられないと言う俺を受け入れようとする。
それはかの魔王の立場であったからか。それとも違うのか。分からなかった。分かる者は誰もいない──小十郎はそう思った。
──でも、それでも。俺は分かっていたのだろうか。
「……それから?」
──平坦な恋愛結婚ではなかった。それは分かる。あの立場であったこの女と、奥州の軍師の俺が、ごく穏やかな恋の道を歩めたはずがない。
様々なことがあっただろう。自分は、この女は苦しんだかもしれない。いくら女心に疎いとはいえ、小十郎は人の心が分からぬわけではない。苦しんだかもしれない、哀しんだかもしれない。それくらいは容易に想像がついた。
「それから、とは?」
「……そうだな。あなたが奥州に来るまで。あなたは本能寺で」
そこで一度、言葉を切る。本能寺で死んだはずだ。それは覚えている。あの時は日の本全てが震撼し、奥州もまた例外ではなく、あの同盟を、この同盟を、あの勢力はどう出るか、そんなことで忙殺された。自身とて眠る暇も無いほどに駆け回った記憶がある。
──……何だ?
駆け回った記憶。それは確かにある。あの頃のことは鮮明に思い出せる。
だが、何かが抜け落ちている。

もっと早く。

──……政宗様?

もっと早く。
そう呟いている政宗の姿が脳裏に浮かぶ。
小十郎は目の前の女の存在を忘れ、無意識に記憶に手を伸ばした。

もっと早く。
もっと。
すまねえ。
小十郎、すまねえ。
俺がもっと早く言えばよかった。

「……政宗様?」
「おまえさま?」
女の声は届かない。ただ、記憶の中の政宗の声を聞いた。

もっと早く言えばよかった。
迎えに行けって。
さらって来いって。

「……それは」
できなかった。そんな言葉が脳裏をよぎる。
できるはずがなかった、できるはずが、して良いはずがなかった、と。

「おまえさま」
僅かに、ほんの僅かに強い声が響いた。小十郎はびくりとして顔を上げる。同時に意識が現実に戻った。何かに囚われていた、と瞬時に理解する。
強張った顔をした吉が、目の前にいた。
「お疲れであらしゃりましょ。夕餉までおしずまりあそばし」
「……大丈夫だ」
「だめ」
吉の声は強い。命じる声ではない。だが確かにそれは小十郎に逆らうことを許さない声だった。妻が夫に強く何かを望む時の声だと、今の小十郎には分からなかった。
「おしずまりあそばし。しずまることもまた、奥州のためのお役目にあられれば」


無理に近い形で小十郎を横にし、吉は部屋を出る。縁側から見える庭先に、庭の手入れをする源爺がいた。吉の姿を見、軽く頭を下げる。吉は目で頷き、やはり小十郎が求めるままに話さなくて良かった、と思った。
「源爺」
「はい」
「晴久に申し伝えや」
「守護代様に、でございますかね」
「そ」
「爺は守護代様とお話しする機会なぞ、何も何も」
「ほうかえ。なればわらわが伝えよう、ナ」
元奥州武士は女主人を見る。小十郎がどこからか連れて来た女。織田の直系と聞く。雪深い小屋で二人が暮らしていた時から知っている。
だがどこかで疑問に思っていた。
織田の直系だからと言って、この女の──こういった時の威圧感は説明がつかない、と。
吉は源爺を見据え、言った。恫喝の口調でもなく、命ずる口調でもなく、ただ淡々と。
それでも、酸いも甘いも知りぬいた老翁が息を呑むには充分な何かを纏いながら。
「晴久にとっては鼠に過ぎぬでも、片倉にとっては有能な番犬であると、なァ」
「番犬、でございますかね」
辛うじてその言葉が出た。この歳になって背筋が寒くなるなど、考えもしなかった。只者ではない。それは知っていたつもりだった。だがそれはあくまで「上流の姫君」の纏う空気にすぎないと思っていたのに。
「……番犬は、片倉家のために餌を食いますもんで」
それは違っていた。今、源爺は強く思う。姫君などとはとんでもない。
この女は何かが違う。何もかもが違う。それを知った。
「片倉の番犬が銀の餌を好んで食むとは思うておらぬ。互いに利あらばと口に押し込むは、まァ、晴久のやりそうなこと」
源爺は完全に白旗を揚げた。隠す気にもなれなかった。いかにも老人の歩き方で吉の元へ行き、膝を着いて深々と頭を下げる。
「奥様のご慧眼には、爺も言い訳が聞きませぬで」
「押し込まれたかえ」
「おっしゃる通りに」
胸元から銀の粒を出し、平伏したまま吉に示した。
「やはり、ナ」
吉は声を上げて笑う。元奥州武士は顔を上げることができず、なぜ女主人がこんなにも楽しそうな声で笑うのかを計りかねた。
「あの子はほんに、戦国の世を生きる武将であること。まァ、よう育った、育った」
「……爺には分かりませぬで」
「よいわえ。──それは取っておき。正しき報酬ぞ。晴久にも申すことあらば申すがよいわ。源爺の心はありがとう、ナ」
源爺はただ、地に額を着けんばかりに平伏を深くした。
晴久と「通じた」わけではないということを、吉は理解している。源爺はその点に驚いていた。晴久が片倉家の同行を知ろうとする目的、源爺が片倉家の平穏を守ろうとする目的、二人の目的における利害が一致したから手を組んだように見えるに過ぎないということを、吉は理解していたのだ。
「これからもよう、片倉のために励みや。頼りにしておるわえ」
源爺が顔を上げるまでを待たず、裾捌きも鮮やかに、吉は縁側を歩いて行く。
──老境に出会うには、面白すぎる女主人よ。よくもまァ小十郎様、こんな女を嫁にしたもの。
平伏したまま、源爺は若い頃以来の高揚を感じる自分に気付いていた。


これは夢だ。小十郎は思う。そうだ、これは夢だ。よく分かっている。
本能寺で──魔王が──織田信長が──
死んだ。
あの時の夢だ。
いち早く出雲が動いた。次は大坂が。同時に三河、甲斐、越後──奥州も遅れを取るわけにはいかない。
何かを、本当に何かを堪えていたような気がする。
何かを堪えながら、夢の中の小十郎は寝食を削って指示を出していた。あの時の自分だ。それもよく分かる。
だがなぜ政宗が自分に「休め」と言っているのか。
いいから。小十郎。休め。俺だってできる。頼むから、一日くらい。半日でもいいから。
それでもなぜかそれを断る自分がいる。今しかできないことがあります、今だからこそ動くのです。政宗に言い聞かせる自分がいる。天下を、今こそ天下を──政宗様、今こそ天下を獲るために動くのです。それが戦として攻め入るではなくとも、足場を固めるのです。
そうだ、それは正しい。政宗も分かっている。
それでも子供のように、頼むから、と自分に何度も言う政宗がいる。
聞き入れない自分がいる。聞き入れない自分に苛立つ政宗がいる。
政宗が言う。

死んだんだぞ。
死んだんだ。
何でそんな平気な顔してられるんだ。

夢の中のことなのに、なぜか動揺した。理由は分かる。理由、どちらかと言えば今の自分にとっては理屈。
理屈であるはずなのに動揺する。
だが夢の中の自分は何かを堪えたまま──否、堪えた何かを押し潰した。
そして言った。

ええ、死にました。
ですから、だからこそ。
政宗様。
今が機なのです。

押し潰した。それが分かる。
もう堪えることはない。簡単な話だった。
簡単な話。

ああ、そうだ──夢から意識を戻しながら、小十郎は思う。
押し潰したんだ。何かを。何かを押し潰して、俺は──ただ宿願を。悲願を。
俺の役目を果たすために、あの時、押し潰して、捨てようとしたのだ。

簡単な話、だった。
あの夢を見るまでは。
あの夢。

織田の再挙兵。
夢幻の中に再び現れた、あの本能寺。

あの悪夢が始まるまでは、本当に、簡単な話だった。

「……簡単な」
完全に夢から覚めたのは自分の呟きが耳に入ったからだった。ぼんやりと目を開ける。しばらく宙を見ていたが、やがて深く息を吐いた。嫌な夢を見たような気がしたのだ。
思ったよりも長く眠っていたようだ。夕餉の時間などとうに過ぎているだろう。家の中は静まり返り、使用人が動いている気配もない。
起き上がって襖を開けると、案の定、そこには夜が広がっていた。庭の灯篭の火が爆ぜる音が響く。
「おまえさま」
静かな声がかけられた。隣の部屋の襖が開き、吉が顔を出す。小十郎を見て微笑んだ。
「まだ、宵だえ。おしずまりあそばしな」
「……目が覚めてしまったからな」
「そ。水でもお飲みに」
「ああ、いや、大丈夫だ。ありがとう」
小十郎は自分でも驚くほどに優しく言った。自分が起きるまでじっと待っていたのだろうと思うと、負担をかけて申し訳ないと思う以上に感謝したくなったのだ。吉はその声に、また微笑む。嬉しそうだ、と小十郎は知る。だから嬉しくなった。この笑い方がとても可愛いと思った。
「おかしな夢を見たんだ」
「夢」
「おかしな、と言うよりは──過去の夢、かな」
「どのような」
「……何とも言い難いな」
あなたが死んだ時の夢だ、と、口に出すことは憚られた。吉は首を傾げるが、それ以上問うつもりはない様子を見せる。ああ、と小十郎は思った。
──いい妻、だな。
「何かを押し潰した夢だった」
「アレ、剛腕なお話かえ?」
「そういう、潰す、じゃねえなあ。あれは──」
──あなたが本当に、俺の妻だと言うのなら。俺はきっと──
「……心を、潰したんだろうな」
──恋心ではない。恋などという言葉ではとても収まらない、そう、もっと激しい何かの感情を。
それほどまでに。小十郎は知る。

それほどまでに、俺はあなたを想っていたようだ。
覚えていては動けない。
あの時の俺はそう思ったようだ。
だから潰したんだ。

「心?」
「中々、辛いもんだな。夢の中ではそうでもなかったのに、起きた方が思い出して辛い」

潰したんだ。
嘆く心を。
妻と添えなかった現実を嘆く心を。

それがあなただと、なぜ思い出せないんだろう。
なぜあなたのことだけを忘れているんだろう。

「……寝る前の話を、もう一度、いいだろうか」
心を潰さねばならぬほど想った女と、自分はなぜ今、夫婦となっているのか。
本能寺で死んだはずの女が、魔王が、あの富と権力と闇の象徴であったような存在が。
なぜ今、奥州のこの地で、片倉という身分の家で、自分の妻として、普通の女の顔をしているのか。
吉は眉をひそめて微笑む。
「誰も、おらぬ場でなら」
使用人にも聞かれたくない。聞かれてはならない。吉は言外にそう告げた。小十郎は暫し考え、頷いた。




「……尼子さん、勝手に見るのやめてくれます?」
「いや、久々にきつの政治のやり方見て懐かしくて」
「めっちゃ怒ったくせに、見るものは見るのかよ」
政宗は苦々しく言うが、晴久はどこ吹く風で書類をめくる。政宗は晴久の所業をもう諦めていた。今も勝手に執務室に入り込み、政宗が吉に助力を受けていた間の書類を漁っては読み耽っている。特に重大な機密文書は他に保管してあるため、特に止めようとは思わなかった。
小十郎には早い時間に帰るように言ったものの、政務が減ったわけではない。思った以上に時間がかかり、夜も更けた今になっても書類と睨めっこをするはめになっていた。
「あ、やっぱりこっち優先したか。俺でもそうする」
「何の件」
「三河。徳川の」
同盟というほどではないが、友好的な関係を継続する方針を取るため、家康と交流を測るという政務内容だった。同盟を組むべきか否かを迷っていた政宗に、今はあくまで友好関係で良いと吉が指示をした。
「ああ、何だかんだであいつのとこ、勢い付いてるからな。今んとこは事を構える気はねえよ」
「三河に関しちゃ、きつに訊くのは間違いだったかもな」
「そうか? 姐さんでも間違えんの?」
「間違えたから本能寺で死んでんだろ。大失敗だ」
「お前、弟ならではの毒吐くよな。姐さんもよく怒らねえもんだ」
冷たい言い草に政宗は苦笑する。吉がいないから言っているのではなく、おそらく本人の前でも平気で言うだろう、と分かっていた。
「まあ、間違いってほどじゃねえけど。同盟なんざいつでも組めるし、険悪な事態になったら俺を通して取り敢えず収拾しろって言われたんだろ」
「ご明察。お前んとこは三河と同盟組んでるし、それなりに家康とも交流してんだろ。時間を稼ぐにはちょうどいいんだ」
出雲にとっては無礼とも取れることを、政宗はあっさり説明した。いざとなったら時間稼ぎの駒になれと言ったようなものだ。晴久は怒らず、まあそうだろうよ、と言った。
「奥州と関係が悪くなるのはどうってことねえが」
「おいこら」
「三河が大々的に動くと、うちも動くはめになる。あまり三河と動きたくねえんだよ」
「──でも三河と同盟組んでるだろ」
織田が斃れた後、織田の一陣を固めていた出雲はその資金力をあてにされ、各国から同盟の申し出を受けている。数々の申し出の中から三河を選んだのは他ならぬ晴久だ。それが動きたくないとはどういうことなのか。
「同盟組んでんのに動きたくねえって──そりゃ不義理すぎるだろ」
「監視だよ」
「は?」
「同盟ってことになってるし、事実として同盟なんだがな。──俺の本来の役目のひとつが、あの真っ黒なクソガキの監視。魔王から俺が継いだ役目のひとつだ」
政宗は晴久を見る。晴久は見るとはなしに書類をめくり続ける。
灯の中、いつも通り涼しい顔のまま文字を追う晴久を、政宗はじっと見ていた。胸の中にある感情が産まれる。認めたくないことだ、と思った。それでも認めることが自分の成長のために不可欠であることは分かっていた。
「……家康が真っ黒野郎って、俺は思わねえけど」
晴久の言うことが分からない。だが晴久は自分が分からないことを分かっている。
「ああ、そう。ならいいんじゃねえの」
だから、認めた。
「お前さ」
「ん」
「本気で、日の本を護ってるつもりだったのか」
認めた。
為政者としての嫉妬心を。
魔王──否。
戦乱の親に、その両腕にいくつもの何かを託された男が目の前にいる。
そして何かを自らの役目とし、孤独とも言える立場で生きていく男の、その強さ。
ただ一人の男にふたつもの嫉妬心を抱いたことを、認めた。
晴久は書類から顔を上げ、政宗の目を見る。だがそれも一瞬のことで、再び書類に目を落とした。
「お前が分かってることの方が意外だよ」
「何がだよ」
晴久の口元が笑いの形に歪む。だがそれは政宗がよく見る皮肉なものではなかった。
「魔王が日の本を護ってたってことを分かってるのが、意外だよ」
意外な思いを喜ぶ、笑い方だった。