藤波の夜の花房に 06



朝の茶立ては早い。
陽が上りきる前に起こしに来た小十郎を見、政宗は「お」と間抜けた声を上げてしまった。
朝まで姐さんのとこにいたのか、と訊くことはできなかった。ただ、小十郎から藤の花の香りがすることがその答えなのだろうと分かった。
世話役の女たちに身支度を手伝われる。奥州の女とは違う、気位が高く、気の強そうな女ばかりだった。小十郎は既に支度を終えていたので彼女たちの手を煩わせることはない。
案内役の用人が現れ、茶立ての場所へ案内される頃には、朝の気温がどこからか藤の香りを立ち上らせていた。
昨夜の宴と同じ面々が揃い、それぞれに昨夜よりもやや堅苦しい挨拶を交わす。酒が入っていなければ当然のことだろう。だが家康だけは何も変わらず、顔を合わせる人々に気楽に話しかけていた。
「やあ、独眼竜。おはよう、よく眠れたか?」
「Good morning。お陰さんでな。アンタこそ眠れたのか」
「ワシはどこでもよく眠れるのが自慢なんだ」
「へえ。てっきり愛しの天女様に訪いでもかけたのかと思ってたぜ?」
「──何の話だ!」
言いながら既に家康は真っ赤になっている。家康が抱く吉への思慕を知っている信玄は豪快に笑い、その横の幸村は話が分からないながらも主人に合わせて笑い、小十郎は溜息をつく。
「まったく、独眼竜は朝から際どい冗談を言うものだ」
「そうかい?」
「そうだとも。そもそも、今日と言う日は──」
涼しい顔の政宗に食って掛かる家康を見ながら、堅苦しい空気に軽い息詰まりを覚えていた面々は、いつの間にか肩の力を抜くことができていた。
なるほど、と信玄は思う。
──東の太陽に奥州の独眼竜。あの娘っ子が目を付けたことに納得よ。
ほどなくして亭主を務める久秀が現れた。朝茶は昨日のような宴と違い、屋内で行われる。招待された武将も文化人たちも流石のもので、そつなく作法を守り、久秀の出迎えをする。幸村だけが頭の中で必死に「次はこうで、ああで」と反復していたことは誰も知らなくて良いことだ。
「御揃いに感謝するよ。気楽に楽しんで頂きたいものだ。どうぞごゆっくり」
久秀らしい物言いと声音だった。客人たちは内心で「喰えぬ男だ」と思いつつも、亭主への礼儀を尽くす。
床の間には高さのある花器に藤の花が活けて置かれていた。朝露を含ませているのはわざとだろう、風流も裏技が必要なんだな、と小十郎はいやに冷めたことを冷静に考える。朝方、吉と別れてから妙に感情が動かなくなっていた。
本来ならば亭主の久秀が最後に現れるものだ。だが今、まだ姿を現さない女に対して、無礼だと思う者は誰もいない。ここは安土だ。そして今の世は魔王の世だ。
魔王と呼ばれる女が死神のような男を連れて現れるまで、男たちは久秀の振る雑談に応じ、それなりに楽しみ、それなりに腹を探り合った。
「無粋なことだがね。いくら女性の身支度に時間が必要とはいえ、遅すぎるな。かの明智公でも手に負えぬことが起きているのかと思ってしまうよ」
時が過ぎ、久秀が遂に口にする。待ちくたびれたという様子ではなく、何かを楽しんでいるような口調だった。それが小十郎には不快だった。この男は何から何まで気に入らない──ただただ、そう思う。得体が知れないからだ。理解できないものを好きにはなれない。この男を知り、好きになることは難しい。だが不思議なことに、知りたいとも思えなかった。相容れぬもの、異質なもの、そうとしか感じられなかった。
吉はどこにいるのか。小十郎には分かった。
──そのへんに、いるさ。
拗ねているのだ。そして寂しいのだろう。その感情が魔王としてこの場に現れることを拒んでいる。心が切り替われば現れるだろうが、それまではぐずぐずと聞き分けのない我儘な女のままだろう。
朝方に別れた時、吉は最後まで小十郎の袖を離そうとしなかった。もう時間だから早く行くように、ということを何度も小十郎に告げ、それなのに袖を掴んだまま。離れ難い感情に苛まれながらも、本来の二人の立場を先に思い出していた小十郎は、最後は振りほどくように袖を離させなければならなかった。
最後のそれに、妻はきっと拗ねている。そして哀しんでいる。仕方なかったとはいえ、あんなことをしなければよかったと小十郎は心底思った。
探しに出てみようか。光秀や小姓や家臣、城の侍女が探して急かしたところで、おそらく妻は聞き入れることはない。身分的にも小十郎がこの場を離れたとて、文句を言う者はないだろう。
自分が探しに、と言おうと思った瞬間、政宗が口を開いた。
「俺、ちょっと姐さん探してくるわ。腹も減ったし」
「政宗様」
まさか、と流石に小十郎は止めようとする。政宗の身分でするべきことではない。
「小十郎が参ります、政宗様」
「いいからいいから。お前はここにいろ。俺の代わり。──ここ、狭いんだよな。空から降りて来た竜としちゃ、息が詰まるんだよ」
「独眼竜、ワシも行こう。きつ殿の行かれそうな場所ならワシが分かる」
家康の申し出を聞き、小十郎は努めて無表情を作らなければならなかった。腹が立ったのだ。朝方から動かなかった感情が動いた瞬間だった。
──知ったような口を聞きやがって。てめえはあいつの何なんだ。
「アンタもここにいろよ。可愛い竹千代を案内に使ったなんて知れたら、俺、姐さんに追い出されちまう。──というわけで姐さんのお気に入りの真田、アンタも来んな」
「う」
既に腰を浮かしかけていた幸村が言葉に詰まり、しばらく政宗を見た後、無意識に唇を尖らせる。その姿は「可愛い」と言うに相応しいもので、客人たちは妙に苦い笑いを漏らし、久秀でさえ苦笑に近い笑い方を見せた。
「幸村、おとなしくしておれ」
「……はい、お館様」
信玄に言われ、不満であることは明白な態度でありながらも、幸村は居住まいを正す。家康も不利を悟り、溜息をついた。話が決まったと判断した久秀が言った。
「では、竜の化身に頼もうか。空を飛んで地上を見渡せば、一瞬で探し出せることだろうな」
「いいや、見上げて探さねえと」
政宗は苦笑する。
「竜と天女、今はどっちが高い場所にいると思ってんだ?」
客人たちは礼儀正しく笑う。武将も笑う。
今は、という言葉に気づかぬ振りをするべきだと思いながら。
久秀の笑みが深くなったことに気づいたのは、信玄だけだった。
──あの娘っ子、こんな男をよう傍に置くものよ。




あてがあるわけではなかった。政宗は気が向いた方向へ歩く。探している間に吉が朝茶の場所へ現れれば、今度は小十郎が自分を探しに来るだろうと思っていたし、それでいいとも思っていた。
別段、熱心に吉を探すつもりはなかった。ここは織田の城だ。本来ならば探す必要などない。
ただ、小十郎を探しに出すことは良くないと思ったからに過ぎなかった。昨夜の宴の奏と舞は素晴らしかった。──素晴らし過ぎた。誰かが分かるかもしれない。二人の魂が触れ合ったからこそのものであったのだと。ではなぜ触れ合ったのか。そう考え続ける者がいてはならない。あくまであれは偶然の芸術であるべきだ。だからこそこれ以上、人目のつく場所で小十郎と吉を触れ合わせるわけにはいかなかった。
「俺も少しは考えるようになったじゃねえの。うん。俺ってまじクレバー」
自画自賛しながら適当に歩く。不意に藤以外の花の香りが漂っていることに気づき、特に考えることなくそちらへ足を向けた。
「これ、うちの城にも欲しいかも」
背の高い松の木に囲まれてすぐには見えなかったが、松の間に足を踏み入れればすぐに分かった。
僅かに離れた場所にあったのは、花畑と見まごうような花壇だった。
一面に牡丹が咲き誇っている。朝の光を受け、風にそよいで香りを振り撒くさまは、いっそ何かの幻想のようにも思えるほどだった。
「……その着物で朝茶に出ようって?」
濃い紅に僅かに紫がかかったような鮮やかな牡丹色の中、紅の着物を纏った女の背が見える。
政宗に気づいたのか、気づいていたのか、驚く様子もなくゆっくりと振り返った。
昨日から何度も彼女のことを見ている。だが改めて思う。
──綺麗すぎんだな。これじゃ確かに、家康も──あと、出雲の尼子か。
「ガキの頃から姐さんを知ってりゃ、そりゃあ他の女なんか目に入らねえかもなあ」
──小十郎、よくこんな女をカミさん扱いできるもんだ。俺でも無理だ。
「仔竜かえ」
「誰がよ」
「うぬの他に誰ぞがおる」
「ちょっと酷いんじゃね? これでも奥州の独眼竜だぜ?」
「鄙びし北の蛇蝎と呼ぶが嬉しいか」
「……仔竜でいいよ」
この女からすればそんなものなのだろう、と政宗は悔しさと共に思い知った。
「探しに来たような、違うような、なんだけどさ」
「わらわが分かるように話し」
「フィーリングで解釈してくれない?」
吉は答えることなく、ふいとまた背を向ける。見えぬと知りながらも政宗は肩を竦め、牡丹の群生の中へ足を踏み入れた。
「みんなもう集まってるからさ。ここで一番偉いのは姐さんだけど、ちったあ部下の顔も立ててやってよ。ってか俺、腹減ったから早く朝茶欲しい」
「わらわを抜いて始めればよし」
「そうもいかねえだろ。──小十郎に叱られんぜ?」
その名前を出したのはわざとだった。女が振り返り、その貌に怒りの色を乗せることも予想していたことだった。夫の名を軽々しく出すな──目が語っている。
その眼光の鋭さは、政宗に内心で息を飲ませるには充分すぎる力があった。だが決して表情には出さない。努めて不敵に笑う。飲まれるな、と自分で自分を叱責した。今は飲まれてはならない。たとえ相手が誰であろうとも、魔王と呼ばれることもある女であろうとも──小十郎の妻という存在であるのなら、飲まれてはならない。
言わなければならないことがある。
小十郎の主君として、この女に、「片倉小十郎の妻」に、言わなければならない。
「俺は小十郎の結婚に反対しねえ。小十郎がしたけりゃすりゃいい。その奥さんがどんな女でもな」
突然始まった話に、吉は何も言わない。ただじっと政宗を見ている。
「その女が俺に頭を下げなくても構わねえ。──だが、これだけは言う」
小十郎のカミさんには言う、と政宗は続けた。小十郎の妻は何も言わずにただ聞いている。
だが、その目が違う。従順な妻の目であるはずがなかった。

言ってみろ。何でも言うがいい。
受け容れられぬと思った時は──お前を殺すだけだ。

その目が小十郎の妻のものであるのか、魔王のものであるのか、政宗には分からなかった。
ただ、小十郎なら分かるのだろうか、と思った。

政宗はゆっくりと告げた。

「そのカミさんのせいで奥州に不利益がある時は、小十郎を殺して俺も死ぬ」

吉はやはり、何も言わない。
だから政宗は続ける。怯むな、と自分に言い聞かせながら。
目の前の女に眼光だけで殺されるのではないかと思いながら。
「もしくは──カミさんを殺して、小十郎を飼い殺す」
「うぬに」
ようやく吉が口を開いた。政宗が歯を食い縛って動揺を顔に出さぬようにしたほど、低く、強い声で。
「片倉小十郎が妻を殺せるか」
「必要なら」
声が裏返らずに済んだことを誰に感謝すればいいのか。
「殺せるさ。──今すぐにでもな」
「今すぐ」
「例え話だよ」
例え話と言いながら、手を伸ばす。
目の前の女に。

片倉小十郎の妻なのか、それとも、魔王なのか、政宗には分からない。
小十郎にしかきっと分からない。そう思いながら。

「殺せる。俺は殺せる。こんなふうに手を伸ばせばすぐだ。相手は女だ」
「ほうかえ」
「そうだよ」
「うぬでは」
吉が言った。囁くような声で。

「まだ、殺せぬわ」

その瞬間、政宗は全力を以って背後へ飛び退った。踏み潰された牡丹が宙にもがれた花弁を散らす。同時に起きた風が更に花弁を撒き散らした。
その花弁の中、立ち尽くす女は──ただ、美しかった。
初めて聞く男の声が響いた。
「何してやがる」
臙脂色の着流し姿の男だった。政宗と同じ年頃だろう。その手には今しがた、政宗に向かって振り下ろされた刀が緩慢な様子で握られている。織田側の者だ、と政宗は理解した。「信長」のすぐ傍にありながら帯刀を許されているのであればそうとしか考えられない。しかも着流しという姿は、身分の高い者の前ではともすれば無礼にあたる。それすらも許されている。
「てめえ、誰だ」
「それは俺の台詞じゃねえか?」
「独眼竜って言えば分かるだろ、てめえがどこの田舎モンか知らねえが」
「独眼竜──ああ、北の無粋者か」
「何だと?」
睨みつけながらも政宗は警戒する。自分は丸腰だ。この男の先の一閃、風を起こすほどの腕を持っている。このまま対峙することは賢いとは言えない。
吉が息を吐き、男に言った。
「正答。公には奥州の伊達政宗公ぞ」
「姐さん、正答って……」
吉にまで田舎者と言われたに等しい。伊達を名乗る者として、これほど悔しいこともない。
すると男が鼻で笑った。
「きつに紹介してもらうまでもねえ。名乗ってやるよ。出雲、尼子晴久だ」
「へえ」
伊達を名乗るからには立て直す。余裕のある顔を作り、尼子と名乗った男を見た。噂は聞いている。
「知ってるよ。天女様が初恋の、今は魔王のお気に入りの砂のプリンスだろ」
「南蛮語は好きじゃねえ」
「そうだなァ、魔王に抱っこされて粋がってるボーヤって言えばいい?」
「その通りで結構だ」
流石だな、と政宗は内心で晴久を評価する。易々と侮辱的な挑発に乗らない余裕は一国を統治する器の証だ。
「結構だが、それが出雲に交易を申し込む奴の態度かよ。なってねえな、田舎モンが」
「問答無用で斬りかかって来る方がおかしくねえか?」
「きつに妙な真似するからだ」
晴久が刀を下ろす。だが鞘に納めようとはしない。政宗の動きによっては斬る、とそれだけで示していた。
「手前が何したか分かってんのか。今ので、伊達が──奥州が反織田だって思われても文句言えねえぞ」
「──反論はできねえな」
「反織田の意味、分かってるか」
「よく知ってるよ」
晴久が言うことこそが正しい。政宗は自分が冷静さを欠いていたことを知った。そしてさすがに「まずい」ということに気づく。
たとえ「片倉小十郎の妻」を相手にしていたつもりでも、事情を知らぬ者から見れば「魔王」に刃を向けたも同然だ。いくら伊達家が親織田とはいえ、これはあまりにも常軌を逸した行動と判断されてもおかしくはない。
しかも目撃者が政宗にとっては全く有難くない男だった。政宗と同等、国主の立場にある、しかも魔王のお気に入りと知れ渡っている尼子晴久。
織田の権勢の恩恵に預かると言われる出雲の国主だ。だが出雲は恩恵に預かっているだけではなく、織田の有事には物質的な補給線を確保する、対等とは言えぬものの確実に織田に恩恵を与えている国だった。強力な軍事力を持たぬ代わりに、諸国が垂涎する西の後方支援の要とも言える。
その国の国主が政宗の今の行動を公にすれば、奥州を敵視するのは親織田の勢力だけではない。密かに織田の次を狙う勢力とて、将来的に出雲の後方支援を望み、晴久に恩を売るため、一斉に奥州の敵に回ることは想像に難くない。
政宗がしたことは、政宗と──吉以外にはそういうことなのだ。
どうするか、と政宗が自らの迂闊さを呪いながら脂汗を滲ませた時、吉が鼻を鳴らすように嘲笑ってみせた。
「よい。晴久、放り置き」
「きつ、本気で言ってんの?」
「鄙つ者が天香国色にあてられただけであろ。北には無き花よ、詮なし」
「牡丹は確かに北じゃ厳しいが、そんな風流な奴かよ」
本気で馬鹿にされていることがよく分かる。悔しいが、今の政宗には到底反論ができなかった。国主としての立場を忘れ、国を危機に陥れた事実は、同じ国主の吉や晴久からすれば軽蔑されて当然のことなのだ。それも政宗にはよく分かり、己の未熟を恥じ、あまりの屈辱と自己嫌悪に拳を握り締めて歯を食い縛る。
「よいではないの。さぞさぞ、出雲によい交易が出来ようから、ナ。ひいては安土によい交易よ」
吉の言う意味を理解した晴久は肩を竦めて刀を納め、政宗ににやりと笑ってみせた。
「今度、宇都宮のところでも借りてゆっくり話すか。書簡と使いの奴だけじゃ味気ねえ。何ならきつも呼ぶか? 証人には最高だろ」
既に出雲に有利な話が成立している。政宗が何を言っても、小十郎があらゆる策を尽くしても、「出雲が服従する魔王」に害意を向けた事実は覆せない。交易の話が白紙に戻されないだけ御の字と思うべきだ。出雲との交易を成立させれば、奥州は西へ動く口実を手に入れやすくなる。今は奥州が下となる立場に政宗が歯を食い縛り、国主として最善の選択をしなければならなかった。
「話を勝手に進めんじゃねえ。何で神流川くんだりまで行かなきゃいけねえんだ。せめてもうちょい北にしろよ」
「何で俺が北になんぞ行かなきゃならねえんだよ。別に俺は奥州と交易なんざ成立しなくても構わねえ。きつがお前んとこの秀衡塗が欲しいって言うからお前の申し出に乗ってやっただけだ。交易しなくても買いに行きゃいいだけだが、数が少ねえから面倒そうだし」
「まじでそのレベル!? 一国の経済が関係するってのにそのレベルかよ!?」
「れべるって意味が分かんねえよ。──他に理由なんかねえぞ」
「お前、どんだけ姐さん贔屓なんだよ」
「抱っこされて粋がってる程度にゃ贔屓だよ。話は今んとこ終わりだ。俺は腹減ってんだよ」
空腹でこんな大事な話を終わりにされてはかなわない。政宗は食い下がろうとする。 だが吉があっさりと言った。
「飽いた。わらわのおらぬ場で話しやれ」
はいすみませんね、と政宗は苦虫を噛み潰した顔にならざるを得ない。吉としては面白くもない話だろう。
「ところで晴久、いつ参ったのだえ」
「ついさっき」
「参らぬと申しておったではないの」
「弾正の茶会には出ねえ、って言ったんだ。宇都宮のとこに行った帰りに寄った」
「あれ、あの。白い虎の」
二人の会話を聞く政宗は完全に気を殺がれ、溜息をつかざるを得なかった。
──姐さんも姐さんだな。尼子がいきなり現れても、驚いた素振りもなかった。俺よりも早く気づいていたのかもしれない。
「俺がやりすぎた。姐さん、ごめん」
言葉に偽りなく、政宗は素直に謝罪の言葉を口にした。だが、吉に言ったことを訂正するつもりはなかった。
小十郎を殺して俺も死ぬ。もしくは、片倉小十郎の妻を殺す。
奥州に危機与える存在になる可能性がある者ならば、殺す。
政宗にはまだ分からなかった。

吉がその言葉を評価したということが。

「晴久、朝茶に出ぬなら本丸で何ぞお上がりや。わらわは朝茶に参る」
「うん。食ったらちょっと寝る」
「好きにし」
本当に身内なんだな、まるで家族扱いじゃねえか、と政宗は流石に驚く。
「きつ、亭まで送ろうか? こいつと行くか?」
吉の眉が跳ね上がった。不本意、とばかりに。
「わらわを探しに来たのであろ。共に参らねば面倒でならぬわ」
「そういやそうだった」
当初の目的をすっかり忘れていた。その様子に、さすがに吉が溜息をついた。
「ようやくですか。全く」
そして松の木の影からゆらりと現れた光秀の姿に、政宗は飛び上がらんばかりに驚いたのだった。