INFINITY 〜∞〜 07



たしぎに案内されたおかげで、島の地図は大体頭の中に描き上がっていた。航路を考えるよりは容易いことだ。店を出たローは小高い丘へ向かっていた。そこなら誰もいないだろうと思ったからだ。一人で気分を切り替えたい。なぜあんなにも不愉快になったのか自分でも不思議だったが、アウェイである場所で、見知らぬ牧師に小馬鹿にしたようにあしらわれたからだろう、と結論付けることにした。
島のどこにいても花の香りがする。普段は花に縁のない生活をしているローとしては、香りがきつすぎると思った。だが縁がないために分からないだけで、本来はこんなものなのだろうか、とも思った。経験がない、だから分からない。そういうことだ。
すれ違う人々が怪訝そうにローを見、すぐに道を開ける。海兵たちも似たようなものだった。G-5とは違う──ローは海兵を観察しながら見抜いていた。喧嘩を始めた海兵を見た時にも思ったが、この島はおそらく、海兵にとっては栄誉の赴任先とはとても言えないのだ。その理由は分からないが、マージの悪口雑言から何となく想像することはできた。
──なぜ白猟屋はこんな島に、自分の小隊を置いているんだろう。
たしぎの言によればあの小隊は優秀だ。そしてロー自身、彼らの立ち居振る舞いを見る限り、決して侮れないということは充分に感じていた。それだけの能力があれば、G-5に組み込むなりして同時に駐屯地に勤務させることも可能ではないだろうか。
──ヴェルゴはこの島のことも、小隊のことも、一度も話したことがなかった。ヴェルゴが知らなかったとは思えねえが、知っていたのならどうしてファミリーに言わなかったんだ?
考えながら歩みは進む。不意に視界が開き、海風が正面から吹き抜け、飛ばされそうになった帽子を軽く抑えて息を吐いた。知らない間に丘を登り切っていた。眼下には海が広がっている。海から続く陸地は丘となって足元に繋がり、その全てを花が埋めている。市街地とは反対側の位置の海だ。港も整備されておらず、人影もなかった。
海まで降りる気にはならない。もう一度息を吐き、適当な木陰を見つけ、そこに腰を下ろした。相変わらず花の香りが強く、湿気をはらんだ潮の香りと混ざって、何とも言えないまとわりつくような感覚が皮膚に絡みつく。
眺めるでもなく海を眺める。危険な航路の中にあるとは思えないほど穏やかな水面だ。さざ波が囁くような音を謳うものの、ローの思考を決して邪魔しない。
分からないことが多すぎる。そう思った。──分からないことが多すぎる。謎ってわけじゃねえ。そんな御大層なもんじゃねえ。でも分からない。白猟屋は──
「……何で俺をここに連れて来たんだ」
G-5とは違った意味で、海軍だけの世界だ。民間人もいることは確かだが、収入のほとんどを海軍相手に賄っていることが容易に見て取れる島だった。
なぜこんな場所に、海賊──よりによって七武海である自分を連れて来たのか。
もしかすると、と不意に思った。もしかすると、傷つけた報復のつもりだろうか。それにしては生ぬるいかもしれない──そう考えつつ、ほぼ同時に、そんなはずがないと打ち消していた。スモーカーがそんなことをするとは思えなかった。
いつの間にか眠気が忍び寄っている。気づいた時には手遅れで、さざ波の音と慣れた風を受けながら、木の幹にもたれたまま、うとうとと午睡の愛撫を受け入れていた。
半分は眠り、半分は覚醒したままの状態を楽しむ。
揺蕩うような感覚の中、夢か現か分からない境界で誰かの気配を知る。
目を開けたのか、それとも開けなかったのかすら分からない。眠かった。覚醒が眠気に浸食されていた。
夢と現の狭間、その金髪の男は花の中から現れた。背が高い。歳はスモーカーより少し上だろうか。男らしく精悍な顔立ちと、軍人のように鍛え上げられた身体つきをしている。女にもてそうだ、とローは睡魔に抱かれながらもそんなことを考える。男がローに向かって微笑んだ。知りもしないのにどうして俺に笑いかけるんだろう、と不思議でならない。
思いながら、なぜか、見知らぬその男に自然に微笑み返していた。
男の笑みが深くなる。
夢か現か、ローにはもう分からなかった。
誰かに素直に微笑み返す自分など、長いこと知らなかった。
花の香りがする。
男の香りだ、と思った。




スモーカーが明らかに今までとは違う厳しい顔──将校としての顔だった──になったことを見て取った客たちは、従軍牧師と小隊の面々を残してそそくさと店を出て行く。商売上がったりだよ、とマージは忌々しげに呟き、皿洗いに勤しむことにした。
「どうして報告しなかった。疑いがあったならもっと早く俺に報告すべきだった」
スモーカーの言い分はもっともだ。だがメアはふんと鼻で笑った。
「僕はスモさんの部下じゃない」
「そうだったな、キチガイ牧師。──お前ら、何か言うことはねえか」
今度は小隊の男たちをじろりと睨む。彼らはばつの悪い顔で視線を交わし合い、一人がぼそりと言った。
「メアが言ったかと思ってた」
「──なるほど、連絡系統の立て直しが急務だな」
スモーカーは溜息をつく。だが別の視点から言えば、今までこういった重要な連絡のやり取りを必要としていなかったということだ。七年もの間、一度として疑問を感じたことがなかったということはそうなのだろう。
「じゃあ、今から話せ。間違いねえのか」
「誰が答える」
面倒そうに新しい煙草に火を点けながら、メアが問う。誰を代表者にするんだ、という質問だった。今更もいいところだとスモーカーはまた溜息をつきそうになった。
「お前だ。何だかんだで一番情報持ってんのはお前だろうが」
「牧師の役得」
「抜かせ。──この島の駐屯地の責任者は俺だ。お前は従軍牧師の大尉として、俺に報告する義務を負え」
「いつまで」
「この件が片付くまで」
メアの赤十字の腕章を軽く叩き、また小隊の男たちを見た。
「あと、メアとは別に──お前らの中からも一人」
小隊の男たちに言うと、彼らはいつも自分たちの中心にいる一人の隊員を見た。その隊員──カートと言う名だった──は大柄な肩を竦め、「分かったよ」と承諾した。
「決まりだ。じゃあ、メアから話せ」
「言ったまんま。最近この辺に出る海賊のアタマが、あの聖なるアダム様。多分ね」
「確証は?」
「顔を見た」
「本当か?」
「僕は見てない」
「おい」
「俺が見た」
カートが口を出した。スモーカーは眉をひそめ、そうか、と言った。かなりの精度で正しいと思った。ここにいる全員、10年前の戦争に従軍している。アダムの顔も見ている。カートが静かに付け加えた。
「捕えたかったんだが、諦めた」
「諦めた理由は?」
「もし本当にアダムなら、確実に俺が死ぬ」
「正しい判断だ」
将校としてスモーカーはそれを認め、カートの選択を肯定した。10年前、アダムの戦闘力に恐ろしく苦戦した事実があった。今度はメアが口を出す。
「海賊団の規模なんかは事務方が把握してるんじゃないの。カートたちが報告してるはず。ねえ?」
メアはカートや他の男たちに同意を促した。彼らは揃って頷いたが、それはスモーカーを失望させる仕草だった。
「報告が来てねえ。被害が出ている、詳細は不明って話だけだ」
「どういうこと?」
「後で事務方に確認する」
「なんだ、あの事務方もクソッタレってわけ?」
舌打ちしながら煙草を消し、メアは明らかに不機嫌になった。隊員の男たちは諦め顔か、そんなもんだろう、と達観した顔だ。メアが一番若い分、まだ割り切れないのかもしれない。
「お前は口が悪すぎる。仕事を思い出せ、牧師」
「今は昼休みだから給料出ない、関係ない。──あのクソッタレ、10年前を隠蔽したい連中の犬ってことだろ」
「単純に忘れてるだけかもしれねえだろ」
言いながら、おそらくそれは間違った推測だろうとスモーカー自身も分かっていた。10年前のあの戦争をなかったことにしたい人間が多すぎる。そして10年も経てば、そんな人間たちはそれなりの権力を更に強くしている。こんな小さな、ある意味では忘れられかけた島からの報告など、簡単に握り潰すだろう。
スモーカーは右のてのひらを眺めた後、軽く握る。思い出したくはなかった。だが昨日の夜から鮮明に思い出していた。この右の手の中に残された、あの小さな手はどうしただろう──そうだ、守り切れなかったことを土下座して詫びながら、あの女の子の両親に返した。母親は声もなく失神し、父親は──
「……まあ、俺が確かに聞いた」
それは宣言だった。中将という立場の自分が確実に話を預かった、今後この件に関しては全ての責任を持つ、という宣言だ。牧師と隊員たちはそれで満足し、責任を持つと宣言した男が、近いうちに何か指示を出すことを予想した。
スモーカーはそれで話に区切りをつけ、マージに詫びてから店を出る。ローを探さなくてはならなかった。
探すと言ってもそう難しいことではない。この狭い島では目立って仕方ないだろう。誰かに訊くだけで分かるはずだ。すれ違った島民に尋ねると、丘の方へ行ったと教えてくれた。
歩きながら、思い出してしまった記憶を振り払おうと努力する。だが一度思い出してしまったことを最後まで追憶の中で再体験しなければ、脳というものは気が済まないものだ。うんざりする。
母親は声もなく失神した。父親は土下座するスモーカーを見下ろした後、どうか顔を上げて下さい、と言った。父親は顔を歪めていた。それを見たあの日のスモーカーは絶望した。
その歪みは、笑おうとして失敗したものだった。
娘を失った父親が、無理にでも笑おうとしたのだ。
「……暇じゃねえんだ」
もうこれでいい、ここで終われ、過去の記憶に浸るほど暇じゃねえ、と自分の記憶に向かって命令する。記憶は妙に抵抗したがったが、スモーカーは無理矢理その抵抗を押さえつけた。
花の香りが強い。潮風と一体化した香りはいやに湿っていて、とてもではないが、何度この島に来ても好きになることはできなかった。そもそも、この島に来ることになった時から──海軍がこの島を接収した時から──、自分にとって景色以外が好ましい場所になることはないと分かっていたし、それは今でも変わらない。元々、死んだような貧しい島だった。今は海軍のおかげで多少経済が上向きになり、それなりに良い暮らしになっていることは分かるが、完全に海軍に依存した状況を作り上げたことが良いことなのか、それとも悪いことなのか、スモーカーには判断しかねた。
丘へ向かって歩く。ローが行っているはずの丘からの眺めは最高だと思い出した。無意識とはいえ、その場を選んだローに感心する。マージの店で不愉快な思いをさせてしまったし、少しでも気分が良くなればいいと思った。




男の声は柔らかく、優しかった。眠気をどうしても振り払えないローは、相変わらず夢と現の狭間から抜け出せない。起きよう、と思ったが、それを見透かしたように男が小さく笑い、そして優しく、とても優しく言った。
「そのままで構わないよ。私はきみとこのまま話をしたい」
「……話、を」
「そう」
「──そう」
恐ろしく眠い。いつ完全に眠ってもおかしくはない。だがこの状態がとても心地良く、そして男が構わないと言ったからだろう、無理に眠気を振り払う必要がないと感じた。睡魔への抵抗を諦めて息を吐く。その様子を見た男がまた微笑んだことなど分からなかった。
「話をしよう」
「話」
「そうだ。聞かせてくれるか。きみは誰だ?」
「誰」
「名前を教えてくれ」
「名前──」
「そう。きみのことを知りたい。まずは名前を」
「名前」
名前、と何度もローは呟く。男は頷きながら、そう、知りたい、名前を、と何度も繰り返す。ローはそのたびに名前、とまた呟く。ああそうだ、と不意に思った。ああそうだ、そう──名乗らなければ。この男に。名前を、知って、「もらわなければ」。
「ロー」
「ロー。七武海の? あの有名な?」
「そう」
「分かった、嘘はついていないね」
「ついてねえ」
眠い。とても眠かった。ふむ、と男が溜息混じりに呟いた声が聞こえた。
「ロー」
男の声がますます優しく、ローはまるで声で髪を撫でられているような感覚すら覚えた。懐かしい感覚だった。いつだったろう、ずっと昔、まだ子供で、まだ家族というものを──
「ロー」
「……うん」
今にも眠ってしまいそうだ。眠い。ただただ眠い。
だが、眠ってはいけない。眠ってはいけないのだ、と強く思った。男の次の質問に答えなければ──そう、「答えなければいけない」。
「ロー」
男が優しく呼んだ。目を閉じ、眠気に完全に支配されながらも、ローは男の次の質問を「待った」。
「どうしてこの島に来たのかね?」
「白猟屋に連れて来られた」
「白猟屋? 誰?」
「白猟屋」
「ふむ。──もしかすると、あの白い彼かな。私と初めて会った時は大尉だったか」
初めて会った? どういうことだ? ──ローは眠いながらも疑問を抱く。だが、男に質問しようとは思わなかった。「質問してはいけない」という強い意識に支配されていた。「質問してはいけない」「質問を待つのだ」。
「きみは海賊なのに、どうして彼に連れて来られたんだ?」
「海賊なのに」
「そう」
ローは暫し沈黙する。眠い。ただ眠かった。それでも、ああそうだ、俺は海賊なのに、と思った。俺は海賊なのに、どうしてあいつは俺をここに連れて来たんだろう。俺のリフレッシュに気を使ってくれたらしいが本当にそうなんだろうか。本当は何が目的なんだろう。
ああそうだ、俺はあいつと何度も寝ているのに、それなりに言葉を交わしてもいるし、あのパンクハザードで死線を共に潜り抜けもしたのに──
「……分からない」
「何が?」
「……あいつが、何を考えているか、分からない」
「ふむ」
「あいつが」
「力を入れなくていい。楽にしていい」
「あり、が」
「ん?」
「あり、がと、う」
こんな見ず知らずの男に、俺は何を言っているのだろう。ローはそう思う。確かにそう思う。だがそれはすぐに、自身の中の別の意識に抑え付けられるのだ。疑問を持つな。言われたことだけ答えればいい。
「構わないさ」
優しい声だ。ローの全てを受け入れ、許してくれる声だ。ローは知った。楽になれる。この男が楽にしてくれる。そう、この男に──従えば──とても楽になれる──
「ロー」
男が呼んだ。こんなに優しい声で呼ばれたことは、ここ数年なかったかもしれない。いや、あったかもしれない。それはいつだったろう、誰に呼ばれたのだろう。いつ、誰に──そんなに遠い日ではないような気もして、それでも現実味がないような気もしていて──
「ロー。何でも話すといい。私は全て聞いてあげるよ」
そうだ。
きっと彼だ。彼が自分を呼ぶ声。
「……カー」
「……誰だい?」
優しい声だ。
いいや、違う。
お前じゃない。
「……スモー、カー」
「──ロー?」
お前じゃない。
お前は誰だ。俺は何を。不意にそう思った。夢と現の狭間にいた自分が、唐突に現に戻らなければならないと感じた。それは本能だった。
渾身の力が必要だった。それほどまでに強い「支配」を受けていた。歯を食いしばり、うめき声さえ上げながら、渾身の力で立ち上がり、ローと同時に只者ではない速さで動いた男を空気を切る音と共に鬼哭で薙ぎ払う。
薙ぎ払いに巻き込まれた花弁が宙を舞い、その香りを無残に散らした。
酷いにおいだ、とローは思った。この花を好きになることはないだろう。なぜかとても邪悪なにおいだと感じる。
薙ぎ払ったはずの男は薄い笑みを口元にたたえたまま、鬼哭の攻撃範囲を僅かに外れる場所に立っていた。
ああ、こいつのせいだ──肩で息をしながら、ローは男を睨む。本気で、本能が危険を察知していた。
──こいつは邪悪だ。本物の悪だ。
きっと最初から本能は分かっていた。花の中から現れたこの男が邪悪であることを察知していたのだ。だから花の香りを好きになれないと、邪悪なにおいだと感じた。
男は微笑んでいる。
「ロー」
ローは呼吸を整えようと浅く息を吸い、吐くことを繰り返しながらも、男から目を離せなかった。本物の邪悪だ。ただそれだけを感じていた。先ほどまでの自分は明らかにおかしかった。この男の何かしらの能力──実の力であるか否かは分からないが──である可能性が高い。酷い疲労感を感じる。
──催眠か。俺としたことが間抜けたもんだ。
「ロー」
男がまた呼んだ。
「私と友達になろう、ロー」
「お断りだ」
「冷たいな」
いかにも演技じみた声と表情で傷ついた真似をし、男は肩を竦める。
「名乗っていなかった」
鬼哭を構えたままの七武海の男に、男はこの上なく優しい、上品な微笑みを向けた。
「アダムだ」
よろしく、と男は言った。
ローは暫し沈黙し、男を見詰める。
優しそうな、上品な、争いごとなどない世界で生きているような、美しい顔と肉体を持つ男。
「……ああ、よろしく」
スモーカーの10年前の悪夢の元凶だと気づくまで、そう時間はかからなかった。
「いや、流石だね」
アダムの声が僅かに低くなった。ローは表情を変えないようにしながらも、内心で警戒する。いつ催眠にかけられたのかが分からない。花の中から現れた時、既に催眠にかけられていたのかもしれない。あるいはその前? それとも現れてから? いずれにせよ、二度とあの状態になるわけにはいかない。一度でも催眠にかかったことが悔しくてならなかった。醜態にも程がある。
「私の催眠から自力で抜け出した者は過去に二人しかいない。きみで三人目だ」
「そんなに抜けられてんのか。大した自慢にもならねえな」
無駄だと分かっても挑発めいた口調で言葉を投げる。予想通りアダムは薄く笑っただけだった。人を支配することを当然と思い、ローの挑発など子供の抵抗にすぎないと言いたげな顔だ。
「他の二人が強すぎた。きみだって七武海だ、当然と言えば当然だろう?」
「分からねえよ。自己評価は控えめにしてる」
「そうか?」
「何の用だ」
海から吹き抜ける潮風が鼻腔をくすぐる。どうしてもくしゃみをしたくなるのは人体としては仕方のない現象だが、それにしたってどうにかならないものだろうか。こういった真面目な局面でくしゃみなぞすれば、間抜け極まりないことになりそうだ。些かならず格好つけのきらいがあるローとしては悩みどころで、くしゃみを堪えるために難しい顔になる。アダムはそれをどう解釈したのか、まるで幼子を宥めるかのように慈悲深い顔になった。
だからローは思い出した。昨夜、レイが図書館で語ったこと──「アダムは慈悲深い男だった」。自分には邪悪にしか感じられないこの男が、なぜ慈悲深いなどと。
「話をしたい」
「内容による」
「──同盟の話、と言ったらどうだね?」
ローは黙って眉を跳ね上げた。自分に同盟という言葉を使うのなら、それはつまり、アダム自身が──
「……お前が海賊だって?」
「対外的にはそう呼ばれるようになると思うよ」
「地方の反乱軍のアタマじゃなかったのか」
「紆余曲折さ。最近はこの辺りを中心に、まあ、きみたちと同類のことをしているよ」
「そうかい」
同類という言葉がいやに心に引っかかる。溜息を隠す振りをして口元を覆った。とにかくくしゃみが出そうでたまらない。海風もいい加減にして欲しいものだ。
「返事は急がない、ゆっくり考えてくれ。電伝虫もあるし──」
「なぜ」
「ん?」
「なぜ俺に催眠をかけた?」
その途端、アダムの笑みが変わる。ああ、とローは確信した。
本物の──この男は、本物の邪悪だ。
アダムの笑みは明らかに、まともな人間が浮かべることができる類のものではなかった。
「私は素直な子が好きなんだ」
「気味が悪い言い草だな」
「彼も好きだった」
「ああ?」
訊いてねえよ、とローは眉をひそめる。だがアダムは何かを思い出したのか、低く笑いながら言った。
「あの白い彼。とても素直で、可愛い子だった」
懐かしむかのような声だ。ローは黙ってその続きを待った。白い彼という呼称が誰を指すのか、分からないと言うつもりはなかった。
「話の途中に悪いんだが、俺も交ぜてくれねえか」
低い声が海風と花の香りの中に漂う。アダムは笑みを消して周囲を見回した後、気づかなかったよ、と自嘲めいた声で呟いた。
ローはやっとくしゃみを堪えなくて済むと思いながら、海風の中にいた男に言った。
「可愛かったんだって? 意外だな」
「分からねえよ」
海風と花の香りの中、漂っていた煙が徐々に実体化していく。
「自己評価は控えめにしてるんでな」
先ほどの台詞をそのまま言われたローはつい笑う。
アダムは表情を消したまま、その場に立っている。
煙からいつもの姿になったスモーカーは厳しい目をしていた。
否、厳しいと言うよりも──ローは言葉を失う。
こんな目のスモーカーを知らなかった。
スモーカーは明らかに、ただただ、目の前の存在を憎む目をしていた。