妻に木刀とはいえ刀を向けるつもりもない。いつでも構えられる持ち方から、ぶら下げるだけの持ち方に変えた。流石に剣を地に置くことはできなかった。
本来ならば幸村が待ち構える本陣に、普通よりも多い篝火に照らされた舞台がある。
その中央には吉一人が立っていた。吉が好んで着る紅の打掛だが、小十郎には見覚えがないものだった。甲斐に来てから急ぎで作らせたか、それとも信玄が用立てたのか。片倉の家に嫁いでから着ている数々より上質であることは確かだった。
どうでもいい、とは、小十郎は思えなかった。
──ここは実家か。いくら虎と懇意とはいえ、俺の前でよくやるもんだ。
手にした扇子も知らない檜扇だった。宮中ならばともかく、片倉家の日常生活で使われる扇ではない。小十郎自身は知識として知っていたが、実物を見るのは初めてだ。
打掛も檜扇も、小十郎の気に障った。ふたつを身に着けた妻はとても美しい。奥州の女の誰よりも、小十郎が知る女の誰よりも。それもまた、気に障る。
小十郎が吉を呼ぼうとしたその時、どこからか鼓が高らかに、夜を貫くかのように打たれる音が響いた。
それが合図だったのだろう。琴、篳篥の澄んだ音が流れ出す。
呆れるべきだ。これは一体何なんだ。──小十郎はそう思った。だが、呆れることができなかった。呆れるべきだと分かっていても、どうしてもできなかった。
檜扇が柔らかく空気を纏い、例えようもなく高貴なものと錯覚しそうになるほど美しく曲線を描いて動く。
紅い打掛は音を抱くように翻り、振られた袖は人ならざる者が持つ羽衣の如くに見えた。
──……この舞は。
見ただけで長い歴史を感じさせるその舞は、かつて天女が舞ったものだと言われている。
それを今、目の前で、小十郎の妻が舞っていた。
篝火の灯りの中、その姿は余りにも美しく、妻だと分かっていても小十郎は目を奪われる。
夢の中の出来事のようだ、とまで思った。
そして思い出す。かつて妻が舞った時のことを。
あれは藤見の会だった。松永久秀に笛を奏でるよう仕向けられた時、魔王としてそこに存在し、言葉を交わすこともできなかった妻が立ち上がり、無言のまま、夫の笛に合わせて舞を披露したのだ。
鼓も琴も篳篥もなく、小十郎の笛だけで舞った。
一言も言葉を交わさなかった。それでも互いに分かっていた。恋しい。いとしい。触れたい。触れられたい。
──……あの時に比べれば、ずっと近くにいるはずなのに。どうして俺たちは──こんなふうに、それを忘れてしまうんだろう。
やがて雅楽が終わり、天女の舞も終わる。
吉がゆっくりと夫を見る。
微笑むのではないか、と小十郎は思った。だが妻は笑わなかった。堅い表情が小十郎に現実を思い出させる。
「流石だな」
笑って欲しかったのだと気付いた。だから小十郎は言った。現実なんだ、と確認するために。
「確か、『乙女ども 乙女さびすも唐玉を 袂に巻きて 乙女さびすも』──だったか?」
吉は答えず、ゆっくりと檜扇を閉じる。扇の端に下げられた飾りの玉がしゃらりと繊細な音を立てた。それが肯定の返事だった。
話をしよう。そう言うつもりだった。だが口からは違う言葉が出てしまった。吉の堅い顔を見て、なぜか抑えられなかったのだ。ここ数日の怒りが消えたわけではない。しかもこの「歓迎」は明らかにやり過ぎだ。
「乙女って歳か」
「信玄坊主がご選択の舞ゆえ、信玄坊主におっしゃいましな」
やっちまった、と小十郎は自らを殴りつけたくなる。減らず口を返した吉の声が無感動だったからだ。傷つけた証拠だった。傷ついた時、吉は感情を隠してしまう。
「言い過ぎた。悪かった。許せ」
「そ」
傍から聞けば無感動、旦那の暴言を許すものか、と思われるような声だった。だが小十郎には分かる。迎えに来た夫の言葉が余りにも酷く、傷ついた感情を隠すための声だ。
──素直じゃねえんだ。こいつは、本当に。
「お前な、たかが夫婦喧嘩で」
──……どうして、素直にさせてやれねえんだ。俺は。
「こんな真似仕出かして、どうするつもりだ。やりすぎだろう」
「信玄坊主とゆきの企み。わらわは乗っただけ」
「……俺は何を言ばいいんだ……?」
小十郎のそれは心の底からの言葉だった。幸村や佐助なら悪ふざけも考えるかもしれないが、まさか信玄が、しかもこの規模でこんな企みをするとは想像もつかなかった。
篝火の木片が爆ぜるぱちりという音の下、二人は言葉が続かずに黙る。
言えばいいんだ。小十郎は思った。分かっていた。言えばいいだけだ。
迎えに来た。帰るぞ。ただそれだけを言えばいい。
そうすれば吉は頷き、共に帰るだろう。道々で少し機嫌を取る必要があるかもしれないが、奥州に戻るまでにはいつものように可愛い女に戻っているはずだ。
だがそれではいけないのだ。小十郎はそれも分かっていた。話す必要がある。喧嘩をした、嫁が逃げた、迎えに行った、日常が帰って来る──それでは何の解決にもならない。
「きつ」
「はい」
「帰るのか」
吉は答えない。夫をじっと見ている。小十郎は続けた。
「伊達家と心中する片倉家に、帰るのか」
ここで話すようなことではないのかもしれない。周囲には誰もいないが、どうせどこかで信玄も幸村も見ているはずだ。ともすれば政治的な火種にされかねないことをしている。
だが、ここでなければ、おそらく二度と話せない気がしていた。ここで話すよう、虎たちはこの舞台を作ったのかもしれない、と小十郎はおぼろげに思う。
吉が答えた。
「帰りとうない」
「そうか」
話は終わりだ。不思議と、小十郎は哀しいと思わなかった。拒む吉に対しての怒りも沸き起こらなかった。
歩んで来た人生が違いすぎた。いくら想い合っていても、自分と吉は不釣合いだったのだ、と思った。
吉は政宗に頭を下げられないだろう。だが小十郎はそれだけは許せない。夫の人生の根幹に妻が添えないのであれば、この時代、夫婦として生きて行くことは難しい。
だが、それでも──難しいと分かっていても。
「勝手に話すぞ。聞きたくねえなら聞くな」
話さなければならない。そう決めた。
二度と手を離さぬために、言葉を重ねなければならない。
「拝聴いたしましょ」
妻は舞台の上から立ったまま夫を見下ろし、高飛車に返事をした。小十郎はその姿に苦笑した。──可愛いもんだ、と思ってしまったからだ。こんな時でも、妻を妻だと思ってしまう自分がおかしかった。
──そうだ。こいつは、いつも可愛いんだ。
「俺はお前に比べて世間が狭い。お前が当然のように知っていることでも、俺は知らねえ。そんなことは山ほどある」
──……可愛いのに、どうして俺は上手くやれねえんだ。
「そんなこと」
「黙って聞け」
反論しようとした妻はこれで黙る。小十郎は続けた。
「だが、それを恥とは思ってねえ。俺はそういう人生を生きている。お前から見れば未熟な奥州が俺の全てだ。そこにおられる政宗様が俺の根幹だ。それが俺の誇りだ。ここまで分かったか」
吉は目を僅かに伏せ、ゆっくりと頷く。痛いほど分かっている、とその姿が語っていて、それが小十郎には意外だった。自分の妻は自らが生きてきた人生の価値観ゆえに、夫である自分の気持ちが理解できないのだと思っていた。そうではなかったのだと、今、知った。価値観は違えど、決して夫を理解していなかったわけではないのだと。
吉が目で先を促す。充分理解しているから、と。小十郎は再び口を開いた。
「他にも生き方はあった。だが俺は政宗様に人生を捧げると決めている。政宗様が天下をお獲りになるとおっしゃるのなら、俺はそれに添う。そして──道半ばで斃れられることがあれば、俺も添うのが当然だ。それが心中と言うなら」
ふと、小十郎は苦笑する。妻の言うことが全くもって正しかった、と実感したからだ。
「そうだな、その通りだ。お前の言った通り、心中だ」
「なにゆえ」
不意に吉が堪り兼ねたように言った。唇から迸るような声に、小十郎は驚く。そんな声を出すとは思っていなかった。
「なにゆえ──」
「きつ」
「おまえさま。なにゆえ」
どうして、と繰り返す妻に、これ以上どう説明すればいいのか分からない。妻はもっと深い理由を、忠義だけでは片づけられぬ理由を求めているのだと思った。
だがそうではなかった。小十郎が宥めようとした時、吉が余りにも悲痛な声で言った。
「なにゆえ、仔竜の心をお考えあそばさぬの」
「──何だって?」
吉は眉を顰め、首を横に振る。何度も振った。そうじゃない、どうして分からないの。そんな顔だ。
「道半ばで斃れて、他の誰ぞよりも添うた者に継いでもらえぬ、何も残せぬ仔竜の心を、なにゆえ、お考えあそばさぬの」
理解は早かった。
小十郎は愕然とする。
理解してしまった。正面から見据えるには余りにも大きな衝撃だった。
妻は──かつて、道半ばで斃れたと思われている魔王は、悲痛な女の声で言葉を紡ぐ。
「おまえさまが、片倉が残さねば、仔竜が──伊達政宗が歩んだ道を、誰が残して、護ればよいの」
小十郎は何も言えなかった。これが妻の歩んだ道だ、と唐突に実感した。自分では決して歩まない道。だが確かに妻が歩んだ道。
戦乱の親が歩んだ道。
「愚なる主なれば、共に死すことを忠義と喜ぼうけれど。仔竜は、伊達政宗は」
吉はそこで言葉を切った。だが小十郎には充分に伝わった。
仔竜は、伊達政宗は。
違うでしょう?
妻は夫に今、そう言ったのだ。
過去のことを話したがらない妻が、過去に歩んだ道で見た光景を悲痛な声で敢えて語っている。それは小十郎に衝撃と自己嫌悪を与えるには充分すぎた。
「……すまなかった」
頭が混乱している。小十郎は認めた。だが混乱している中でも、妻にこれだけは言わなければならなかった。
「すまなかった。言いたくないことを言わせたな」
「甘やかせばよいのかえ」
政宗を甘やかせばいいのか、と吉は問う。小十郎は首を横に振る。吉は尚も問うた。
「わらわに──片倉小十郎のたかが妻に及び腰になる国主を、甘やかせばよいのかえ。優しゅう菓子でも与えればよいのかえ。何を仕出かしても笑うて、政宗様はお気になさらずと申せばよいのかえ。片倉は──」
「もういい。すまなかった。もう言うな」
問いを重ねる妻の声が余りにも悲痛で、小十郎はそう言うだけで精一杯だった。吉は唇を噛み締め、言葉を飲み込む。
「己が望みに添う者に」
だが、飲み込み切れなかった言葉が震える声となって迸った。
「誰が」
泣いていないのが不思議だ、と小十郎が思うほどに、震える声だった。
「共に斃れてなど、欲しいものかえ。わらわとて、ずっと」
「きつ」
「朝倉の時も、浅井の時も」
「きつ、もういい」
「丹波の時、摂津の時も、わらわは何も申しておらなんだ」
「やめろ」
「誰が」
「やめろ」
やめろ、と小十郎は繰り返した。聞きたくなかった。過去の合戦の数々、確かに歴史に残るような名勝負や大きな戦だけではない、悲惨な戦の数々を思い出している妻の声を聞きたくなかった。
思い知らされるからだ。
己の未熟が、あれだけの思いをしてようやく手に入れたたった一人の女を傷つけたという事実を。
吉はやめなかった。叫んだ。絶叫だった。
自らに課した役目を果たすための道を歩んだ中、隠し続けた傷を抉られた女の悲痛すぎる絶叫だった。
「──誰が、死ねと申したものか!」
「やめろっつってんだろう!」
それぞれの絶叫が重なり、夜を引き裂いた。それは怒号のようで、真実の怒りの声ではなかった。背負いすぎた女の悲嘆と、思い出させた男の後悔の声だった。
「伊達政宗がいつ、片倉に死ねと申したの!」
篝火が爆ぜる中、吉は尚も叫ぶ。小十郎は舞台に駆け上がり、妻の腕を強く掴んだ。こんな時でも刀を離さない自分に気付かなかった。
「きつ、やめろ、俺が悪かった」
「ほんに! 仔竜のことを見下してなぞおらぬのに!」
小十郎が初めて見る、吉の癇癪めいた激情だ。怒鳴りあう喧嘩は幾度かしたが、ここまで形振り構わずに怒鳴り散らす妻を見るのは初めてだった。
「おまえさまだけが、見下しておられるのではないの! 甘やかして! 護るばかりで!」
ああ、そうだ──小十郎はいっそ死んでしまいたくなった。かつて自分でも気付いたはずだったのに、またそれを忘れていたのか。政宗を大事にする余りに、政宗はまだ未熟だからという事実を言い訳に。
──俺は、自分に酔っていた。政宗様のためなら死ねる、政宗様と共に死ぬという言葉の上っ面に踊る自分に酔っていた。
「いつまでも! おまえさまがそんなだから!」
「悪かった」
刀を持たぬ左腕で妻を抱き締める。妻の激情を宥めたかった。悟った吉は夫の胸の合わせを指が白くなるほどの強さで掴み、顔を埋め、肩で息をしながら呻く。
「おまえさまが押し潰して、どうなさるの」
小十郎は何も言えない。妻の髪に唇を押し付け、抱き締め続けることしかできなかった。まるで俺が甘えているようだ、と情けなくなる。
「おまえさまの大切な子を、なにゆえ、独りで歩かせてやろうとなさらぬの」
子。その言葉で、小十郎は全てを理解する。
己の過ち。その過ちが、過去を忘れたがっている妻に、いまだ戦乱の親としての過去を引き摺らせ続けなければならなかったことも。普通の女として嫁いだ片倉家の先を案じるからこそ、目を背け切ることができず、政宗を甘やかすことができなかった苦痛。
いかばかりの苦痛であったのか。
「そうだな」
低く言った。
「俺が、間違っていた」
忠義の道を生きていながら、道を踏み外しかけていた。自分では気付けるはずもなかった。妻だけが気付き、それでも言えなかったのだろう。過去を退けば古風な女だ。否、過去の日々でさえ、夫の前では古風で従順な、ある意味では盲目的な女だった。夫の道に苦言を呈するなどできるはずもなかったのだ。
全てを捧げているはずの政宗へも、ともすれば取り返しのつかないことをしていたかもしれない。思い出せば、悔やんでも悔やみきれない瞬間があるのかもしれない。その瞬間、自分は死にたくなるだろう。自分の命だと思い、全ては政宗のためにと生きて来た自分が、政宗の可能性を潰したかもしれない。その瞬間を知るかもしれない。
──俺は何をしていた。俺は間違っていたのか。
考えるだけで目の前が暗くなりかける。これは絶望だ。自らの人生を否定しかけている。その絶望は筆舌に尽くしがたい。
すると吉が言った。夫の苦悩を見透かしたかのような言葉だった。
「まだ、間に合うわえ」
本当か、と小十郎は呟く。
夫の胸から顔を上げた吉は頷いた。
「おまえさまが──片倉小十郎がお気付きになられたのだから。何ぞ遅うあるとおっしゃるの」
だったらいいが、と小十郎はまた呟く。
だからよいの、と吉は頷く。
そして夫を見上げて、微笑む。
「おまえさま」
小十郎が何よりも好きな、あの美しい、そして小十郎には可愛いとしか思えない、あの笑い方だった。
「嬉し」
嬉しい。吉は素直に言った。小十郎は微笑む。何が嬉しいんだ、とは訊かなかった。小十郎自身、嬉しかった。
この女がいれば。そう思ったのだ。
──この女がいれば、俺は絶望の淵に立ちかけても、絶望の海に堕ちることはないだろう。
微笑んだ小十郎を見て、吉はほっと息を吐いた。心底安堵したような様子に小十郎は首を傾げる。
「どうした。そんな溜息ついて」
「だって、おまえさま」
吉は笑う。
「ようやっと、笑うて下されたのだもの。あの晩からずうっと、お笑いのお顔を見ておらなんだ」
だってお前、それは──言いかけ、言葉が見つからない。
妻を抱く左腕に、更に力を込めて言葉の代わりにする。
吉が僅かに顔を赤くした。
「おまえさま」
「何だ」
「破廉恥な」
「真田みたいなことを言うんじゃねえ。誰も見てねえ」
「ゆき」
「ああ」
「ゆきと、信玄坊主が──」
「え?」
「破廉恥、で、ござる!!」
激情を含んだその絶叫に、小十郎はぎょっとして振り向く。吉が「ああ」と呻き、袂で顔を覆った。
纏う紅い服よりも尚紅くした顔に、怒りなのか、それとも強い気恥ずかしさなのか判別し難い感情をありありと浮かべた幸村が、二槍を手にして立っていた。
「この、上田城で! 何と破廉恥な! 右目殿、破廉恥にも程がある破廉恥でござらぬか!」
「俺だけか。きつはいいのか」
少年の混乱振りにいっそ呆れつつ、確かに刺激が強いだろうな、と反省しかけた小十郎に、幸村は更に叫んだ。
「そも、きつ様に何たるご心痛をおかけしたと思っておられる! その上で斯様に破廉恥な!」
「ああ、それは謝る。迷惑をかけた。この礼は──」
その瞬間だった。小十郎は驚愕するどころではなかった。
幸村が二槍を構えたのだ。模擬槍とは分かっているが、驚かずにはいられなかった。
「おい、真田、まさか」
「破廉恥、許すまじッ! 構えられよ!」
「おい! きつがいるんだ、やめ──」
吉が巻き込まれてはかなわない。幸村もそれを望まぬはずだ。
だがその時、吉が声を出して笑った。
「おまえさま」
「おい、お前も止めろ」
こんな時に笑ってんじゃねえ、と思う小十郎に、吉はにこりと微笑んだ。
あの、何よりも可愛い笑い方で。
「歓迎の宴はまだ終わっておらぬわえ」
「……は?」
「お気張りあらしゃりませ」
頑張ってね、と言い、そして吉は夫の胸を軽く押しただけで、するりとその腕から抜け出したのだった。
「お前!」
「竜の右目! 御覚悟召されッ!」
たちまち襲い来る二槍を、何とか木刀で受け流す。一撃目から重すぎる攻撃だった。受けた瞬間に思い切り足を踏ん張れたのは、小十郎が卓越した剣士だったからに他ならない。なまじな剣士ならこれだけで転倒していただろう。
態勢を立て直しながら小十郎は目の端で見た。
舞台から身軽に飛び降り、そこで待っていた信玄の下へ小走りに駆け寄る妻の姿を。
「おい!」
「相手はそれがしだ、目を逸らされるな!」
「きつ!」
再び襲って来た二槍に立ち向かい、小十郎は叫ぶ。
「何なんだ、これは! 話は終わったんだ、やめさせろ!」
「歓迎の宴じゃ、楽しめ、楽しめ!」
小十郎の絶叫に信玄が豪快に笑った。
その横で、吉も笑っていた。
それとこれとは話が別なの、という笑顔で。