CHOCOLATE PHILOSOPHY 04



「まだ返事はないのか。たしぎ大佐にも確認を取れ」
武装勢力のリーダーの声は平静を装ってはいるが、明らかに苛立ちが滲み出ていた。海軍本部からの返事がまだ来ないことに焦り始めている。
「少し遅いな。海軍もそこそこ有能なんだろうよ」
アーリーは執事姿には似合わない口調で、だが平坦な声の調子で言い、少し離れた場所から耳を澄ませていたスモーカーに、リーダーよりは冷静であることを窺わせた。
「有能だと?」
「待たせて苛立たせる。基本だ」
「人質がいるんだぞ」
リーダーがスモーカーを示す。スモーカーは気付かない振りをする。ふん、とアーリーは何かを嘲笑するように顔の筋肉を動かした。
「案外、死んでもいい類の中将なのかもしれないな。大将よりは替えが利く」
よく言ってくれるもんだ、とスモーカーは内心で苦笑した。ノーと言えない、言うつもりもない自分もどうかしていると思った。
やがて23時を回り、スモーカーはいよいよ大きな溜息を吐く。海楼石による体調不良からの溜息ではなく、あまりにも時間がかかり過ぎていることへの溜息だった。自分が優秀な指導者だとは露ほども思っていないが、それにしてもこれはあんまりじゃないか、と思ってしまう。自分が部下の立場だった時は──つい嘆きたくなった時、見張りの男が小さな声で言った。
「大丈夫か」
一瞬、何の心配をされているのか分からなかったが、すぐに溜息への心配だと分かった。スモーカーの体調不良を案じたのだろう。スモーカーはそれを察し、特に演技をするつもりもなく、ああ、と短く返事をしただけだった。そうか、と男も短く答え、だが明らかに落ち着かないように、妙にもじもじと身動きをする。スモーカーは表情を変えず、もう一度時計を見た。
日付が変わったら、と思った。日付が変われば限界だ。ここを占拠している武装勢力は、海軍本部への連絡がつかないことに苛立ちを覚えている。負の感情を一度抱けば、それは坂を転がる雪玉のように瞬時にして膨れ上がるはずだ。日付が変わった直後が勝負だ、とスモーカーは腹を決め、そしてまた息を吐いた。見張りの男が既に心配そうな様子を隠さずに窺って来たことが分かり、ふ、と彼に向かって僅かに笑ってやった。男は明らかに戸惑ったが、それよりも何らかの感情が勝ったのか、目抜き帽ごしにでもはっきり分かるほど、口元を控えめに笑いの形に歪めたのだった。
スモーカーはアーリーを見る。一瞬だけ視線が交錯したような気がした。だがアーリーは明後日の方向を向いていたし、スモーカーも彼の視線を追おうとは思わず、再び見張りの男を見て、今度は明らかに好意を乗せた笑みを投げた。目抜き帽から覗く肌が赤らんだことを確認し、まずはこの程度でいいだろう、と息を吐いた。海楼石はそれなりに体調に不自由を与え続けていた。
「さっき言ってた同期の話」
不意に見張りの男が口を開いた。スモーカーにとっては意外なことではなく、むしろそろそろではないかと予想していたので驚きはしなかったが、少し時間を置いてから、ああ、といかにも今気づいたように返事をした。
「どんな死に方だったんだ」
スモーカーは答えない。答えたいわけではなかった。それで何かを悟ったのか、男は少し慌てたように「悪かった」と言った。
「いや」
小さく、スモーカーは答えた。
「構わねえよ。お前はあいつじゃねえ」
男は返事をしなかった。だがそれは無視をしたわけではなく、どうしても言葉が見つからない、そんな風情だった。スモーカーは目を閉じる。そして小さく、小さく言った。
「いい奴だった。いい付き合いをしたよ」
「いい付き合い?」
どんな付き合いだったのか、と男は声に滲ませる。スモーカーは低く笑った。
「そのままだ。お前と同じ目の色で、いい奴で、いい付き合いだった」
男はそれきり黙った。スモーカーも黙った。
時間がない、とスモーカーは思った。


「なあ、お嬢」
レイの声が多少ならず何かを案ずるものであったことを、ヒナは責めようとは思えなかった。むしろ今のローの状態を目の当たりにしていながら、まともに喋ることができるレイを大したものだと評価する。自分とて、全く知らない人間であれば近くにいるのも恐ろしいと思うような状態だった。
「その──お嬢がもう、指揮を執るのも悪くねえんじゃねえのかい」
それはつまり、今のローの状態が限界を振り切っているように見えるからだった。傍から見れば近寄り難く、ああ、これぞまさに七武海──そう囁かれ、恐れられるであろうほどに、他人に恐怖と重圧を与えるような空気を醸しだしている。実際、様子に気付いてしまったダドリーは、やめておけばいいものの好奇心に勝てず、たまにローを見てはその雰囲気に怯え、半泣きでたしぎとの話し合いに戻る始末だった。
「そう思う?」
「だって、そりゃ、なあ……」
レイはローを視線で示す。電伝虫を見詰めたまま、腕組みをしたローはぴくりとも動かなかった。だがその視線はまるで今にも誰かを殺してしまいそうなほど、どす黒い感情をありありと湛えている。ヒナは溜息を押し殺し、残り少なくなった細い煙草を咥えて火を点けた。スモーカーくんったら、と思った。
──スモーカーくん、ほんっとに年下の男の子を翻弄するのが上手なんだから。
「まあ、確かに目の前でやられたらたまんないわね。ヒナ同情」
「……ああ?」
ローが視線を上げ、ヒナを見る。レイは自分に向けられたものではないものの、本当に視線だけで誰かを殺せそうだなと心底思い、それでも全く怯まないヒナを改めて称賛したくなった。
「何でもないわ」
「だったら黙ってろ、ババア。てめえは無駄口が多いんだよ」
「女の悪癖とおっしゃい」
電伝虫は淡々と喋る。また若い男の声になり、どんな奴だったんだ、あんたはそいつが好きだったのか、と問うた。その途端、レイは頭を抱えたくなる。ローが今までにないほどに殺気を放出したからだ。ヒナは苦笑を押し殺し、煙を深く吸い、長く吐き出した。
『さっきも言っただろう』
電伝虫の声が変わる。耳に心地良い、ローにとっては無二の声だ。
そしてそのいとしい声は、(ローにとって)無情な台詞を吐いた。
『いい奴だった。好きだったし、今でも似た奴を見ると思い出すよ』
少し間を置いたのは言葉を選んだからかもしれない。やがて電伝虫はまた、あの声で言った。
『お前に似てる』
レイはもう、ローを見ないように努めるしかなかった。ヒナは不作法に煙草を口元で揺らし、さてどうしようかしら、何時かしら、と意識を少しばかり遠くへ投げることにする。
死人が出ないのが不思議だとしか言いようがないほど、死の外科医の視線は殺意に支配されていた。
「分かりました、今度こそ間違いないですね?」
そんな三人の様子に気付かず、事件解決に熱中しているたしぎの声が響く。何度かローを盗み見て、そのたびにタイミング悪く、誰かを殺しそうな目付きのローしか目に入らないためにすっかり怯えたダドリーは、元気なく「はい」と頷く。オルトンが息子の元気のなさを心配し、きっと中将さんは大丈夫だ、と彼なりに賢明に息子を励ましていた。
「ご協力ありがとうございます。これで何とかできそうです」
たしぎはオルトン父子に礼を言い、すっと立ち上がった。G-5の面々は、ようやく動いたたしぎに勢いづき、一斉に武器を手に取る。たちまち産まれた金属的な音に慣れない一般人のオルトン父子は震え上がり、気づいたたしぎが「やめて下さい」とG-5に苦言を呈した。
「今、ダドリーさんから説明を受けました」
たしぎは傍にいるG-5の面々だけに説明するには、いささか大きすぎる声を出す。レイはちらりとヒナに視線を投げ、涼しい顔をしている女将校の様子と、彼女にわざと聞こえるように話を始めた「大佐ちゃん」の関係性についつい思いを馳せることになる。ローは相変わらず電伝虫を睨んでいた。電伝虫が視線でショック死しても、おそらく誰も不思議に思いはしないであろう視線で。
「隠れられる場所があるにはありますが、かなり分かりにくい場所だそうです。武装勢力が隠れている可能性は少ないと考えられます」
ヒナが煙をまた長く細く吐き出し、煙草を揉み消した。ローは相変わらず電伝虫を睨んでいるが、電伝虫は今は沈黙していた。
「そして、ここは──秘密の通路にもなっているとのことです」
G-5の男たちはたしぎではなく、ダドリーを見た。普段の生活にはない、統制のとれた暴力の中に生きる男たちの視線は、10代の少年にとって迫力がありすぎたが、ダドリーは怯みはしなかった。何しろつい先ほど、死の外科医に視線で殺されそうになったのだから。
「スモーカーさんが監禁されているホールから、そんなに遠くない部屋の隠し階段に繋がっているとのことです。わたしが何を言いたいか、分かってくれますか?」
誰も声を出して返事はしなかった。だが全員が理解したことがたしぎには分かり、満足の感情で思わず口元が緩みそうになった自分を戒めなければならなかった。
レイはヒナを見る。新しい煙草を指に挟んだところだった。そうでもしなければ意地の悪い笑いを見せてしまうことになっていたと知る者は、ヒナと──そしてローだけだった。
「白猟屋に同情する」
ローは苦々しく、この上なく苦々しく呟いた。絶望した、とでも言い出しそうな表情だった。ヒナは何も言わない。レイは深く溜息を吐いた後、車椅子を動かし、G-5の面々の中に戻って行った。
電伝虫が再び喋り出す。スモーカーの声ではなく、見張りの男の声だった。
『俺、本当はあんたを知ってる。ローグタウン出身なんだ。あんたが赴任してた頃、何回も見たことがある』
ローの表情が再び消え、ヒナは眉を跳ね上げた。
時間は23時20分。
たしぎが言った。
「23時30分に突入します。わたしを先頭に、メンバーは──」
「たしぎ大佐は行かない」
その声は決して大きいものではなかった。だが全員の視線を集めるには充分だった。たしぎは振り返り、声の主を──美しい唇に細い煙草を咥え、死の外科医に火を差し出させている女将校を見る。今までとは違う緊張がG-5の面々の中に走った。がさつな男たちだからこそ分かる、女同士の得体の知れない何かを感じ取ったのだ。彼らよりは幾分かヒナを理解しているレイは、敢えて素知らぬ顔をするしかなかった。
「ヒナさん」
「なあに」
「どうして──」
どうしてですか、とたしぎが言おうとした瞬間だった。
「自惚れんじゃねえ、二流」
視線が一斉に、それこそオルトンとダドリーの視線までもが、一斉にローに集中した。ヒナの煙草に火を点けたライターをクラッチバッグに放り込み、ローは低い声で──それこそ世間が畏怖する死の外科医そのものの声で、海軍大佐の女に言う。
「アタマが先陣切って成功するなんざ、よっぽどアタマが有能な時だけだ。そんな有能な奴、この中じゃ白猟屋くらいしか俺は知らねえよ」
たしぎが思わず言葉に詰まった顔を確認し、そしていかにも今思い出したという顔でローは付け加えた。
「次点で黒檻屋」
「お褒めに預かりまして」
わざとらしく肩を竦める姿も美しく、男たちはローの時とは違った意味で視線を集中させてしまう。だからたしぎが一瞬だけ唇を噛んだ姿を見た者は誰もいなかった。
「つまり、なんだ、その」
堪り兼ねたレイが口を挟む。
「ああ、つまり──外科医が言いてえのは、もし大佐ちゃんが怪我でもしたら、ってことだろ。指揮を執る人間の負傷ってのは一番厄介だ」
「この女海兵の怪我なんざどうでもいいが」
ローは言った。本心だった。
「あまりにも分かってねえもんだから、白猟屋が気の毒になっちまった。口出し失礼、後は黙っててやるよ」
その時のたしぎの顔を正面から見る勇気を、あるいは無粋さを持つ者は、G-5にはいなかった。
長い沈黙が産まれ、それは明らかにたしぎやG-5の男たち、そして民間人のオルトン父子の精神を圧迫していく。ヒナは時間を測り、再び視線を寄越したレイに向かって溜息をついてみせ、それから言った。
「この中に、たしぎ大佐のためなら死ねるって言う愚かな勇者はいないの?」
呆気に取られた一同の中、レイは遠慮なく噴き出し、ローは咳払いで笑いの衝動を誤魔化した。だがそれがきっかけになった。たしぎが遂に言った。
「ヒナさん」
「なあに」
「わたしが行きます」
「だから、あなたが行くのは──」
「責任者は今、わたしです」
言葉を遮られるように宣言されたヒナは、難しい顔をして黙った。男たちは奇妙な緊張を覚え、こういうのは女ならではの嫌な感じだ、とローは顔に出さずに身震いしたくなる。男には永遠に分からない、女同士の見えない何かが絡まり合う瞬間と言えばいいのか。
「23時30分に突入します。10人、一緒に来て下さい」
たしぎが宣言した。G-5の男たちのほとんど誰もが、ヒナが怒ったに違いないと思った。だがローとレイはつい視線を交わし、ヒナが今、難しい顔の下で笑いを堪えているのだということを確認し合ってしまったのだった。


「ローグタウンにいたのか」
「産まれた時からずっと」
「じゃあ、俺の赴任中、どこかで会ったかもしれねえな」
スモーカーが言うと、男は頷いた。もはや見張りとしての役目を果たしていないが、海軍本部との連絡が取れず、交渉のテーブルにもつけないリーダーたちはひどく苛立ち、何度もたしぎたちを電伝虫でせっつき始めている。スモーカーのことに気を回している暇がなくなったようだった。他のメンバーたちもそれぞれの警備の仕事をしっかりと果たしているのか、そして海楼石の力を確信しているのか、誰も人質に注意を向けることはない。
「あんたはたまに、──の店に来てた。一杯飲んですぐ帰ってたけど」
「よく知ってるな」
「俺はあの店で恋人に振られたんだ。その時もあんたがいた」
「気の毒に。振られるところを見たかったな」
スモーカーは低く笑い、男も同様に笑った。だがすぐに少し真面目な声で続けた。
「あんたは怪物って言われてたけど、本当はそうじゃなかった。海賊から街を守るために、わざと街の連中と距離を置いてた」
「今話したいことじゃねえよ」
「でも、本当に──」
「もうやめておけ。裏切り者だと間違われる」
視線だけをリーダーたちの方に投げると、男はようやく自分の立場を思い出し、はっとしてだらりとぶら下げていた剣を握り直した。だがスモーカーを見る目は最初のように自らの役目を果たそうとうとする武装勢力のものではなく、どこかで憧憬を抱いていた懐かしい人を通じて、故郷の風景を思い出してしまった若者の目だった。
スモーカーの目の端でアーリーが動く。執事の姿のままの彼は、リーダーに何事かを告げ、スモーカーたちの方へ近づいて来た。
「具合はいかがで、中将」
「海楼石さえなければ快適だ」
「随分具合が悪かったんだな。シャツを引き裂くくらいに」
アーリーはちらりと見張りの男を見る。男は飛び上がらんばかりにびくりと身動き、いや、そんなことは、と大慌てでアーリーに弁解しようとした。アーリーはあくまでこの屋敷の執事で、今回は金で雇った内通者だが、以前から連絡を取り合っているうちに、相当の手練れだということを誰もが思い知っている。男が弁解を試みるのは当然だった。だがアーリーは軽く手を振り、男の言を遮る。
「替えのシャツはいるか?」
「さすが執事だ、気遣いが最高だな」
「本業だしな」
「それもそうか」
「いい時間だ。寝たければ寝ればいい」
「眠いわけじゃねえが、何時だ」
「23時半になる。毛布を取って来てやる」
「親切をどうも」
アーリーがホールを出て行く。男は息を吐いた。
「あいつは怖いんだ」
「そうか」
まるで子供の呟きのようなそれに、スモーカーは慰めるように微笑んでやった。男ははにかんだように笑い、後でローグタウンの話をしよう、と言った。
「ローグタウンか」
「いいだろ。後で」
「そうだな」
スモーカーは言った。
「嬉しいよ」


ヒナは嬉しいよと言った電伝虫を隠すようにクラッチバッグの口を素早く閉じ、能力の発動を予見して密かに身構える。だが辛うじて理性が勝ったのか、死の外科医は立ち上がることもなければ何かを罵倒することもなかった。これなら能力で捕縛する必要はなさそうね、とヒナは安堵の溜息を押し隠し、ほんとにもう、と苦々しく、そして声なく呟いた。
──スモーカーくん、やりすぎよ。それは殺し文句じゃないの?
「豆大福ちゃん」
「……」
ローは返事をしない。ヒナはいっそ感心した。平静さを保つため、ローは敢えて呼びかけを無視したのだ。死の外科医、七武海、そんな彼が取り乱して良い場面ではない。
「あのね。ヒナ説明」
だからヒナは小さな声で言った。突入の直前準備の慌ただしい空気の中、その声は至近距離のローにしか聞こえなかった。
「分かるでしょ? トラップよ」
「……」
「スモーカーくん、こういうのが得意なの。緊急のハニートラップみたいなものよ。私には理解できないこともあるんだけど、彼、妙に年下の男の子にもてるタイプだから」
「……うん」
ローの声は低く、どこまでも低く、だが返事の言葉はまるで拗ね切った子供も同然で、ヒナはいよいよ溜息を隠せなかった。
「だから」
できるだけ優しい口調にならないよう──年下のオトコノコを慰める声にならなよう──気を付けながら言った。
「涙目になるの、およしなさい」
「なってねえ」
そう答えながらも全く説得力がないことは理解していて、ローは眉間をマッサージする振りをして、少しばかり目をこすったのだった。
それから言った。心底言った。
「ムカつく」
ヒナは答えなかった。正直に言えば困った。本当に困った。嫌だわ、と思った。
嫌だわ。
可愛いじゃないの、豆大福ちゃんったら。
そして23時30分、たしぎが突入の宣言をした。


アーリーが戻って来たのは23時40分、スモーカーは深く、深く溜息をついてしまった。見張りの男はアーリーの様子に目を丸くし、リーダーたちは「さすがだな」と言いながら、雇った元海兵の実力に内心で舌を巻く。
「毛布だ」
「どうも」
執事の姿で片手に毛布、そして片手に剣。剣に血が付いていないことを目で確認し、スモーカーは苦い顔を隠すことができなかった。
「何人死んだ」
「自殺でもしなけりゃ全員が死に損ないだ」
「峰打ちか。ありがとう」
「どういたしまして」
見張りの男には理解し難い会話だったが、海軍中将と元海兵の間では、それだけで話が通じるものだ。
それからアーリーは少しだけ補足をする。
「女とサシでやるのは避けた。あれは強い」
「そうだな。技術だけなら相当だ」
「G-5の男連中を何人かどついて転ばせて、帰れって女に言ったら案外おとなしく帰ったよ」
スモーカーに毛布を投げつけ、アーリーはにやりと笑う。
「突入するのは褒められたもんじゃないが、引き際は悪くなかった」
「トロアにいた頃、部隊長でもやってたのか」
「部下なんかいなかったよ。いつも下っ端だった。だから──あの女がまあまあ、悪くない指揮官だってのは認める」
それで話を切り上げ、アーリーは再びリーダーの方へ歩いて行く。見張りの男は息を吐き、いつの間にかアーリーに対して緊張していたことをスモーカーに教えた。なるほど、とスモーカーは思った。──なるほど、アーリーが手練れってことは本当に分かっているわけか。相手の実力が分かるってことは、本物の馬鹿ってわけじゃなさそうだ。
「あれだけ強いのに」
男はまた息を吐いた。嘆息にも似た息だった。
「部下がいなかったなんて、海軍ってのはどうなってるんだ」
「使える上司を見付けてゴマを摺らないと、叩き上げは出世できねえのさ」
スモーカーの言葉に男は笑った。冗談だと思ったからだ。スモーカーは笑ったが、冗談じゃないんだよ、という言葉は飲み込んだのだった。


「ま、冗談ってわけでもないわね。確かにね」
それなりに権力闘争を勝ち抜いて来た女は、再び開いたクラッチバッグの口の中を覗きながら呟いた。戻って来たたしぎたちには目もくれない。その態度にローはいっそ感心し、この女の態度が何よりもたしぎのプライドを傷つけるだろうと思ったので、嫌味を言うのは控えてやることにした。
そのたしぎたちはワの国言うならばお通夜の如し落ち込みようだ。それも仕方のない話だった。秘密の通路から突入したら、突入を予見して剣を片手に待っていた執事──裏切り者の元海兵──ただ一人に、ものの数分で追い返されたのだから。たしぎが攻撃に転じようとしても、アーリーは素早くたしぎの剣の到達範囲から逃げ回り、G-5の男たちを攻撃した。
たしぎと共に突入し、攻撃された男たちは特に重傷を負ったわけでもなく、だからこそプライドが粉々に打ち砕かれた。手加減されていたことが悔しくてたまらない。そして秘密の通路を教えたダドリーは、まるで自分の責任のように落ち込んでしまっていた。オルトンが必死でお前のせいじゃないよと慰めはするが、10代の繊細な少年には癒しの効果が期待できなかった。
「外科医──ドクター」
レイがローに声をかける。
「打撲くらいなんだが、診てやってくれねえか」
「嫌だ」
「みんな落ち込んでる。有名人に診てもらったら気分も上がる」
「俺は海賊だ」
「今はドクターでしょ」
言ったのはヒナだ。ローはしばらくヒナを睨み付け、それから口の中で「クソッタレ」と呟き、椅子から立ち上がった。
その時、電伝虫が言った。見張りの男の声だった。
『寝るなら、そんな椅子じゃなくて──ベッドのある部屋に連れて行ってやる』
「──お前ら、ドクターが診てくれるってよ!」
咄嗟にレイが声を張り上げた。G-5の男たちがブーイングを装った歓迎の声を上げる。そのお陰だと言っても良い。
そのお陰で、ばか、とローが思わず悲鳴にも似た声を挙げたことに気付いたのは、そばにいたヒナだけだった。