CHOCOLATE PHILOSOPHY 01



タイミングが悪かった。今日ばっかりは、と執務室のスモーカーが本当に申し訳なさそうに、そして残念そうに言ってくれただけで、ローは落ち込まずに済ん だ。そもそも自分が突然やって来ることに問題があると分かっている。これが他の相手なら、俺が来てやったのに失礼な奴だとでも言ってやりたいところだが、 いかんせん、スモーカーにそんなことを言うことができない。惚れた弱みではない、惚れ抜いた弱みだ。
「確約はできねえが、夜なら」
「気が向いてる間は待っててやるよ」
そう言いながら、きっと俺は馬鹿みてえに朝まで待っている、とローは思う。確約ができないのなら待っている必要はないのに、それでも。──ローは自分を情 けないと思いながらも、それでもこれはもう仕方のないことで、要はスモーカーという男に惚れたのが運の尽きだと分かっていた。
「ああ、そうじゃなくて」
ローの胸中を見抜いたわけでもないだろうに、スモーカーは付け加えた。
「早く帰る確約ができねえってことだ。遅くても、そうだな、23時には抜けられるから──」
「ふうん?」
「──日付が変わる前には戻って来られる」
スモーカーが何の前触れもなくにっと笑い、ローはやられたと思った。わざとだ。それが分かるから悔しい。
「……その前に俺の気が変わらないことを祈れよ。まだ夕方なんだし、どれだけ待たされると思ってんだ」
わざとに違いない。確約ができないと言ったことも、その後に日付が変わる前には帰って来られると言ったことも。俺をからかって楽しんでいる、ローはそう思う。他の誰かにやられたら、とうに斬り捨ててやっているところだった。
「抜けるって? 何が? ──って、何だよ」
質問の途中でありながらも、ローは訝しむ。目の前でスモーカーが突然上着を脱ぎ棄て、あの鍛え抜かれた体躯を晒せば当然だ。「着替えだよ」と言って、ス モーカーは内扉で執務室から続いている仮眠室へ姿を消した。ローは息を吐き、ソファからクッションを引きずり下ろして、指定席になっている窓際の床に座り 込む。昼間であれば一番日当たりの良い場所だ。
「……別に、日付が変わったって」
別に構わない。そう言ってやりたいが、悔しいかな、言っても無駄だと分かっていた。ふうん、分かったよ、と彼は薄く笑うだろう。そしてそのまま出掛けて、本当に日付が変わるまで帰って来ないのかとローに思わせるのだ。
「ああ、もう」
もう、困った。ローは思う。心底思う。いつからこんなことで、こんなふうに悩むようになったんだろう。好きでたまらない。愛してるといつだって言いたい。 言われれば窒息してしまうのではないかと思うほどに息が詰まって、それからとても嬉しくなる。だから少しでも不安なことがあると心配でたまらない。俺は恋 愛が下手だ、本当に下手だ、童貞のガキじゃあるまいし──スモーカーに会うたびに、そしてからかわれるたびに、それでも自分を恋人だと思ってくれていると 分かるたびに思うのだ。好きで好きでたまらないんだ、と。
日付けが変われば、きっと今日はとても落胆するだろう。それも分かっている。スモーカーに会うまでは、こんなことを考えたこともなかったのにそう思う。世 界中の恋人たちが狂ったようにのめり込む一日だ。昔は馬鹿馬鹿しいとしか思わなかった。ファミリーの中でふざけたように、あの甘い菓子のやり取りがあった くらいだ。それも女性陣に付き合わされていたに過ぎなかった。船の中では話題にもならない一日だ。
それなのに、今は気になって仕方ない。本当に俺はそこいらの童貞のガキのようじゃないかと思ってしまうほどに気になるのだ。誰が始めたか、一体何の関係が あるのか分からない。それでもこの一日はとても気になってしまうようになった。スモーカーのせいだ。ローは悔しくてたまらず、八つ当たりめいた断定をする しかなかった。
その時、執務室のドアがノックされた。たしぎかとローが思う間もなく、ノックの音が終わらないうちにドアが開く。不作法もいいところだが、現れた女を見て納得した。
「あら、豆大福ちゃん。来てたのね」
「何でババアがG-5の基地にいるんだ? しかもいかれた格好しやがって」
「私のこの格好を見てそう言えるのはキミだけね」
現れたのはヒナだ。しかも盛装だった。いつものストイックな黒のパンツスーツ姿とは違い、髪をフルアップにし、デコルテを大胆に、しかし上品にオープンに したボルドーのイブニングドレスだ。惜しげもなく晒される魅惑的なボディラインに密かに感心しながら、ローは冷静に、口を開かなきゃいい女なんだ、と心の 中で呟いた。ヒナはスモーカーのデスクにクラッチバッグと小さなショップバッグを起き、窓際に座り込むローに、いつも通り高飛車に物を言う。
「キミ、何か言うべきことがあるんじゃないの?」
「若作りだな。肌出し過ぎだろ」
無論、単なる揶揄にすぎない。嫌いな女だが、似合っているドレス姿を本気で否定しようとは思わなかった。事実は事実として受け止める。ただ、それを口にするかはまた別の話だ。ヒナがふんと鼻を鳴らした。
「キミにしちゃ毒が足りないわ。本当は褒めたいのね? ヒナ正解」
「言ってろ」
「そうするわ、気分いいから。──ここにいるってことは、スモーカーくんが出掛けるのも知ってるってこと?」
「出掛けるってのは聞いた。どこに行くかは聞いてねえが、まあ、お前のいかれた格好で大体の予想はついた」
「予想を聞いてもいい?」
「どっかのつまんねえ素敵なパーティ。招待されたのは白猟屋、お前はパートナーで呼び出された」
「ご名答。ヤキモチ焼いていいのよ」
「食っちまったよ、そんな餅。ババアにくれてやる分なんざなくなった」
意外な切り返しにヒナはローを見詰めた後、声を上げて笑った。大笑いだ。こんなに楽しいことはないとでも言いたい笑い方で、ローは流石に憮然とした。それでもローにとって嫌味な反応ではなく、言って良かったと思えた。
「やだ、豆大福ちゃん、オトナになっちゃって。ヒナ驚愕」
「26だ。ババアからすりゃガキで結構」
以前からヒナがスモーカーと親しい姿を見るのが嫌だった。何回かスモーカーに言ったことがあったし、スモーカーもそのたびに謝ってくれてはいた。だがいつ からか、これは仕方のないことなのだ、とローは思うようになった。諦めたのではない。それがスモーカーであり、スモーカーの世界であり、その世界からこの 女を排除することはできないし、スモーカーもそれを望まないであろうことを理解しただけだ。この女を好きになれることはないが、この女を世界から排除しな いスモーカーを嫌いになることはないだろうと思えただけだった。それでいいと思った。──それでいいと思わなければいけないと思った。思うことができた。
「ヒナ、うるせえよ」
内扉が開き、着替えを終えたスモーカーが姿を現す。何の気なく目をやったローは、やられた、と思わず顔をしかめてしまった。いわば照れ隠しだ。これは不意打ちだった。
普段はいかにも叩き上げの無粋な海兵にしか見えないいでたちのスモーカーが、ブラックタイを絞め、ディナージャケットを手に現れれば、それは惚れ抜いている恋人にとって不意打ち以外の何物でもない。
「豆大福ちゃん、スモーカーくんのタキシードは初めて?」
気づいたヒナがにやにやと笑い、ローの様子とヒナの笑みを見たスモーカーがまたにっと笑う。
「いい男だろ」
もう何を言えばいいのか分からず、だが恋人をよく知る女がにやついているのも悔しく、からかう気を隠そうともしないでにっと笑った恋人が腹立たしく、それでもこの上なく魅力的で、どうしようもなくなってしまったのは確かだ。
結局はそんな自分の不甲斐なさ、そして恋人の姿に真っ赤になって、素直に「うん」と頷く以外にできず、女と恋人から一瞬言葉を奪う結果になったのだった。
地元の有力者の息子のバースデーパーティだ、とスモーカーが説明した。
「今まで避けてたんだがな。年に一度くらいは顔を出しておかねえとまずい」
「窮屈なもんだな、さすが犬」
「給料のうちだ、bow-wow!(ワンワン!)」
「やめろよ」
「ちょっと、やだ」
スモーカーの唐突な犬の鳴き真似に、ローとヒナは揃って笑う。見た目からは想像もつかないが、スモーカーはたまに、一部の人間の前でだけおどけることがあった。
「ああ、それで。こういう格式だから同伴が必要で──」
「知ってるよ。俺が行くわけにいかねえだろうし、俺だって行きたくねえ」
ローが妬かないように説明しようとしたスモーカーを遮る。スモーカーは「おや」と呟く。普段なら分かった振りをして隠し切れない嫉妬をしそうなものなのに。
「聞きわけがいいな」
「黒檻屋が言うには、俺は大人になったらしい」
「俺が着替えてる間に何をしてるんだ、お前ら」
「窓に洗剤が出てたのよ」
「何てこった」
スモーカーとヒナが揃って笑い、ローも少し遅れてその話を思い出して苦笑した。以前、スモーカーから聞いたことがある。軍人の亭主が任務で留守中、浮気性 な妻が窓際に洗濯洗剤を置いておくのは浮気相手の訪問OKのしるし──ヒナはローが洗剤を置いていたとふざけたのだった。
その時、執務室のドアが叩かれる。どうぞと返事をしたのはなぜかヒナだった。
「スモーカーさん、失礼します! もうすぐお時間──わあ、ヒナさん、素敵!」
入って来たたしぎがあっという間にヒナに釘付けになった。華やかなパーティに行きたがるたちではないたしぎだが、ドレスアップした美しい上級将校を目の当 たりにするのはまた別だ。男の目線とは違う、若い娘ならではの憧れの目でヒナを称賛する。だがすぐにローを見つけ、あっという間に眉を跳ね上げた。
「いたんですね」
「いちゃ悪いか」
「悪いですよ」
確かに、とヒナは思う。スモーカーは聞こえない振りをする。公私混同は出世した人間の特権だ。
「もう時間か」
「はい、行かれた方がいいと思います」
「後は頼んだ。ローは勝手にする、放っておいていい」
「はい、喜んで」
「構って欲しいわけじゃねえがムカつくな」
思わずローは呟き、何ですって、とたしぎが睨む。いつもの光景だ。いつもならスモーカーは放っておくが、今日は時間がなかった。
「じゃれてんじゃねえ」
「誰がじゃれてるって?」
「お前と俺の部下。たしぎ、先方にもう向かうって電伝虫」
「はい、してきます。じゃれてませんから!」
たしぎが速足で執務室を出て行く。ローが文句を言おうと口を開く前に、スモーカーがぽんと背中を叩いた。
「時間がねえんだ」
「ああそうか、行ってこい」
「そう冷てえ声を出すな、気持ちよく俺を送り出せ」
「あっちを向いててあげる。ヒナ優しい」
くるりとヒナが身を翻すのと、スモーカーがローの唇を掠め取るのは同時だった。遅れてローが赤くなり、またくるりと回ったヒナがちょうどその顔を見てくすりと笑った。
「ヒナ、行くぞ」
「良くってよ。ああ、豆大福ちゃん」
デスクの上に置いてあった小さなショップバックをローに押し付ける。ローには分からなかったが、若い女性に人気がある、スイーツショップの品だった。
「お留守番組のおやつにどうぞ。本当はスモーカーくんにあげる予定だったんだけど、オトナになったご褒美にあげちゃうわ」
「いらねえよ」
「意地張らないの。美味しいチョコよ。スモーカーくん、行きましょ」
言うだけ言ってヒナは先に執務室を出る。スモーカーは肩を竦め、ローを見た。
「日付が変わるまでには帰る」
「気が向く間はいる」
「そうしてくれ。──キスしろよ、行って来る」
ヒナもいなければたしぎもいない。断る理由も赤くなる理由もなかった。だから素直にキスをした。スモーカーが嬉しそうに笑った。だからローも嬉しくなった。
ドアの影から覗いていたヒナとたしぎが顔を見合わせ、ふふ、と女ならではの笑いを交わし、Happy Valentine’s Day、と同時に呟いた。
この時はまだ誰も、年に一度の聖人の誕生日にかこつけた恋人たちのイベントデーが、あんな騒ぎになるとは思ってもみなかった。




「もうタイを外したくってたまらないって顔ね」
「そりゃそうだ」
溜息混じりに答えたスモーカーは、パートナーとしてヒナの腕を取り、受付と警備チェックを兼ねた正面玄関を通る。地元の有力者だけあって、これだけ寂れた島でも豪奢な邸宅を代々受け継いでいる。この島の主流である、どちらかと言えば貧しい人々から見れば、白亜の宮殿も同然だろう。
「スモーカー中将閣下、お待ちしておりました」
若い男、おそらくローとあまり変わらない程度の青年が恭しく頭を下げる。
「どうも」
「お連れ様は」
「同期だ」
「ヒナ中将閣下でいらっしゃいますね。ようこそお越し下さいました」
スモーカーとヒナは一瞬だけ視線を交わす。スモーカーの今の返答の仕方は決して褒められたものではなく、露骨に執事を試す物言いだった。それを正しい知識で返した若い執事はそれなりに海軍を知っているということだ。
「わたくしごとで恐縮でございますが」
執事が続ける。
「一昨年まで海軍におりましたもので。一方的に存じ上げております。間近でお会いできて光栄でございます」
「俺とこいつで残念だったな、上級将校の中じゃ小物だよ」
「とんでもございません」
「スモーカーくん、あなた、嫌な男になってるわよ」
ともすれば執事が困るような対応を続けるスモーカーを、ヒナは小声でいさめる。スモーカーは素直に執事に「すまねえな」と告げ、執事はまた頭を下げた。
「名前は?」
「アーリーと申します」
「配属はどこだった」
「西のトロアが最終配属でございました」
「トロアか。随分遠くだな。──会えて何よりだ、アーリー。よろしく」
「恐れ入ります」
「喉が渇いたわ。ヒナ退屈」
ヒナがつまらない女のような声を上げ、自分の役割を果たす。女は添えものである場所だと理解し、演じている声だった。そしてこういった会場はそれを歓迎するものだ。
「お引き留め、御無礼申し上げました。ホールにご案内致します」
「案内は結構だ」
「かしこまりました。ごゆっくりお過ごし下さいませ」
みたび頭を下げる執事に見送られ、二人はマナーとして腕を組んだまま、こういった席の定番の音楽と人々の声がさざめくホールへ向かう。既に多くの招待客が集まり、スモーカーたちは遅い到着に入る部類だった。
地方の「地元の権力者」にありがちな押しつけがましいパーティであることは確かだが、スモーカーはそれほど否定しようとは思わない。田舎の人間が良好な人間関係を保つためにも必要な場として認識していた。反感を買いがちな海軍としても民間との摩擦を埋めるにはちょうどいい機会になる。かと言って、好きかと問われれば間髪入れずにノーと答えることは確かだ。
「そう、それで──やあどうも、ちょっと失礼、ようこそ、スモーカー中将!」
人々でごった返すフロアの中、他の招待客と話していた初老の男がスモーカーとヒナを見つけて足早にやって来る。全身から歓迎の意思を見せ、悪い人間ではないことを自然と知らしめていた。
「お招きどうも。こちらはヒナ中将」
「預かりまして、ご機嫌よう」
ヒナが短く、だが僅かに微笑んで挨拶をすると、男は満面の笑みを浮かべた。美しい女にはこうするべきだと分かっている態度だ。
「お会いできて嬉しいですよ、ヒナ中将。オルトンです、どうぞよろしく」
「サー・オルトン、よろしく」
「サーとつく立場でもありませんよ」
言いながら満更でもないというように笑うオルトンは、今度はスモーカーに意識を向けた。添えものへの礼儀は尽くしたというわけだ。ヒナは無論怒るはずがなく、自分の役目のひとつが終わったことを知る。
「スモーカー中将も久し振りに来てくれたね。前に来てくれたのはいつだったかな」
「何かと任務が重なりまして──とはいえ、ご子息のバースデーなら断る理由もございません」
スモーカーの丁寧な受け答えに、ヒナは「豆大福ちゃんに聞かせてあげたかったわ」とひそかに思う。これはこれで(ローにとっては)彼氏の姿が素晴らしく「いい男」に見えるだろう。ローへの親切ではなく、ローがどんな反応をするのかが見たかった。
「今日のような日になってしまって申し訳ないね。お似合いの二人なのに」
「ああ、いや、お互いに予定がなかったので逆に有難いですよ」
真実が半分、嘘が半分。予定がないのは確かだが、有難くはない。オルトンはこの中将二人が男女の関係ではないと知り、なるほど、と言うしかなかった。
「もうパーティをする歳でもないんだがね。18歳にもなって」
オルトンが不意に苦笑した。確かに世間的にはもう親がかりで誕生パーティなどする年齢ではない。スモーカーとヒナは曖昧に笑い、オルトンの嘆きに気付かない振りをした。
「それでも、皆が集まるには良い機会でね。たまには高い酒を飲む口実になるだろう」
「おっしゃる通り」
「良かったら後で息子と話してやってくれないか。スモーカー中将に憧れているんだ」
「ああら、御子息ったら悪趣味でいらっしゃるのね」
半ば本気のヒナの呟きを定型の冗談だと思い、オルトンは律儀に笑う。
「私どもには素晴らしい将校さんだとしか思えませんがね。前任のヴェルゴ中将も素晴らしい方でしたが──」
「スモーカーくん、喉が渇いたわ」
「ああ」
「これは失礼! 田舎のマナーでお恥ずかしい」
見るからに洗練された女が話を遮ってまで上げた不満げな声に、オルトンは驚きつつ、そしてある意味で劣等感を刺激されてつい焦ってしまう。スモーカーはオルトンを気の毒に思いながら──ヒナのこんな声を聞けば田舎者だろうかそうでなかろうが、自分以外の大抵の男は焦って当然だと分かっていた──近くにいたアテンダントが持つトレイから小洒落たカクテルグラスを二つ取り、ヒナに渡した。スモーカー自身としては好きな酒ではない。洒落たカクテルを上品に飲むより、気の置けない仲間と好きなだけ、少しだらしない飲み方で楽しむ方が好きだった。
「田舎だなんてとんでもないわ、私ったらご無礼を申し上げてごめんあそばせね。どうしても喉が渇いてしまって」
「いいえ、私こそ挨拶のタイミングを──」
「美味しい! ねえスモーカーくん、これとっても美味しいわ! ヒナ感動!」
「だそうですよ、オルトン卿」
「それはよかった!」
ヒナの態度はスモーカーからすれば茶番もいいところだが、傍から見れば、そしてオルトンからすれば、主催者の田舎めいたミスを吹き飛ばしてくれる華やかな花火に等しかった。スモーカーとしては楽でいい。後で結構な返礼を──最新のバッグだの化粧品だのと──求められることはパートナーとしての出席を頼んだ時から覚悟していることだ。それなら最大限働いてもらうに限る。
オルトンの態度と息子がスモーカー贔屓という事実から、スモーカーとヒナが今日の招待客の中では最重要であることは明白だった。そうでなくとも海軍の人間が地元有力者の主催する集まりに顔を出す時は、最優先でもてなされるものだ。スモーカーとしても海賊が現れた時や異変の折、地元の人間と速やかに連携できるよう、慣れ合わない程度に関わりを持つことは重要だとよく分かっていて、ローグタウンに赴任していた頃から、どれほど苦手な場だとしても年に一度か二度は集まりに顔を出すように心がけていた。
オルトンが他の招待客への挨拶へ行くと、二人は待ち構えていた人々に順繰りに途切れなく声をかけられることになる。これが苦手でたまらないスモーカーは、男性には我がままに高飛車に、女性相手には褒め言葉と共に適度に愛想よくあしらうヒナに、どうしても避けられない最初の挨拶と握手以外のほぼ全てを任せていた。
「ねえ、ちょっと」
挨拶の波が途切れた瞬間、ヒナはスモーカーの注意を促す。スモーカーも少し前から気付いていたのですぐに意思が疎通した。ホールの中でも若い世代が集中している場所があった。着飾った少年少女たちが精一杯気取り、上品ぶろうと躍起になっている。それでも端々に見える幼さが、会場にある種の華を与えていた。
「オルタンの息子がいるかしら」
「オルトンだ」
「どうでもいいもの」
「息子はダドリー」
「知ってるの?」
「知った」
ヒナは唇を尖らせ、相変わらず当たり前のように職務熱心な男に彼女なりの称賛の意を示した。面識はないが有力者の息子として既に調べてある、ということだ。見た目からは想像できないほど、細かい仕事を当たり前のようにこなす男だった。
「青いジャケットだ」
「あの子? あら、ううん──」
その息子のダドリーが今日の主役だ。18歳にしては幼い顔付きで、体躯も恵まれているとは言えない。ヒールを履いているとはいえヒナよりも身長は低く見えるし、手足ばかりがひょろりと長い。顔色は青白く、病的ではないが、どう見ても「有力者の息子」として求められがちな、いわゆる恵まれた外見の条件を満たしてはいなかった。ヒナの呻きももっともだ。
「スモーカーくんに憧れてるって、何だか分かるわ」
「頭がいいんだ。特に数学が得意」
「そうなの?」
「学校でずっと主席だとよ。田舎だからって誰にでもできることじゃねえ」
「それは認める。でも、悪いけど──田舎じゃ勉強ができてもあまり、ね」
「腕っ節や見た目の方が認められやすいのは確かだな。俺の故郷もそんなもんだ」
「あの子は見掛けによらないって言えばいいのかしら、見掛け通りって言えばいいのかしら」
「どっちでもいいさ」
スモーカーはヒナの腕を取り、挨拶のタイミングを窺っていた周囲の人々をかわすように歩き出す。スモーカーの意図を知ったヒナも文句を言わずに歩いた。
向かった先はダドリーがいる若い集団の方向だ。スモーカーたちの接近に気付いた彼らがざわつき、興奮にさざめく。海軍中将が常に赴任している土地だとはいえ、こんなに近距離で見ることは滅多にないのだ。
「こんばんは、スモーカーさん」
真っ先に話しかけて来たのはダドリーではなかった。いかにも華やか、いかにも若い彼らの代表格といった、明るく押しの強そうな、そして外見にそこそこ恵まれた少年だった。スモーカーは声を出さず、軽く目で頷くにとどめる。ヒナは反応もしない。普段は仲間内で当然のように中心になるその少年は、自分たちとはかけ離れた世界の上級将校たちの態度にやや怯む。
「あの、お会いできて嬉しいです。俺、来年には海軍に入るつもりで──」
それでもめげなかったのは褒められてしかるべきだろう。スモーカーは相変わらず目で頷き、その努力を褒めておいた。その間ヒナは彼らをざっと観察し、なるほどね、と納得する。ここの中心人物はダドリーではないし、周辺の彼らは今日はダドリーのバースデーパーティだということも意識していない。つまり普段から、ダドリーは彼らに強く意識される存在ではないということだ。
──オルタンがまだバースデーパーティを開くのも分かるわ。友達を集めてやりたいんでしょうね。逆効果みたいだけど。単に集まる口実と場所を提供してるだけじゃない。
「今日の主役はどなた?」
殊更につまらなそうな声を作り、ヒナはよく通る声で言った。途端に青いジャケットの、貧相な体つきの少年に視線が集中する。唐突に場の真ん中に引きずり出されたも同然のダドリーは、今日の主役でありながら、明らかに動揺して慌てていた。
「ああ、あの──はい、ダドリーです、こんばんは」
「こんばんは。スモーカーくん、彼がダドリーですって」
「ああ」
話しかけて来ていた少年の方をぽんと叩き、お前の話を聞く時間は終わったと知らせてから、スモーカーはダドリーの前へ歩く。ダドリーは憧れの中将の前で気の毒なほど緊張し、直立不動になるほどだった。
「だ、ダドリー、です」
「スモーカー中将だ。初めまして」
「はい、あの、初めまして!」
「数学が得意なんだって?」
「えっ」
「誰かに聞いたんだが聞き違いだったかな、失礼」
「いえ、あ、あの、他の教科より得意です!」
慌てて訂正する姿に、周囲の少女たちがくすくすと笑う。年頃の少女たちからすれば滑稽な姿に見えたのだ。だがヒナが彼女たちをちらりと一瞥しただけで、借りて来た猫のようにおとなしくなった。
「そうか。俺は大嫌いだった」
「で、でも、嫌いでも、スモーカーさんは大砲を打つじゃないですか」
大砲を打つには数学的な計算が必要だ。ダドリーがそれを知っていて、そしてこの場で口にしたことに、スモーカーとヒナは素直に感心した。
「そうだな。──もし海軍に入ることがあったら俺に声をかけてくれ、大砲を打つ時に計算を頼みたい」
「はい! ぜひ!」
「誕生日おめでとう」
「ありがとうございます!」
ダドリーの青白い頬が紅潮し、憧れの中将を見る目付きに親愛の情が混ざった。周囲がざわつき、一瞬でダドリーに向けられる目が変わる。有力者の息子とはいえ、勉強ができると言うだけの立場だったひ弱な少年が、土地に駐留している軍で一番偉い男に目をかけられたのだ。田舎の若者には驚天動地の出来事に等しかった。
スモーカーは僅かにダドリーに微笑んでみせると、ヒナを促してその場を離れる。去り際、最初に話しかけて来た少年の肩を再び叩き、「入隊試験で待っている」とお約束の言葉を投げかけ、絶望していた彼を有頂天にさせておいた。海兵が多くて悪いことはない。少なくともG-5のような土地では。
ダドリーの地位を仲間内であっという間に引き上げ、同時にリーダー格の少年のプライドも最後の最後で保ってやったスモーカーの手腕に、ヒナは心の底から「たちが悪い」と思ったのだった。


「ああっ!」
たしぎが悲鳴のような声を上げ、持っていたトレイを落としそうになる。完全に落とさなかったのは卓越した運動能力と反射神経の賜物だろう。
「うるせえな」
床の上で本を読んでいたローは眉をひそめ、たしぎを睨む。たしぎもじろりとローを睨んだ。
「それ、チョコですよね!?」
スモーカーのデスクの上のショップバッグのことだ。
「黒檻屋が持って来た」
「ここのお店のは毎年限定なのに、スモーカーさんずるい! わたしだって欲しかったのに……!」
ローにはよく分からないが、たしぎはこの時期だけに販売される限定チョコレートを買いそびれたのだ。それが目の前の上司のデスクの上にある。一度諦めたものを目の当たりにすると、なぜか悔しさが倍増するのが人間というものだろう。
「見なきゃ良かったわ!」
「さっきからあったぞ」
「気が付かなきゃ良かったわ!」
「お前の立場でその注意力のなさはどうかと」
言いかけ、だがローは口をつぐんだ。なぜ自分が海兵にアドバイスめいたことをしてやらなければならないかと思ったからだ。ここにいると調子が狂う。
そして、このチョコレートは俺がもらったんだとはとても言えなかった。言ったが最後、(ローから見て)ぎゃあぎゃあと騒ぐのは確定的な未来だ。黙っているにこしたことはない。
「俺の邪魔をするなら出てけ」
「ここ、海軍基地なんですけど」
「白猟屋が追い出さねえんだからお前が文句を言うんじゃねえ」
「いくら彼氏の執務室だからって態度大きすぎますよね」
「か……っ!」
いやそうだけど、そうなんだけど、とローはたちまち心の中で修羅場になる。隠し切れないその様子に満足したたしぎは、ローがここに来ると引っ張り出される小さなテーブルを出し、床の上に座り込んだままのローの横にトレイと共に置いた。
「はい、飢え死にされたらたまりませんから」
「いらねえよ、毒殺されたらたまんねえから」
「食堂の担当が毒を入れてなければその心配はありませんけど、どうかしら」
「途中でお前が入れてねえって保証はどこにある」
トレイの上にあるのはパスタの入ったクリームスープと白いパンだ。2月の夕飯にはちょうどいいメニューだが、ローはそこにあるものがパンというだけで忌々しい。たしぎに夕飯を出されることも忌々しい。スモーカーが帰って来るまで船に戻っていようかとも思ったが、だがそれではクルーたちが「どうしたの、デートじゃなかったの、振られたの」とうるさいだろうし、と悩むことになる。するとたしぎがつっけんどんに言った。
「米粉のパンです。つまりお米です」
「そんなもんがあるのか」
「あります。船には向きませんから、陸にいる時だけですけど」
「ふうん」
「上司の彼氏って好き嫌いが多くって! 毎回大変!」
「飯をたかったことは一度もねえだろうが!」
思わずローは立ち上がり、たしぎと睨み合うことになる。たしぎも負けじと戦場での視線を向ける。
そして数秒後、同時に息を吐き、睨み合いを解除した。
「食べたら食器は置いたままでいいですから」
「ああ」
普段止めてくれるスモーカーがいない以上、どこかで折り合いをつけるしかない。分かっている二人は今日ばかりは妥協した。スモーカーが見れば「いつもそうしてくれねえか」と苦々しく言いそうな光景だった。
たしぎの立場上、いくらスモーカーが恋人を放っておいていいと言っても気になったのだろう。ローはそれを理解し、スモーカーの顔を立てるために──あくまでスモーカーのためだと自分に言い聞かせる──まだ湯気を立てているスープを食べることにした。空腹ではなかったが、空腹になる前に食べてしまった方が効率的と言えば効率的だ。
パスタスープは特筆するほど美味ではなく、さりとて不味いというわけでもなかった。米粉のパンは食感が面白くて気に入った。
手元の本を読み終え、まだ20時にもなっていないことに気付く。スモーカーが戻るまでにまだまだ本を読めそうだ。この執務室の本の種類は思った以上に豊富で、来るたびに何かと新しい本やローが読んだことのない軍事書が増えていた。本棚の前に立ち、気になった本を手にとってはページをめくる。そのたびに葉巻のにおいがして、なるほど、だから俺はこの部屋に一人でいても寂しくないし退屈もしないのだ、と妙に納得した。心の中でなら素直に認められるものだ。
読んだことのない軍事書を一冊手に取り、指定席ではなく、今度はスモーカーの執務用の椅子に座る。さすが中将、こんな片田舎でも随分良い椅子だ。床に座り込むのも好きだが、たまにはこんな椅子で本を読むのもいい。
本を読み出したはずだったが、と自分で自分に呆れる。いつの間にかスモーカーのデスクを観察していた。重要な書類はローが見ない場所にしまい込んでいるのだろう、デスクの上の書類箱に無造作に置かれているのは機密でも何でもない内容のものばかりだ。
いつもひっきりなしに吸っている葉巻もケースに並べられ、すぐに手が届く場所に置かれている。葉巻の並べ方が几帳面で、スモーカーの見た目からは想像できない細やかさを垣間見る。そう、あの男はああ見えて几帳面だ。かといって神経質ではない。大雑把であるべき部分と几帳面であるべき部分を完全に使い分けていた。
書類箱の中を見ても分かる。無造作とはいえ、実は日付ごとにしっかり並べられている。たしぎがそうしているのかもしれないが、ローは何となく、これはスモーカー自身が並べたものだと感じた。ペンの置き方、便箋の位置、ペーパーウエイトまでの距離──俺は馬鹿か、と溜息をつく。自嘲に近かった。こんなことでスモーカーを思い出す。思い出すと言うよりは、懸命に考えているようでもある。ついさっきまで会っていたしキスもした、日付が変わる前にはまたキスくらいはするだろう。それなのに、少し離れている間なのに、それでもまだスモーカーのことを考えてしまう。
船にいる時は流石にそこまでではない。船長としてするべきことはしているつもりだし、クルーが信頼してくれているのもよく分かる。それなのに、この基地にくるといつもこうだ。スモーカーのことばかりを考えるし、スモーカーといつも一緒にいる。何の疑問もなければ責任もない。だから俺はここであいつに会いたいんだ、とローは分かっていた。スモーカーのテリトリーで、何の責任もなく、ただスモーカーのことだけを考えていればいい場所で、他ならぬスモーカーに会いたい。
息を吐き、うう、と呻いてデスクに突っ伏した。自分の思考回路があまりにも──あまりにも女々しい、と思ってしまった。何て恋をしてしまったんだろう。何て恋をしているんだろう。
顔を上げた時、ふと書類箱の中のそれに気づいた。書類の横から小さなメモ用紙のようなものがはみ出している。几帳面なスモーカーにしては珍しいなと思い、見ていても気になったので、手をのばしてそれを手に取る。綺麗とは言えないスモーカーの文字で、いくつかの単語が書きつけてあった。
「……Alton、Party、Counter-Terrorism、Toroa、Butler」
暫しその文字列を見詰めていたが、やがて何も言わず、そっと元の場所に戻した。何も見なかったことにした。何も分からないことは考えないようにする。それがこの基地で、この部屋で、自分にとって正しいことだと思っていた。
デスクの隅に置いたままのチョコレートが入ったショップバッグを眺める。数秒じっと見つめ、誰もいないのに唇を尖らせて自分の感情を誤魔化し、息を吐いてから読書に戻った。


バンドの生演奏に立食形式、最初こそ気取った雰囲気を出そうとしていたパーティだったが、そのうちに田舎ならではのアットホームな、悪く言えばしまりのない空気に変わっていく。海軍本部で行われる会であれば主催者として有り得ない失態に繋がるが、貧しい田舎の集まりと思えば問題ないものだった。
「お飲み物を」
グラスが空いたヒナを目ざとく見つけた執事のアーリーが声をかけてくる。ヒナはにこりと笑った。酒を勧めてくれる男は彼女にとっていい男だ。
「そうね、さっき飲んだカクテルが──」
「レディに冷たい紅茶を」
「かしこまりました」
間髪入れずに口を出したスモーカーにそつなく応じ、アーリーはすっといなくなる。ヒナはスモーカーをじろりと睨み、スモーカーは知らぬ振りをした。
「ちょっとくらいいいじゃない。ヒナ不満」
「自分の酒癖が分かってねえ女は嫁き遅れるって、お前がいい見本だよ」
途端に踏まれかけた足を周囲に気付かれない程度の動きでかわし、スモーカーは涼しい顔のまま自分のグラスを傾け、ヒナは通りかかって二人に視線を寄越した夫婦と笑顔を交わす。
「いつもの十分の一も飲んでないわ」
「たまには紅茶を味わっておけよ。それなりにいい紅茶だろ、多分」
「葉巻を吸いっぱなしの馬鹿舌に言われるなんて」
「お待たせ致しました」
アーリーがヒナにアイスティを持ってくるのと、場内の照明が落ちるのは同時だった。一瞬ざわめきかけた人々は、蝋燭が立てられた大きなバースデーケーキがホールに入って来る光景にわっと好意的な声を上げる。バンドがバースデーソングの演奏を始め、少年少女たちの間で少しばかり地位が向上した今日の主役がケーキの前に押し出された。ダドリーの肩を抱くようにして親し気に押し出したのは、先ほどスモーカーに話しかけて来たリーダー格の少年だった。要領がいい、とスモーカーとヒナは同時に思う。
「自分の目的のために動けるのはいいことだ」
「あれなら大尉くらいはいけるかも」
「一年目で根を上げなきゃそうだろうな」
「そうね」
海軍の一年目のしごきを思い出し、ヒナは苦笑半分で言った。
バンドの演奏に合わせて歌を歌う人々の中、ヒナはふとスモーカーの横顔を見上げる。歌っているわけでもなければダドリーにそれほどの注意を向けているわけでもない顔だ。それよりも別の方向を──明らかに、ホールの外、つまり背後を密かに気にしている。ヒナは息を吐き、きゅっとアイスティを半分ほど一気に飲んだ。
「スモーカーくん」
歌の邪魔にならないよう、小声で呼ぶ。スモーカーは返事をしなかったが、ちらりと視線を寄越すことで聞こえているという意思を示した。
「バッグと靴、それからコートも。荷物持ちもよ」
「そこまでか?」
「クザンがいたら『そんなんじゃ足りないでしょ!』って怒るでしょうね」
「あの人は女に甘すぎたんだ。だから調子に乗ったお前は嫁き遅れた」
「自分だってクザンに甘えてたから出世が遅れたくせに」
「なるほど、一番の悪人はクザンだな」
「スモーカーくんのそれは責任転嫁って言うのよ」
バースデーソングが終わり、ダドリーが照れながら息を吸い込む。人々は蝋燭が吹き消される瞬間を期待しながら拍手の準備をした。
ダドリーが一気に蝋燭を吹き消す。同時に拍手と歓声が上がり、ホールは賑やかな暗闇に包まれた。
その暗闇を蹂躙するかのように荒々しい何人もの足音が雪崩れ込む。
「休暇を潰してまで来てあげたのに、しかもバレンタインなのに」
ヒナの呟く声は極限まで苦々しい。
「絶対に許さないわ。ヒナ激怒」
「そこまでか」
「そこまでよ」
「──全員動くな、サプライズじゃねえぞ!」
暗闇の中の絶叫と何かを破壊する音、異変を察知した人々の悲鳴がホールに響き渡る。
混乱の熱気と暴力めいた空気の予感の中、スモーカーは小さく呟いた。
「お前はすぐ怒るからいつまでも独り身なんだよ」
今度こそ避けそこない、思いきり足を踏まれ、激痛に精一杯声を抑えた。
誰が点けたのか、ホールの明かりが再び全て灯る。
顔を目抜きの覆面で隠し、海賊でもそこまで完璧にしないというほどに完璧な武装をした10数人もの男たちが──中には女もいるのかもしれない──ホールの出入り口を塞ぎ、人々を囲んでいた。


「いくら何でもその態度は許せない」
たしぎが食器を取りに来たのは21時過ぎだった。まだいたのか、とローは本から意識を少し逸らす。時間に気付き、夢中になって読んでいたことに驚く。
「スモーカーさんのデスクで本を読むなんて、さすがに図々しいにも程があります」
「禁止されてねえよ」
「あーあ、スモーカーさんはほんっと恋人に甘いから!」
「見て来たようなことを言うんじゃねえよ」
「見て来たから言ってるだけですよ。スモーカーさん、昔からほんっとに恋人には甘くて。あんな見た目なのに」
ローはついたしぎを見る。たしぎもローを見る。そしてたしぎは、あ、これ、もしかしてわたし、失言しちゃったかも──そんな感情を隠すことができず、思い切り顔に出してしまった。そしてその顔を見たローは、あ、これ、もしかして俺、落ち込む前兆かも──そんな感情を何とか隠し、それなりに冷静な顔を保つことができた。
「見た目は関係ねえだろう」
ようやくそんなことを言う。それでもたしぎは安心し、肩を竦めた。
「わたし、もう帰りますから。悪いことしないで下さいね」
「お前、うるせえよ」
さっさと帰れ、と心の中で呟いた。悪気のない失言で色々と考えて込んでしまう自分が目に見えている。悪い癖だと思っても、スモーカーに関してだけはどうしてもやめられなかった。昔から恋人には甘くて──昔から──俺以外の──
ガキでもあるまいし。分かっている。ガキでもあるまいし、何だって俺はこんなこと。過去の誰かが気になるなんて。
「あら」
食器を手に取ろうとしたたしぎのポケットの中から、電伝虫の声が聞こえた。ポケットから引っ張り出された電伝虫はヒナの顔をしている。ムカつく顔だ、と横目で見たローは思った。半ば八つ当たりの感情であることは自覚していた。
「ヒナさん、まだパーティじゃ──え? あの、はい? す、すみません、もう一度お願いします」
突然裏返った声に、ローは首を傾げる。ヒナもたしぎもいけすかない女だが、無能でないことは知っている。それなのにたしぎがこんな声を出すとは。
疑問に思うローを後目に、たしぎはほぼ唖然とした声で呟いていた。
「パーティ会場に反政府組織が乗り込んで来て、スモーカーさんと数人を人質にしている? って? あの? どういうことですか?」
「そういうことなんだろ」
全部お前が自分で説明してるじゃねえか、と呆れつつ、かと言って、どういうことですかと言いたくなるたしぎの気持ちも分かるとローは思った。