寒くはないのかね、と、久秀は吉の背後から声をかけた。
この城に来た時のいつもと変わらず、吉は返事もせず、廊下の灯り採りの窓から白い世界をじっと見ている。
侍女が久秀に目礼し、吉に暖かい打掛を重ねた。
「姫」
分からない女だ。そしてこんな時の彼女はとても醜い。この醜さがたまらなく愛おしい、と久秀はいつも思う。
「風邪をひいてしまうよ。暖かい部屋に入ってはどうかね」
それでも吉は動かない。
やれやれ、と久秀は僅かに笑った。
「寒いのは嫌いではなかったのかね」
「寒い」
初めて吉が口を開いた。
「寒いのは、いや」
「では、雪が好きなのかね」
「雪」
「うむ」
吉は黙る。長い沈黙だった。
久秀が何かを言おうとした時、ようやく小さな声が漏れ出でる。
「雪は、いや」
「そうかね。嫌なのに見ているとは、きみも物好きだね」
「雪なんて」
見ていない。吉は呟いた。
どういうことかね、と久秀は問うたが、それきり吉は答えることはなかった。
醜い女だ。久秀は思う。
「小十郎様、騎馬隊、揃いましたッ! いつでも訓練開始できます!」
意識することも億劫なほど降りしきる雪の中、騎馬隊の青年が絶叫する。
小十郎は振り返ることもなく、ああ、と答えた。
呼ばれたというのに動くこともなく、空から降りしきる雪を全身に浴びながら、遥か向こうの山を見ていた。
正確には、山を覆い尽くす雪を。
「こじゅ──」
「あー、待て待て。wait」
「筆頭」
いつの間にか来ていた政宗が、再び小十郎を呼ぼうとした青年の肩を叩く。
「雪の日に小十郎がああなったら、好きにさせとけ」
「でも」
「ああなるのは滅多にねえんだ。邪魔すんな」
政宗にそう言われては、青年も引き下がるしかない。
何よりも、敬愛する筆頭が僅かに哀しそうな目をしたことが気になり、言葉を続けることができなかった。
小十郎は微動だにせず、山の雪化粧を見続ける。
声が聞こえるような気がする。錯覚だと分かっていても、声が聞こえるような──聞こえるのだと思いたい自分に気づき、自嘲した。
次は。また会える日は。
分からない。
分かるものか。
──おまえさま。
妻が自分を呼ぶ声を聞きたいのだと思う自分を、
妻の名を呼びたいのだと思う自分を、
自嘲するしかなかった。
雪は降り続ける。
男の自嘲と女の慕情を、幾重にも幾重にも深く、他の誰からも隠すように。
沫雪は 千重に降りしけ 恋ひしくの
日長き我れは 見つつ偲はむ
沫雪よ、幾重にも降り積もれ
幾日も幾日も恋うる私は、雪を見る度にかの人を想うのだ