破廉恥遊戯



背徳感が半端じゃねえ──元親は偽りの背徳感を楽しんでいることを示すため、にやりと笑う。肉食獣めいた男の笑いに、組み敷かれた巫女は鼻で笑い返した。それでも声は出さない。脱ぐまで喋るな、と元親が先に言っていたからだ。巫女もその方が面白いと乗った上で無言を貫いていた。
「巫女さんを押し倒すってのは」
囁きながら、元親は巫女の胸の合わせにするりとてのひらを忍び込ませる。海風の中に生きる男の手とは思えないほど滑らかな感触に、巫女は僅かに息を吐いた。
「バチが当たりそうだな。なあ、当たると思うか?」
問われても声を出さぬという約束だ。薄く化粧をした巫女は薄く微笑み、さあ、と言いたげに首を傾げた。
「いいねえ」
その仕草に元親の機嫌が良くなる。戯れで始めた遊びだが、今夜は大分楽しめそうだ。
忍び込ませたてのひらで胸を撫で回す。巫女はくすぐったそうに身を捩り、声を堪えて笑っている。
「笑うとこじゃねえだろ?」
言いつつ、元親も僅かに笑う。笑いながらも手は熱心に肌を探った。
やがて巫女の吐息が熱くなり始める。薄い紅を塗った唇を噛み、声を堪えている姿が元親を刺激した。巫女の胸の合わせに入れた手を滑らせ、小袖を肩から引き摺り下ろす。白い肌と色づいた乳首が露になり、いいねえ、と元親はまた笑った。
「まだだ」
口を開きかけた巫女に、元親はぴしゃりと言った。巫女の唇に人差し指と中指を当て、喋るな、と示す。
「全部脱いだら、喋っていいぜ。声も出すなよ? いいな?」
巫女は快楽の呼び水に上気し始めた目で元親を睨み、意趣返しのように唇に当てられた指に歯を立てた。元親が反応する前にその二本の指を咥えこむ。
「おい、噛むなよ」
巫女は元親の声に応じず、唇の紅がついた先をまず舐め上げ、その紅よりも尚紅く、濡れた舌を見せつけるように唇を開き、元親の指に自分の手を添えて舌を這わせ始める。指先に軽く歯を立て、唇の中に迎え入れては強く吸い上げ、舌を絡めてはたっぷりと唾液を塗り付ける。神職の姿からはとても考えられぬ舌技と、男への奉仕を連想させる感触、そして唇の端から飲み込み切れない唾液を零しながらゆっくりと見上げて来たその目に、元親は思わず息を呑んだ。
「……すげえな。指じゃもったいねえよ」
戯れに巫女の舌に弄ばれている指を、その口腔で蠢かせる。熱を持った粘膜を撫で、指を絡め取ろうとする舌に曲げた関節を当てて擦り、二本の指をばらばらに、不規則に動かした。
「ん、ん」
粘膜への直接的な刺激に性感が高まったのか、それとも元親の指が苦しかったのか、巫女の息に僅かに声が混ざった。確かにこれは苦しいだろう、と元親は思い、聞かなかった振りをしてやる。まだ、この遊びを楽しみたかった。
「今のはナシにしてやるよ」
言うなり指を引き抜き、巫女が息をつく暇も与えずに逞しい腕で抱き寄せ、深く唇を合わせる。突然の無体に巫女は身を離そうと強く身を捩ったが、元親に比べればずっと細身のその腕力では逃れることができなかった。
元親は敢えて唇に丁寧な愛撫はしなかった。片手でしっかりと腰を抱き、片手で顎を押さえ、苦しがった巫女が逃げようとしても許さない。先の指の代わりに自らの舌で、気ままに口腔を蹂躙する。
息継ぎの度に溢れる唾液が二人の唇の端を伝い、元親と巫女の胸を濡らしていった。気付いた元親は唇を合わせたまま、顎を押さえる手を外し、零れた唾液を指で掬って巫女の乳首に塗り付ける。途端に、はぁ、と巫女は今までよりも熱い息を漏らした。気付いた元親は重点的にそれを繰り返す。やがて巫女は大きく身を捩り、舌を震わせ、せわしない呼吸で肩を揺らせる。強い快楽を得ている証拠だ。
「──って!」
舌に強い痛みを感じた元親は慌てて唇を離す。
「何すんだ、痛ぇだろうが!」
「──てめえ、飛ばしすぎなんだよ! がっつきやがって!」
声を出さない約束は破棄された。破棄されるにしても余りに酷い言葉だ。
それもそのはず、巫女は──
「尼子の兄ちゃんだって結構なもんじゃねえか、そのまま流されろよ! 気持ちよくしてやってんのに!」
巫女は晴久だった。
何がどうなってのことかは元親も晴久も既に細部を忘れているのだが、酒を飲んでいて話し込み、男同士のあけすけのない性の話の延長でこうなったのだ。晴久が以前巫女の姿に扮して元親をからかった話をして笑いあったことがきっかけだったかもしれない。
「ったく、これだから野蛮人は。文句あるならやめるぞ」
気分を害したように僅かに首を振ると、後頭部でひとつに纏められたように見える付け毛がさらりという音を立てて揺れた。解ければ最高なんだがなあ、と元親はどうしようもないことを思う。
「今更勝手なこと言ってんじゃねえ。感じてたくせに」
「お前なあ」
「ほら」
「……っ」
紅い袴の上から、本来巫女にはないものをぐっと掴まれる。無遠慮のようでいて、実際は痛みのないように触れられたそこは既に僅かに大きさを増し、熱を帯び始めていた。
「俺の口付けも悪くなかったろ?」
「ふん」
「っと」
意趣返しとばかりに、上半身を起こしたままの晴久の膝頭が軽く元親の股間をなぞった。負けずに熱を帯び始めていたそこの反応に、晴久は鼻で笑う。薄化粧をし、高慢に笑う顔は、無意識であっても元親に艶を見せ付けた。
「お前こそ何なんだ」
「そりゃあ、あんな舌使いをされちゃこうなっちまうのは当たり前だ」
親指で晴久の唇を撫でる。形のいいそれは口付けの余韻で濡れ光り、そして不意に紅い舌がぺろりと元親の親指を舐めた。元親は背筋にぞくりとした快感を覚え、その震えは今しがた指摘された股間への刺激に成り代わる。
「ああ、これだ。──いいねえ」
そう言った自分の声が我ながら熱い。男の欲情した姿に満足したのか、晴久は口元を笑いの形に歪めてみせた。
「女装した男に指を舐められたくらいででかくしやがって、みっともねえ」
「雅な出雲守護代様が無粋をおっしゃるもんだ」
元親は気分を害しもせずに笑った。晴久の高慢な態度が昔から気に入っている。こんな時では刺激にしかならなかった。
「目の前に美味そうな獲物がいりゃあ、興奮するだろ。それが男でも女でも。──ぐだぐだ言うな、やらせろよ」
直截的すぎる物言いに、晴久も笑った。
「やり直すか」
「さすが、話が分かる」
「声はどうする」
「耐えてるのも悪くなかったが──好きにしろ。楽しけりゃいい」
言うなり、唇を再び塞いだ。今度は先よりも丁寧に唇を合わせる。晴久も意図を悟り、元親の首に両腕を回し、愛撫と呼ぶに相応しい濃厚な口付けに応じた。
「……ん」
打って変わった丁寧で優しい触れ方に、晴久は素直に熱を感じる。熱を受け入れ、同じように元親に熱を与えようと自分も舌を使った。やがて元親の舌と唇の動きに一層の熱心さが生まれ、晴久もそれに応じ、濡れた水音が閨に響くほど夢中で口付けを繰り返した。
元親の手が明らかな熱を持って動き始める。大きなてのひらで晴久の首を撫で、そこから鎖骨へ、胸へ、腹へ、背中へとゆっくりと這わせて行った。合わせた唇の奥で晴久が熱い息を吐く。特に背中が弱いのか、撫でている間、何度も唇の奥から喘ぎにも似た小さな声が漏れた。
不意に元親は晴久の香の香りに気付き、苦笑いを漏らしたくなった。雅な兄さんだ、と思ったのだ。普段衣服に焚き染めた香が、髪や身体の隅々にまで染み込み、熱くなった身体から香り始めているのだろう。そう思うと更に元親の身体が熱くなった。神聖な巫女服を遊びのために調達できてしまう権力、自分にはない香の習慣、抱かれる立場でもそれを堂々と楽しむ感性──晴久の何もかもが自分の日常にはないものだと気付き、その男と身体を繋ぐことへの期待が高まる。
糸を引くほどの深い口付けの後、晴久が何事かを言う前に首筋に唇を押し当てる。強く吸うと痛みを覚えたのか、晴久が喘ぎと呻きの狭間の声を漏らした。気にせずに肩へ、鎖骨へ同じことを繰り返し、やがて男に主導権を渡す様子を見せた晴久の身体を完全に抱きすくめた。薄化粧の下、熱で紅く潤ませた目でにやりと笑われた瞬間、元親の中の雄がいとも簡単に理性を吹き飛ばす。
鎖骨に歯を立てると晴久が身を捩った。痛かったのだろう。だが元親は止める気にならなかった。はだけられた胸に唇を寄せ、時に歯を立てる。立ち上がった乳首に同じことをすると流石に悲鳴が上がり、ぐい、と髪を引っ張られた。
「痛ぇな、引っ張るなよ」
「こっちの台詞だ、噛むな」
「ああ、ここ」
指の腹で円を描くように、紅く色づいた突起を撫でる。途端に晴久が息を詰めた。
「弱いんだ?」
「うる、せえ。見りゃ分かるだろ」
「弱いってことは気持ちいいってことだ。ああ、分かった、痛くしねえよ」
「お前──……っ」
減らず口を叩こうとした晴久を許さず、元親は再び胸に唇を寄せる。指の腹で撫でていたそれを含み、吸い、舌先で転がすと、遂に耐えかねたのか、晴久が明らかに色めいた声を漏らし始めた。
「……ふ……、あ……っ」
元親は驚いた。晴久の反応ではなく、その声で強さを増した自分のものに驚いたのだ。
これはすげえ──薄々分かってはいたが、今度こそ確信した。これは上玉と言うべきだ。
含んだ方を唇と舌で嬲り続けながら、指でもう片方を撫でる。晴久がびくりと身体を跳ねさせ、抵抗なのか、それとも縋るつもりなのか、男の肩を掴んだ。それも元親にとっては心地良い反応だ。じゅるり、とはしたない音がするほどに胸を吸い、軽く爪を立てて刺激し続ける。そのたびに晴久は身を捩り、たまらないと言うように腰を揺らめかせる。巫女袴の下から元親に当たるそこははっきりと頭を擡げ、熱を男に教え続けていた。
「あ、──う、ん……っ」
女のような嬌声ではない。だが確かにそれは元親の聴覚から本能を直接的に煽ってやまない。我を忘れそうだ──元親は熱くなりすぎている自分に気付き、何とか自制を試みる。それでも手も唇も止められなかった。
「長、曾我部」
熱い息を吐きながら晴久が呼ぶ。
「ん」
「そこ、もう、やめろ。やばい」
「ん?」
「っ!」
戯れに強く、がり、と噛んだ途端、晴久は息を詰めた。同時に元親の髪を思い切り引っ張る。悪かった悪かった、と笑い、元親は詫び代わりにぺろりと噛んだ場所を舐めた。ふ、と息を吐いた晴久は身を震わせる。本当にここが弱いと知った元親はそれなりに満足だった。いつも取り澄ました顔をしている晴久が快楽に身を任せる姿は悪くない。
「やばいって、これか。──ああ、いいな、濡れてる」
「……っ」
巫女袴の上から抑えられ、晴久はまた息を詰めた。与えられた刺激ですっかり立ち上がったそこは、先から雫を滲ませ、袴に僅かな染みを浮かばせている。
「厭らしいなあ、巫女さん?」
「うる、せ。お前こそ」
「うおっ」
晴久は今度こそ腹を立てたのか、容赦のない力で衣服の上から元親の雄を掴んだ。しっかり熱を孕み、剛直と化しているそれの感触にふんといつものように鼻で笑う。
「男の胸吸って勃たせてるなんざ、ヤロウドモが知ったら笑うんじゃねえか?」
「いいや、尼子の兄ちゃんが相手だってんなら──しかもこんな巫女姿だろ。笑うどころか前屈みになるさ、あいつら」
「お前んとこは変態ばっかりだな」
「その変態に付き合ってんのは誰だ」
減らず口の応酬をしながらも、元親はまた息が熱くなっていくことを自覚する。話しながらも晴久の手が止まらなかったからだ。衣服の上から雄を掴んだ手はいつの間にかゆるやかな愛撫になり、男だからこそ分かる微妙な部分をいやにねっとりとした動きで刺激する。
「手練の女、みてえな手付き、だな」
自分でも舌打ちしたくなるほど息が上がり、言葉が切れ切れになったことが悔しい。晴久がまた鼻で笑うかと思ったが、今回はそうではなく、そうか、と言って空いている手で少し元親を押し返した。
「何だよ」
「やられっぱなしじゃつまらねえ。見せろよ」
「……巫女さんにモノを見せろって言われるのは背徳感を通り越して情けねえな」
晴久は笑い、元親の衣服に手をかける。自分で脱ごうと思ったが、巫女姿の晴久に脱がされることは中々に面白く、元親は逆らわず、目で楽しむことにした。ついでとばかりに引き摺り下ろした晴久の小袖を引き上げ、胸元と肩を隠す。意図に気付いた晴久が声を上げてまた笑った。
「お前、よっぽどだな」
「そうか? 巫女さんに脱がされるって設定なら、完全な格好の巫女さんに脱がされてえのが男ってもんだ。あんただってそうじゃねえの?」
「俺は深窓の姫さんの方が好きだね」
二人してくすくすと笑いながら、濃密な快楽を再び呼び起こそうとする。晴久は元親に身体を寄せ、耳朶を甘く噛む。くすぐったさよりも快感が走り、元親は息を吐いた。晴久の手は止まらない。耳朶から首筋をあの紅い舌で何度も舐めながら、元親の衣服をくつろげて行く。元親の視界には晴久の顔は見えなかったが、白い小袖と紅い袴を見て、何とも倒錯した気分にならざるを得ない。首筋を這い回り、胸元をなぞり、腹に滑り落ちて行く舌は、この袴よりも紅いのだろうと思うと、例えようもない快感に目が眩みそうになる。
元親の前をくつろげ、晴久は「うわ」と声を上げた。
「でかいな」
「そうかい?」
「えげつねえ色」
「あんたも言うねえ。大体──……っ」
元親は思わず息を止めた。晴久が何のためらいもなく、それを口に含んでいた。これは予想外だった。いくら女役に抵抗がないとはいえ、晴久のように自尊心の高い者がそこまでやるとは思ってもみなかった。
だが、やめろと言うほど無粋ではないし、快楽を無視できるわけでもなかった。晴久の口の中は今まで寝たどんな女よりも、男よりも「いい」としか言えない。大きすぎるからなのか、それともわざとなのか、吸い上げるたびにじゅるじゅると啜る音がする。滲んでいる先走りをてらいなく飲み込んでいるのだと思うと、元親のそれは更に膨れ上がった。
「……お綺麗なツラで、すげえな」
「ん……」
「……っ!」
黙ってろ、とでも言いたいように晴久は思い切り吸い上げ、元親は歯を食い縛る。痛いのではない。快楽が強すぎる。絶妙な場所を舌でねぶり、甘く歯を立て、唇で扱いては指でくすぐる。卑猥な水音を立てて吸い上げ、元親はいつの間にか荒い息を吐き、されるがままになっていた。晴久が嫌がるかもしれないと思ったが、つい、股間に埋められた髪を撫でる。特に抵抗がなかったのでそのまま撫で続けた。海風に晒された自分や近くの女たちとは違い、さらりとした髪が指の間から零れて行く。
「──おい、尼子の兄ちゃん、ちょっと止めろ」
切羽詰った声が自分でも情けない。だが、今は取り繕う余裕もなかった。
「やべえ、出そうだ。一回止めてくれ」
「ん」
ちゅ、とわざとらしい音を立てて晴久が唇からそれを解放する。いかにも逞しい男が持つそれは濡れそぼっていたが、晴久の唾液なのか、元親の先走りなのかはもう分からなかった。
「出そう?」
「情けねえ話だがな」
「ああ、そう。出せば?」
「え、って、──おい……!」
再び息を詰める羽目になる。晴久がぱくりと咥え直し、頭を上下させ、唇で搾り取るような動作を始めたからだ。
「やばいって、もう──知らねえぞ……!」
声に応じたかのように晴久が強く吸い上げる。瞬時、元親の身体がびくりと痙攣し、剛直が熱を放った。
ふ、と鼻から息を吐き、晴久は放たれた白濁を口の中から漏らさぬように動きを止める。口の中の剛直が数度ひくつき、そのたびに吐き出される熱を全て受け止めてから、器用に舌先で先を拭う。その感触に元親はまた身体を震わせた。
ようやく唇を離し、眉を顰めて懐紙を探そうとする──吐き出そうとしたのだ──晴久の顎をぐいと掴み、目を合わせ、元親は言った。
「出すな。飲めよ」
晴久はじっと目を合わせたまま、顔色ひとつ変えず、ごくりと喉を鳴らし、白濁を嚥下した。一度では飲み込みきれなかったのか、二度、三度と喉が動く。そのたびに、ん、と小さな声が漏れ、それがまた元親を煽った。白い小袖と紅袴が酷い背徳感を呼び起こし、しかし快楽を充足させていく。
「ほんっと、たまんねえな、巫女さんって」
「馬鹿か」
晴久が本気で呆れたが、唇の端に白濁の残滓があっては説得力がない。またあの紅い舌でそれをぺろりと舐めた姿に、元親は嘆息を吐いて手を伸ばさざるを得なかった。
「何だよ」
「いいから、続き。しようぜ」
「その前に、もう脱ぐぞ。動きにくくて──っと!」
最後まで言うことができず、晴久はぐいと引き寄せられ、胡坐をかいた元親の膝の間に横抱きに座る羽目になった。これはすぐに元親の意図が分かる。そして呆れ半分、笑い半分で、早速口付けてきた男に応じながら、上半身を捻って首に腕を回し、再び深い口付けを繰り返す。
晴久には分かった。元親は「よく見えるように」この態勢にしたのだ。巫女姿が相当に気に入ったらしい。そこまで気に入っている以上、手抜きはしないだろう。それならば付き合ってやる、と思った。
元親の指先はその見た目からは想像もできないほどに繊細で、晴久が思っていた以上に性感を煽る。思い出したように深い口付けを繰り返し、はしたない音を立てて粘膜を擦り合わせては舌を吸い、指は肌の上を自由に這い回り続ける。煽られ続ける晴久は目を開けているのも困難だが、稀に唇を離した時、強い視線を感じた。視線を感じた部分に不思議にも熱が新たに生まれ、熱い息が静まる暇もなかった。段々と熱を帯びる晴久の息に元親も満足し、同時にまた新たな熱に煽られて行く。
袴の裾を捲る時にも着乱れ過ぎないように細心の注意を払う。元親に身を預けていた晴久が気付いて笑ったが、今日はとことんだ、という元親の言葉に楽しそうに熱い息を吐いた。
「お、いいねえ」
裾から手を潜り込ませた元親は口笛を吹きたい気分になった。よくある、脚部分が二双に分かれた袴ではなく、分かれていない一枚布の行灯袴と呼ばれる形だったのだ。
「俺としたことが、美味しい袴ってことに今まで気が付かなかったとはな」
「うちの方じゃ女はみんなこれだ。分かれてるのは男袴だよ」
「へえ。──俺が歓迎する文化だな」
裾から潜り込んだ手が撫でる太腿はやはり女の感触ではない。今は雅であっても、砂地を駆け回って育った晴久の脚は引締まっている。だが手触りが良く、上等の漆器のように元親のてのひらを吸いつける質感は見事なものだった。
太腿の内側へ手を回すと、晴久は心得たように脚を僅かに開き、腰をずらして元親の手の侵入を容易にした。本当の巫女ならば決してやらない仕草だが、今の元親には歓迎だ。楽しい遊びに没頭するには遊びを心得た相手がいい。本物を求めるのならば遊んでなどいられないのだから。
片手で晴久の背を抱いている為、空いている手でしか愛撫を与えられない。それを補うように何度も深い口付けを繰り返し、晴久もまた、元親の身体をいやらしい手付きで撫で回しては、視覚と共に元親の雄を刺激し続けた。
「……っ」
袴の下でとうに濡れそぼっていた中心を握り込まれ、晴久は息を詰める。先走りを塗り広げるようにゆるりゆるりと扱かれ、長く続いた愛撫のせいで高まっていた熱が今にも弾けそうだ。唇をぎゅっと噛んで声を堪える。それを見た元親が耳元に唇を寄せ、囁いた。
「声、出してくれよ」
「……馬鹿、か……っ」
「聞かせろって」
「女じゃ、ねえ……」
「分かってるよ」
「あ!」
手の中にあったものを不意打ちでぎゅうと握られ、晴久は今までにない高い声を上げた。元親が満足そうな笑い混じりの吐息と共に耳朶に齧り付き、手の動きを速める。一度そんな声が漏れれば止められない。晴久は喘いだ。誰かに聞かれれば屈辱で死んでしまいそうな声だ。だが自らの声すらも自分をまた煽る。自分の快楽で歪んだ顔を男が熱い目で見ていることを感じ、熱でどうにかなってしまうのではないかと思うほどに身体が熱くなる。
「あ、もう……い、く……」
「声、止めるな。いく時も啼けよ」
「馬鹿、やろ……っ、あ、──ぁ……っ!」
一際高く引きつった声を挙げ、晴久は果てた。常の閨にはない、散々煽られた後の熱の吐き出しに疲れ果て、ぐったりと元親の胸にもたれ掛かってしまう。
「やっぱあんた、すげえな。興奮する」
熱い声で囁き、元親は髪に、目元に、まるで女にするように唇を落としながら、手の動きを止めようとしなかった。晴久の白濁で濡れた指をそのまま奥へと滑らせて行く。
「ちょっと……待て。休ませろよ……」
濡れた指に奥を突付かれ、流石に晴久は抗議を口にする。
「こういうのは勢いが大事だろ。勝手にやるから休んでていいぜ」
「馬鹿か」
「尼子の兄ちゃん、今日、何回俺に馬鹿って言ってんだよ?」
「馬鹿は馬鹿──……ん……!」
指が周辺を丹念に解そうと丁寧に動き回る。達したばかりの身体には辛いほどに緩やかな刺激だった。身を捩り、つい喘ぐ。一度喘ぎ始めてから声が堪えられなくなっていた。いいねえ、と元親の囁く声が熱い。晴久の太腿に当たる熱が酷く堅くなっていた。この男も本気で興奮しているのだと思うと、晴久は元親にしがみ付き、無意識に声をまた出してしまう。こうすれば元親がもっと興奮するのだと、本能で察していた。
「ん、ぁ……っ」
解れ始めた奥に、濡れた指がゆっくりと入り込んだ。晴久の唇からおよそ男が好みそうな声が漏れる。その途端、ああ、いいねえ、と何度聞いたか分からない言葉をまた聞いた。
「痛くねえか?」
「平気、だ」
「増やしてみるか」
「──く……っ」
差し込まれる指が二本になる。快感よりも圧迫感が増し、晴久は息を詰めたが、ゆっくりとした抜き差しが繰り返されるうちにまた息を吐き、腹の奥底から沸きあがる快楽に身を任せ、声を上げては腰を揺らめかせるようになる。元親の膝に横座りになっている態勢では充分に動けなかったが、その不自由さに悶える姿がまた男をそそるとは考えつかなかった。
晴久の奥を丹念に解し、男なら誰でも持つ深い快感の場所を探り当てる。
「──ひぅっ!」
途端に身体を跳ねさせた晴久の声にこれ以上ないほどに雄を煽られ、元親はつい指の動きを速めた。動かすほどに晴久は跳ね、喘ぎ、馬鹿やろうと減らず口を叩こうとして失敗してはまた喘ぐ。耐え切れずに頭を何度も横に振ると、あの香りが元親の鼻腔をくすぐり、それはまた刺激にしかならない。
「いい香り、だな……」
「馬鹿やろ……っ、加減し……──ぁ!」
「いく?」
「やめ、苦し……っ」
「ああ、じゃあ、もう一回いっとけよ。中イキ出来そうじゃねえ?」
「やめろって……!」
せわしない息を吐き、元親の指から逃れようと身体を捩るが、背中を抱く腕の力がそれを許さない。入り込んだ指も自らの動きで感じる部分に誘導してしまう結果になり、晴久はただ喘ぐはめになる。元親は笑う。肉食獣の笑みと言うよりは、高慢な男を肉欲で従わせた錯覚に陥っている自分を自覚しての嘲笑に近い。そんな錯覚に陥るほど、晴久の身体は素直に反応している。そして何より、この声が元親にとって何よりも麗しい調べに聴こえた。心から愛しい者の声ではない。互いの間に愛情など存在していないことはよく分かっている。だが確かにこの声は麗しかった。男として征服したと思わせてくれる至高のよがり声だ。
「最高だ。尼子の──あんた最高だよ、……晴久」
初めて名を呼んだ。途端に、色に溺れていた晴久の目に正気が戻る。これはまずいと察し、完全に理性を取り戻す前に唇を塞ぐと、まるで元親の意図を汲んだかのように晴久は激しい口付けを挑んだ。
「ん、む──ふ……っ!」
互いの唾液を啜り、差し入れた指を傍若無人に動かし、動かされる刺激を腹の奥底の熱に変え、二度目の絶頂を与える為、与えられる為にただただ欲を追う。晴久がしがみついて身を捩り続け、元親の衣服は完全に乱れていた。あれほど気をつけた晴久の巫女袴の裾も太腿まで捲れ上がっている。だがもう、今はそれどころではなかった。目の前に迫る絶頂が全てだ。
やがて元親の舌に絡んでいた晴久のそれが痙攣する。喉の奥でくぐもる喘ぎがせわしない。元親が唇を離すと、濡れた舌を出したままの晴久の唇が追いかけようとする。元親は首を横に振り、指の動きは止めないまま、声、とだけ囁いた。晴久は抵抗せず、与えられる刺激に声を出す。濡れ切った声は元親を煽るばかりだ。
「だめ、だ、──も……っ、また、いく……っ──ひ、あぁっ!」
最初の絶頂よりもずっと色めいた、元親が好む声を挙げ、晴久は二度目の絶頂を得た。先よりも疲れたようにぐったりと力を抜き、荒い息を吐いている。それでも腹の奥の熱は燻ったままだ。耐え切れずに猫がむずかるような声で啼き、身を捩じらせれば、元親の男をひたすらに刺激するばかりになった。
余韻に浸らせてやる余裕はもう元親にはなかった。横抱きにしていた身体を寝具の上に押し倒し、力なく縋ろうとする手を払うように上半身を抱き締め、唇を重ね、それからそこかしこに唇を押し当てる。
絶頂の余韻から引き戻される間も与えられなかった晴久は、立て続けに襲い来る快楽の波の前に理性を捨てていた。元親が急いた手付きで袴をたくし上げ、脚を大きく開かせても抵抗せず、それどころか、早く、早くと元親を求めるかのように甘い声を漏らし、男が脱ぎ捨てようとしている衣服を引っ張る。全てを脱ぐ間ももどかしく、元親は衣服を肘に引っ掛けたまま、いきり立っていた剛直を性急に晴久の奥に押し込んだ。
「あ──ぁ、いい……、いい……っ!」
晴久の啼き声は甘い。元親は慣らす気遣いも忘れ、晴久の中を貪る。根元まで押し込み、腰を叩き付けると、晴久は身も世も無いというように喘ぎ、啼いた。腰を動かすたびに紅い袴が元親の視界の隅でゆらりゆらりと揺れる。啼く晴久の唇の合間から見える舌は濡れた紅で、それが元親を求める声を閨の中に撒き散らす。紅い色に頭がおかしくなりそうだ。
「もっと……っ、動け、よ……っ、……あ!」
「ほんっとすげえな、あんた……あんたの中、おかしいんじゃねえか……!」
気を抜けば達してしまいそうな締め付けに元親は呻く。しかもただ締め付けるだけではなかった。過去に経験のない感触だ。
「……どうやってんだよ、これ……!」
「何がだよ……動けよ……」
「すげえんだけど……! あんたの中、入口の辺りすっげえ締めるのに……! 何で奥の方、動いてんだよ……!」
男ならではの締め付けと、まるで女のような動きに翻弄される。
「知るかよ。動けって……!」
「っ、あんた、……くそっ」
意図的に締め付けられ、元親は呻いた。それからはもう、問答は許されない。互いに目の前の快楽を貪ることだけに集中する。
晴久は元親の好みの声で啼き続け、元親は煽られ続け、腰を叩き付けるたびに濡れた音が喘ぎ声と息遣いに混ざり込む。何もかもが熱を高める。
紅い、と元親が熱を孕んだ声で呟く。
熱い、と晴久が熱に浮かされた声で啼く。
やがて晴久の中で何度放ったか、元親の熱で何度絶頂に達したか、互いに数えることもできなくなった。
「ああ」
晴久が最後の快楽を得、過ぎた絶頂の繰り返しに体力がもたず、くたりと弛緩して意識を飛ばした時、元親は荒い息で呟いていた。
「ああ、──紅い、な……」
互いの体液に塗れ、無残な姿になった巫女袴も、散々貪った晴久の唇も。
目に痛いほど、紅い、と思った。




いとしい者同士の閨の会話なぞ成立するはずもない。
意識を取り戻した晴久が一番はじめにしたことは、隣で寝そべったまま悠々と煙管を吸っていた元親に悪態をつくことだった。
「この、下衆な絶倫野郎」
「よく言うよなあ」
寝起きの一言が余りにも酷く、元親は苦笑する。
「俺ので散々喜んだのは誰だよ?」
「あれだけでかけりゃ大抵の奴は喜ぶだろ」
「いや、あんたの具合も相当だったよ」
またやらせろ、と正直に言うと、晴久は呆れた顔で身を起こし、元親から煙管を奪って口に咥えた。
「吸うのか。初耳だ」
「適度に。──くそ、腰が痛ぇ。乱暴に入れやがって」
「……その格好で胡坐かいて吸うの、やめてくれねえ?」
化粧はすっかり落ちたものの、元々が綺麗な顔立ちだ。巫女装束のまま胡坐をかき、煙管の煙をふうっと吐かれる姿は、「遊び」が終わったとはいえ元親にとっては切ない光景だった。
「ってか、長曾我部」
「おう」
「……わざわざ直すほど、これが好きか」
晴久が眠ってから、元親は乱れた巫女服を整えてやったのだ。乱れたままでは寝辛いだろうと思ったからだが、晴久の言う通り、その姿を好むということも否定できない。巫女姿で眠る晴久をしげしげと観察していたこともまた事実だった。
「まあな、好きだぜ? 特にあんた、似合うからな」
「……素直なのはいいことだが、やっぱりお前、変態の親玉に相応しいな」
「あんただって、深窓の姫さんが好きなんだろ。同じじゃねえか」
「いや、俺は絶対お前と違うぞ」
他愛ない減らず口を応酬しながら、煙管の香りに混ざって、またあの香りが漂ったことに気付く。何の香りだ、とは、まだ訊かなかった。
次だ。そう思った。
次に訊けばいい。またこいつと遊ぼう。元親はそう決めた。晴久が否と言わないことも、なぜか分かっている。
「次は姫さんの格好でやろうぜ」
「構わねえが、お前が着るんだからお前が調達しろ」
「……何で鬼が着るんだよ。想像したら我ながら気持ち悪ぃぞ」
「は? 次も俺が女役かよ! 今日みてえな勢いでやられたら腰が壊れる、いい加減にしろ!」
「分かった、次は加減するから! 今日はやりすぎた、悪かった!」
嫌がる晴久を抱き寄せて煙管を奪い、悪かった、と何度も謝る。晴久は面倒そうにあしらっていたが、やがて笑い出した。
「ああ」
元親の腕からするりと抜け出し、寝具に勢いよく横たわる。
「面白かった」
「俺もだ。最高だな、あんた」
「お前はまあまあだった」
「ひっでえなあ。次も頑張っちゃうぜ?」
「それはやめろ、俺が死ぬ」
「ヤリ殺すなんざ、男の名誉じゃねえか!」
二人で笑いながら、とりあえずは朝まで眠ることにする。汚れた巫女服は朝になったら脱げばいい。着替えればいつもの取り澄ました尼子晴久に立ち戻る。元親も着乱れたままの服を着替え、いつもの野郎どもが慕うアニキに戻るだろう。
それまでは閨の中、遊びの余韻に浸って眠ればいい。
灯りを落とし、訪れた闇の中、元親は目を閉じる。
眠りに落ちる寸前、晴久が低く呟いた。
「名前は呼ぶな」
どうしてだ。
そう訊きたかったが、訊くのはやめた。呼んだ時、色に溺れていた晴久が瞬時に理性を取り戻しかけたことを思い出したから。
いつか訊こう。そう思った。
いつか。
「分かったよ」
それでも、次に会った時に訊くことはない。
次に訊くのは楽しい遊びの時間、それは何の香りだ、という他愛もないことだけにしよう。
「お休み、巫女さん」
言った途端に腹に晴久の拳が落ちた。
痛がる振りをして一頻り笑い、元親は睡魔を呼び寄せることにした。
いい香りだ、と思いながら。