拍手ログ 02 花言葉のお題 1



01. 紫陽花

にべもない、とは正にこのこと。
庭の紫陽花が綺麗だな、と珍しく毛利の家を褒めた以外、晴久はろくに口をきかなかった。
政治の話をしても、穏やかに、だが冷静にかわされる。
さりとて子供の頃の話など、さあ、忘れたな、と、あの整った口元を笑いの形に歪めて一方的に打ち切られる。
我としたことが、と元就は自らを苦々しく思う。
──我としたことが、晴久が関わるとどうにも。
「庭の紫陽花を切れ。日輪以外はいらぬ」

紫陽花 (アジサイ):冷淡な美


02. 菫

「おまえさま、ご覧になりたも」
吉が庭で摘んだ菫を手に、縁側の夫のもとへ機嫌よくやって来る。
季節の花が変わるたびにこういった顔を見せる妻を、小十郎はいつも可愛い、いとしいと思う。
だがふと気づく。
「きつ」
「はい」
「お前、少し太ったんじゃねえか」
「おまえさま」
「どうした」
扇子で何かを殴る音が響く、片倉家の平和な昼下がり。

菫 (スミレ):小さな幸せ


03. 竜胆

「この花は嫌いかね」
この城へ一人で来た時、いつも吉は返事をしない。
それでも意思表示はする。
久秀が差し出した竜胆の花を、手に取るのも嫌だと言うように打掛の袖で払った。
「えやみぐさ(疫病草)、という名がお気に召さないのかな」
吉は答えない。久秀は笑う。
「名の割に、私は嫌いではないのだよ。群生しない、ただひとりで咲く花だ」
──まるできみのように、ね。

竜胆 (リンドウ):一人で哀しむあなたを愛する


04. 麝香連理草(じゃこうれんりそう)

騎馬隊の若者たちが喧嘩をしている。
小十郎は見てはいるが、今のところ止める気はないようだ。
俺も止めねえな、と政宗は思う。
昔なら止めていたかもしれない。
自分が少し、小十郎のような冷静な視点を持てるようになったことに気づいた。
──何か嬉しいんだけどな。何て言うんだろうな、こういうの。

麝香連理草(スイートピー):ほのかな喜び


05. 布袋葵

「花を摘んだのか?」
結婚したばかりの夫の問いに、市は僅かに身を竦ませる。
まだ自分に慣れない妻の様子に、長政は溜息を押し殺して辛抱強く話しかける。
「綺麗な花だな」
何の気なく言われた言葉に、市がそっと上目遣いに長政を見た。
綺麗だな、と長政は素直に思った。
市が小さな声で言った。
「ほていあおい、と……言うの、よ」
「そうか」
綺麗だな、と長政が言うと、市がはにかんだように笑った。
だから長政も笑った。
綺麗だな、と思って。

布袋葵 (ホテイアオイ):恋の楽しみ


06. 蒲公英

いくさ場のもののふに別離なし。
行け、織田のもののふよ。
仏を焼きし後、うぬらが罪は余が背負う。
死は別離に非ざり。
なぜなら余もいずれゆく。
別離なし。
また会おうぞ。
いつかの日に。
余のもとへふたたび集え、もののふよ。
いざゆかん、そして紅の風に舞いて死ね。

蒲公英 (タンポポ):別離


07. 鳳仙花

吉が爪を染めている。
花を潰してこんなことをする姿を何度か見ている。
初めて見たのは子供の頃だった。
手伝います、と言って手を出し、結局は上手くできなくて、恐縮する竹千代に、吉は笑ったものだった。
久し振りに見るな、と家康はその手元をじっと見る。
吉はあまり手先が器用ではないのだと、大人になってから分かるようになった。
他には誰もいない。大人になってからは、一人の時だけ爪を染めるのだろうと何となく分かっていた。自分が今、この姿に遭遇したのは本当に偶然だった。
手伝います、と言い掛けた時、吉が家康を見ることもなく言った。
「手が汚れる。触れるでない」
あの頃には言われなかった言葉だった。
何も言えず、家康はその場を後にした。

鳳仙花 (ホウセンカ):私に触れないで


08. 麦藁菊

育てていた花が出荷に耐え得る強さになった、と知らせが来た。
乾かせば遠方にも送れるだろうという報告内容に、晴久は部下の前では珍しく口元を綻ばせる。
「じゃあ、最初の花は──」
「安土、ですよね?」
古い付き合いの家臣に悪戯げに言われ、晴久は苦笑いするしかなかった。
こいつも俺がきつを好きなんだと誤解してるんだろうな、と思いながら。
そうじゃねえ、この花なら、きっと安芸のあいつが好きだろうから──その言葉は飲み込んだ。
真実は他人の前では意味を成さない。晴久はよく知っている。
人は真実と思いたいものを、真実としてしまうだけなのだと。
あの、安芸の日輪の者のように。

麦藁菊 (ムギワラギク):真実


09. 鷺草

流れるような動きに目を奪われる。
空を舞う鳥のようにも見える。
佐助を見ているといつもそう錯覚する。
幸村の視線に気づくと、何見惚れてんの、俺がいい男だからって、と意地の悪い笑みを浮かべる。
そのたびに幸村はなぜか悔しくて、そしてなぜか赤くなる。
そんな幸村を見て佐助はますます笑う。
だがその笑みはいつも、幸村に不安を与えるのだ。
佐助。
──俺のために、無理をするな。
だが、その言葉をどうやって伝えればいいのか、幸村には分からなかった。
分からないまま、今日もまた飲み込んでしまう。

鷺草 (サギソウ):繊細


10. 金瘡小草

夜中にふと目が覚める。大抵焦燥感に襲われてのことだ。
身を起こして隣を見れば、妻が規則正しい寝息を立てている。
だから小十郎は深く溜息をつき、ああ、夢だったのだと安心する。
懐かしむ記憶ではない。
思い出したい記憶でもない。
ましてや夢に見るなどと。
だが、何度見たことだろう。
あの別れの瞬間を。
不安なのは自分だけなのだろうか。いつもそう思う。
だが口にすることなどできない。
自分が不安であってはならない。
自分が不安を見せてはならない。
誰がこの女を、ただの、この女を守るのか。
吉に触れたかった。だが起こせば自分の様子に気づき、話をしようと言い出すだろう。
思い出させたくなかった。
そのまま朝まで眠らなかった。
ひとり、あの瞬間の記憶と戦いながら、闇の中で夜明けを待った。
こんな夜を、あとどれほど経験するのだろう。

金瘡小草 (キランソウ):追憶の日々