世界は対峙する



──まあ挨拶くらいは。頭下げとかなきゃいけねえ時もあるし。
そんなことを考えつつ、顔に「不本意」と大書きした元親は廊下を歩く。一足ごとにぎしぎしと、妙に小うるさい音が響いた。侵入者を封ずる仕掛けだと分かってはいるものの、耳についてたまらない。
──俺だったら、もっと静かな仕掛けを作るがな。音を出すより沈んで歩き難い廊下ってのも面白そうだ。
からくり好きのさがとして、すぐ別のものを考え出してしまう。ひとつ考え出すと止まらない。
あれはどうだ、これはどうだ。あれなら金もあまりかからないし、作るのもあまり手間ではない──思考に陥り、注意力が散漫になっていたことは否め得ない。
だからぶつかった相手には素直に謝るしかなかった。
「……すまねえ、ぼさっとしちまってたんだ」
眉をひそめながらのきつい視線が投げかけられる。何度見ても苦笑いしたくなるほど、容赦のない眼光だった。
「その図体で呆けられては、世話をする方も大変になる。できれば呆けるな」
「おっそろしいねえ、兇王様は」
三成の言い草には流石にもう慣れているが、かと言ってそのきつい言葉が快感と思えるわけでもない。
「来てたのか。ご主人様のオトモかい?」
「秀吉様が行かれる場には私も行く。当然のことだ」
「ご主人様も不本意だろうなあ、あんだけ嫌ってる信長のとこなんぞ」
「黙れ。秀吉様には秀吉様のお考えがあるのだ」
それきり何も言わず、三成は歩いて行く。元親は鼻を鳴らし、その後を追った。
「そう冷たくすんなって。久々に顔見たんだ、もう少し優しくしてくれてもいいだろう?」
「言葉をくれてやっただけ優しいだろう。私の邪魔をするな、用事を済ませろ」
「用事ったって、あの怖いネエチャンに挨拶するだけじゃねえか。夜までにやりゃいいさ」
歩きながら、三成の足元で鳴る床の音が、自分のそれよりも控え目な音だと気付く。ああ、こいつは軽いのだ、と思い出した。混戦の最中、一度だけよろめいた彼を支えたことがある。あの時、あまりの軽さに驚いたものだった。
先を行く三成の背を見る。どの武人よりも細い。決して弱々しい印象を与えるわけではないのに、それでも華奢に見える。
「ちゃんと食ってんのか?」
三成は答えない。食ってねえな、と元親は思った。食べていないと言えば元親がうるさいと思ったのだろう。嘘がつけないゆえに沈黙するしかない男なのだ。
「美味いものも食えるだろ。ご主人様が心配するぞ」
「ご心配をおかけせぬ程度には食べている。元々あまり食べなくても平気なだけだ。どこかの海賊とは違う」
「俺が大食いだって言いてえのか」
「違うのか」
「ま、食うな。特に美味いもんは腹いっぱい食うぞ」
俺のとこの魚は美味いぞ。そう言うと、三成は息を吐いた。
「長曾我部」
「何だい」
「やかましい」
「そりゃ酷え。仲良くしようぜ?」
「気味の悪いことを」
三成は庭へ降りて行く。元親も続いた。
贅を尽くした城の庭はまた見事なもので、海に生きる元親には縁の無い草木や花々が咲き誇っていた。ことに見たことのない色とりどりの花の群生の中へ足を踏み入れた時には思わず嘆息した。
強すぎるわけではないが、確かに芳しい香りの中、激しく心を動かされるほど浪漫に浸るたちではないが、これは確かに美しいものだ、と思う。
三成は特に感慨めいた顔もせず、いかにも暇潰しだという風情でゆっくりと群生の中を歩く。
「なー、この花、何て名前だ」
「……牡丹、だ」
「へえ、綺麗だな」
「貴様の口から綺麗という言葉が出るといかがわしい、控えろ」
「俺の綺麗は猥褻物か」
「似合わない」
「そうかよ」
相変わらずの毒になぜか安堵する。まあ元気だな、と思ったからだ。この毒舌が消えた時には本気で心配してしまいそうだった。三成が誰にでもこんな毒舌を吐くわけではないと分かっていたからこそ、安堵することができる。
牡丹の群生の中、三成がふと足を止めた。じっと一点を見る。元親もつられてそちらを見た。
「……誰だっけ、ありゃ。見たことあるような、ないような」
背が高く、左の頬に傷がある男がいる。牡丹の群生の端にある松の木に寄りかかり、何かを考えているようだった。
視線に気付いたのか、その首がゆっくりと巡る。
「片倉小十郎、だな」
三成が呟いた。奥州の竜の右目だ、と元親もようやく思い出した。
「そういや、あの竜も今日来てんのか。あっちもご主人様のオトモだな」
「そうだな」
二人に気付いた小十郎はもたれていた松の木から身を離し、二人にゆっくりと会釈をした。三成もそれに返す。元親もとりあえず軽く片手を上げ、挨拶めいた返事をしておいた。
竜の右目はそのまま、松の木の向こうへ消える。
「暇潰しの邪魔でもしちまったかな」
「待ち合わせだったのではないか」
「ご主人様と?」
「さあ、な」
三成が溜息をつく。元親はその溜息の意味が分からなかった。
「貴様は戻れ。私は一人で行く」
「え、おい」
元親に構わず、三成は歩いて行く。無造作に歩いているように見えて、牡丹を踏まないようにしているのは明白だった。
こういうところが、と元親は思う。
──こいつのこういうところが、好きなんだよな。
「戻れと言っているんだ」
振り返った三成の眼光が鋭く、これはしつこくすると機嫌を損ねると判断した元親は、肩を竦めて従うしかなかった。
「後で埋め合わせしろよな」
「元々約束をした覚えもない。寝言は寝て吐け」
「ほんっと口が悪ィ」
それ以上の返事はなかった。三成はただ歩いて行く。それが先ほど、竜の右目が姿を消した松の木の方向だったことが気になった。
しかしついて行くわけにもいかない。機嫌を損ねれば後が面倒だ。三成を可愛がる秀吉から文句を言われる可能性すら生じかねない。ここはおとなしく戻ることにした。
「うおっ」
「あっ」
何かに躓き、元親は牡丹の群生の中に派手に転がった。ああやっちまった、と、牡丹をいくつか潰したことにまず罪悪感を抱いた。その次に躓いた原因を見る。
悲鳴を上げるところだった。
原因も目を見開いている。
「あんた……」
「姫若子」
「──それを言うな、それを……!」
城の中で諸将の挨拶を受けているはずの女がそこにいた。
「何でこんなとこにいるんだ」
「わらわのすきずきであろ」
「しかも何で隠れてんだよ。見えなかったじゃねえか。謝らねえぞ」
「よいわえ。ささと失せ」
おや、と元親は思う。元親の知る吉ならばここで怒るはずだ。その丁々発止を楽しもうと思ったのに、吉は本気で元親を遠ざけようとしている。
「何だよ、何か悪いことでもすんのか」
「うぬのからくりほど出来の悪いことではないわ」
「言ってくれんねえ」
「よいから失せ!」
本当に迷惑そうに、そしてどこか焦っている吉の態度に首を傾げるばかりだ。
吉は立ち上がり、速足に歩き出した。小走りと言ってもいい。元親が見たことのない背中だった。まるで──そう、まるでただの女に見える。
「おい、どこ行くんだよ。あんたに挨拶してる連中、放っておくのか」
「よいの!」
吉は牡丹の中を走って行く。元親は溜息をつき、立ち上がった。昔から分からない女だが、今はますます分からない。
だがその先に三成を見た。──竜の右目と共に。
吉の足が止まる。
「長曾我部」
三成が呼びながら歩いて来る。
「戻るぞ」
「おい」
「二度も言わせるな」
すれ違いざま、肩を叩かれた。来い、という意味だ。
牡丹の中の吉を見る。吉は振り返り、三成の背を見、そして元親を見た。
元親の視線は吉の向こうを見る。
竜の右目が立っている。
「長曾我部」
三成がまた呼んだ。咎めるような声だった。その声でおぼろげに分かった。
ああ、と思った。
──ああ、もしかして、そうなのか。
確信は抱けない。三成に聞いても教えてはくれないだろう。
吉が唇を噛み締め、元親に非難めいた目を向ける。元親が苦笑いを返す前に、待ちきれないというように、女は元親に背を向けてまた走り出す。元親はそれをただ見送るしかできなかった。竜の右目が女に苦笑したような気がした。
二人が手を取り合う前に、元親は背を向ける。
「なあ」
先を歩く三成に声をかけた。
「滅多に会えねえんだし」
──俺も、お前も。
「話そうぜ。積もる話もあるだろう?」
三成は答えない。元親は言った。
「いいじゃねえか。せっかく、こんな綺麗な牡丹の中でお前と二人きりなんだ」
他には誰もいねえだろう。
そう言うと、三成はようやく返事をした。
「貴様の口から綺麗という言葉が出ると、本当にいかがわしいな」
「そう言うなって」
元親は笑う。
返された言葉が、僅かに笑っていたから。




よく食べる女だ、と元親はやや呆れる。健康的な女は好きだし、よく食べる女も大好きだが、吉のあの天女のような見た目で普通の男並に食べられてしまっては、少々その考えを変えたくなるのも事実だ。
堅苦しい儀式の後は月下の宴で無礼講(と言う名の腹の探り合い)。同盟確認のために遥々駆け付けた諸将の前に、贅沢な料理や菓子が並べられている。
しかし吉はよく食べる。酒を飲まない分、食べるのかもしれないが、それにしても元親が今までに見た女の誰よりもよく食べる。
「なるほど」
元親の隣にいた三成が呟いた。
「女だな。菓子ばかり食べている」
「よく見てんなあ」
三成の観察眼に感心し、元親は改めて吉を見た。なるほど、贅沢極まりない料理にはほとんど手をつけず、菓子ばかりを食べている。その表情は至極つまらなそうだ。饗応する役目は光秀に押し付けられているようだった。
元 親は三成の手元を見る。食が細いという話は有名だし、今まで食べている姿を見た記憶もない。だが今は食べることも礼儀のうちと心得ているのか、出されたも のにはとりあえず箸をつけていた。元親は何とはなしに安堵する。安堵してから「俺はこいつのお母さんじゃねえぞ」と心の中で溜息をついた。
──心配ってのとも、また違うんだがな。
「美味いもん、一緒に食いてえだけなんだがなあ」
「何か言ったか」
「美味い魚が食いたくなったら、俺んとこに来いよって話だ」
「貴様が食うだの何だのと言うといかがわしい」
「俺んとこの魚は猥褻物か」
元親は苦笑する。それでもつい、また三成を見た。箸を口に運ぶ所作が滑らかで、いわば品がある。普段荒くれた男たちと食事をする機会が多い元親としては、つい見惚れてしまう上品さだった。
不意に三成が溜息をついて箸を置く。
「見られると食べる気が失せる」
「おお、そりゃ悪かったな。食ってくれ。もう見ねえ」
見たいという気はやまやまだが、礼儀でも何かを食べようとする三成の邪魔をすることは罪に思える。隣に座れただけ御の字だと考え、元親はおとなしく三成から視線を外した。
──いや、しかし。
見るものもなく、また吉を見る。性格はともかく見た目だけは天女のような美女を見るのも悪いくないと思ったのだ。
だがしみじみと思う。
──……まだ食ってるよ。見てるだけで胸焼けがしそうだぜ……
干 した梨や棗、元親から見える限りは他に黍の団子もあるようだ。それを形のいい口にひょいと放り込んで咀嚼し、話しかける諸将を無視してはまた次の菓子を放 り込む。ひょいぱくひょいぱく、という音が聞こえて来そうなほどの食べっぷりだった。信長公は甘いものがお好きだから、と諸将が苦笑いしながら囁いてい る。
「干し棗ってそんなに美味かったか。俺ァ苦手なんだよな」
「女の味覚は分からんな」
三成は素っ気なく、だが返事をした。こういうところも好きだな、と元親は素直に思う。声をかければ返事をする。冷たい横顔ばかりを見せる男だが、その実、礼儀に悖ることはしない。
そして三成は小さく続けた。隣にいた元親にしか聞こえなかった。
「……男でも、分からん時はあるがな」
「味覚? そりゃ好き嫌いの範疇だろ」
「……そういうことでいい」
「いや待て、どういうことよ」
三成は皿の上の干し棗を口に入れる。
「甘い」
「そりゃそうだろ」
「それでも」
常は怜悧、冷たいと言われる視線が動く。
「食べる女がいる。そういうことだ」
三成の視線を追い、元親は眉をひそめた。不快なのではない。意味が分からない、三成が教えてくれない話への戸惑いだった。
視線の先には竜の右目がいる。主の独眼竜の傍に控え、勧められる酒もそこそこに、そつなく座をこなしているようだ。
いるだけで場が華やぐ政宗の影になる印象は拭えないが、小十郎の立場であればそれが重要なのだと元親は分かっていた。
「なあ」
「何だ」
「昼のあれ、どういうことだったんだ。分かるけど分からねえ」
「私は貴様が言っている意味が分からない」
「……いや、つまり。右目と、あの、あれ。おひい(お姫)」
この場で名を出すわけにもいかず、元親は吉をそう呼ぶ。昔はそう呼んでいたということもあり、つい口から出た。
牡丹の花々の中、駆けて行く吉の背を思い出す。その先にいた右目が、その女の慌て振りに苦笑したことも。──その苦笑の中に、明らかな愛しさが滲んでいたことも。
「見たままだ」
「本当かよ」
「嘘をついても、私に益がない」
「そりゃそうだが」
あれはどう見ても男女の中だった。吉があんな姿を見せたことはなかった。いつも軽快に男をあしらい、時には元親でさえ対峙を躊躇うほどの重圧を見せ付ける女ではなかった。
ただの、そこいらの、普通の女に見えた。
「何で知ってんだ?」
「いや、今日初めて知った」
「……は?」
三成は干した梨を口に入れる。また、甘い、と言った。
「甘いな、これは」
「そりゃそうだろう、って、そうじゃなくてな。今日知った?」
「あんな場所に人待ち顔なら、女なり情人を待っていると思っただけだ」
「……相手がおひいってのは?」
「初めて知った」
元親は二の句が繋げない。
だが同時に、三成の洞察力と思考力、己の導き出した結論への迷わぬ自信に舌を巻いた。国主ではないといえど竜の右目、相手が相手だと言うのに、あの場に立っていた姿を見ただけで「女を待っている」と直感したとは。
「おひいと右目が、なあ。信じられねえ」
「私も意外ではあるが、考えられなくもない」
「何を根拠に」
「昔、のぶ……織田のあの姫が極秘で奥州に行ったという話は耳にしたことがある」
「まあ、おひいはよくやるからな。俺んとこにも来たし」
「そうか」
「出雲の守護代に目をつけたのも、そういう隠密旅行のついでだって噂だしな。奥州もそのつもりだったってことか?」
「そこまでは分からん。それにしては貴様や尼子のように、独眼竜と親しくしているという話は聞かんな」
「いや、俺も親しくしてるってほどじゃ……」
「姫若子と呼ばれる程度の親しさか」
「それはやめろ。頼む」
思わず心から言った。
不意に、政宗の座の方からどっと声が上がる。華やかな政宗が何か気の利いたことを言い、周囲の諸将が喜んだのだろう。元親はそう思い、再びそちらに目をやる。三成もちらりと見た。
だが、華やぎの中心は政宗ではなかった。政宗は驚いた顔をし、だが次に小十郎の肩を叩き、諸将に何かを言っている。大したもんだろう、という声が元親の耳に届いた。──大したもんだろう、俺の右目は剣ばっかりじゃないんだぜ?
諸将が口々に小十郎を褒め称える。とはいえ、どこか色めいた揶揄も混ぜられていた。これはあれだ、と元親は看破する。男同士の間で、少しばかり女の話をした時の反応だ。
つい、吉を見る。
ああそうか、とようやく思った。
──こんな場所じゃ、話せねえのか。
なぜ、小十郎はあの時、松の木の向こうへ姿を消したのか。
なぜ、吉は人目を忍ぶように牡丹の中に隠れていたのか。
吉は政宗たちの座の盛り上がりに気づいていないはずもないだろうに、相変わらずつまらなそうに菓子を齧っていた。梨も棗も食べ飽きただろうに、それでも食べている。
──誰とも話したく、ねえのか。それとも──
「……右目とだけ、話したいのだろう」
元親の心を読んだわけでもないだろうに、三成が呟いた。どうして分かるんだ、とは、元親は言わなかった。
政宗たちの座に酒を運んだ侍女を掴まえ、元親は問う。
「あちらさん、何で盛り上がってんだい」
「あら、ええ」
気が強そうな侍女はにこりと元親に微笑んでみせた。
「あちらの、ええ、片倉様が」
「竜の右目?」
「さようにございます。古いお歌を詠まれまして」
「あいつが? 何の歌?」
ふふ、と侍女は笑う。
「万葉集の、古いお歌でございますわ。ええと──ともしびの──」
侍女は咄嗟に思い出せないのか、そこで言葉を切る。ええと、と考える横で、三成が助け舟を出した。
「燈火の影にかがよふうつせみの、だろう」
「ああ! ええ、そのお歌にて!」
「もういい、行け」
「かしこまりてございます」
侍女が立ち去ってから三成は溜息をつく。元親もその歌を思い出した。
「……右目ってのは」
「うん」
「ああ見えて、情熱的なのか」
「知らん。ろくに話したこともない」
元親は再び小十郎に目をやる。精悍な男だ。知的でもある。だが、そんな歌を口にするとはとても想像していなかった。
「燈火の、か」
三成は呟き、吉を見る。
天女のように美しい女は、月下の中、無言で菓子を食べ続けている。
「……食べる姿だけ、と言うのも、右目にとってはどうなのだろうな」
「んー」
元親も吉を見る。
美しい女だ、と昔に思ったことをまた思う。
だが今、初めて、あれは普通の女なのだ、とも思った。

燈火の
影にかがよふ うつせみの
妹が笑まひし 面影に見ゆ

「いいんじゃねえの」
元親は言った。
「あれはあれで、右目にとっちゃ、可愛いだろうよ」
「可愛い、か」
三成がどこか理解できないという声で言い、しかし、元親を見て僅かに微笑んでみせた。
「梨、棗、だ」

梨 棗
黍に粟つぎ 延ふ葛の
後も逢はむと 葵花咲く

「そうそう。気づかなかった。だから食ってんだな」
「やっと気づいたか。無粋者が」
「そう言うなって。──精一杯なんだろうな。右目もまあ、よく見てたもんだ」
可愛い女じゃねえか。元親は笑う。三成もまた、僅かに笑った。
「秀吉様に仇なす者でさえなくば、私も可愛いと思ったところだ」
こういうところが、と元親は思う。

冷たい目に見えるのに。本当は優しい見方をするんだ。
俺はこいつのこういうところが、好きなんだ。

「忠義ってのも大変だねえ」
「忠義などという言葉で片づけるな。私は──」
「ああ、待て、ここでそういう話はやめとこうぜ」
元親は干し棗を手に取る。
「今日はこいつに免じて、な」
楽しくやろうや。
そう言うと、三成は肩を竦める。
「たまには、いいな」
「だろ」
棗を口に放り込み、元親は吉を見る。視線に気づいたのか、吉も元親を見た。
目が合った。
にやりと元親が笑う前に、吉の指が動いた。
三成が思わず唇を噛み、咄嗟に笑いを堪える。
元親は唖然とする。
光秀も諸将も同様だ。
政宗の座の方で、何かに噎せた小十郎の咳き込みが聞こえた。
仕方のないことだった。

天女のごとき美貌の女が元親に向かい、右の下瞼を白い指で下げ、べえ、と派手にやってみせれば、それは仕方のないことだったのだ。

「これは」
三成が必死で笑いを堪え、震える声で言った。
「右目も、見たくなかったかもしれないな」

 燈火の 影にかがよふ うつせみの
 妹が笑まひし 面影に見ゆ

   燈火の影に煌くいとしいお前の姿が
   はっきりと見えている

「ま、おひいも」
苦笑いをするしかない元親は、それでも三成が笑いそうになっていることが嬉しい。
「あいつが旦那なら、似合いかもしれねえなあ」

 梨 棗 黍に粟つぎ 延ふ葛の
 後も逢はむと 葵花咲く

   梨、棗と季節の果実が続くように逢いたくて
   逢える日は花が咲くように嬉しいのです