陽だまりの恋のお題



01. 幼子のように

子供じみている。あの二人を見ていると、ドレークはいつもそう言いたくなる。
若い男女、見た目も整った二人、いつも一緒で海軍将校の覚えもめでたく――それなのにいつもあの二人はくだらないことで言い合い、喧嘩をし、もう口なぞきくものかというほどにぶつかり合って、そして翌朝にはけろりとしておはようと挨拶をする。
まるっきりの子供だ。ドレークが呆れるほどに。それでもドレークはそんな子供二人におはようと挨拶をされ、いつの間にかいつも一緒にいるようになったことを敢えて考えないようにしている。
そうだ、子供は遊び相手との関係なぞ考えずに遊ぶからだ。自分でそう思ったということに気づかない振りをした。
彼らと一緒に、嘘でもいい、何も知らない子供でいたかった。

--------------------

02. そっと耳打ち

スモーカーがドレークに耳打ちをする。それなりに見た目の良い二人がそんなことをしているだけで、なにやらけしからぬことを考える特殊嗜好の女性陣には格好の話題の的だ。
何を話しているのかしら、あの二人ってアヤシイ――そんな歪んだ噂話なぞ露知らず、スモーカーに耳打ちされた内容を理解し、ドレークは息を呑んで耳打ちを返す。
「分かった。言動に気をつける」
「こればっかりは俺もフォローできねえからな」
絶対気をつけろよ。スモーカーは囁くように言ってちらりと視線を流す。
視線の先には機嫌の悪そうなヒナがいる。
ええ、女性ですもの、月々色々とありましょうよ。

--------------------

03. 素の君に惑わされ

初めてのやりとりは決して穏やかなものではなかった。ヒナにぶつかり、スモーカーが怒った(二人は恋人同士なのだとその時は思った)。それが今、どうして何かと一緒にいるのか、たまに奇妙だと思ってしまう。
スモーカーは普段あまり笑わない。感情の起伏が少ないように見える。いつでも飄々とした受け答えで、いわば周囲を煙に巻くことも多い。
だからだろう。だから自分は、共に行動することが多くなってしばらく経った今でも、何かで良い成績を残すと、ドレーク、お前すごいな、と手放しで、彼の素のまま賞賛してくれる時のスモーカーの笑顔を見ることが何となく嬉しくて、それをなぜか悟られたくなくて、大した話じゃない、と難しい顔で言ってしまうのだ。
そのたびにヒナが軽い溜息をつくことがいつも不思議なのだけれど。

--------------------

04. 幸せの音

鐘が鳴り響く。幸せが約束された祝福の鐘だ。この音に憧れる女性は多いだろうし、男性の中には好いた女とこの音を響かせたいと願う者もいるだろう。
「妥協なんかしないわ」
市街地から鳴り響く鐘の音を聞きながら、ヒナがいやに真剣に呟く。スモーカーは「何がだよ」と棒付きキャンディを咥えながら問い、ドレークは首を傾げる。
「結婚相手に妥協なんかしないんだから。ヒナ決意」
これはあれだ、とドレークは用心して口を噤む。口は災いの門という教訓はいつの時代も通用するもの。
だが、時代よりもマイペースを貫くスモーカーがあっさりと言った。
「また振られたのか。いつの間に」
「またって言うのなしだし! 昨日だし!」
爆発したヒナが顔を真っ赤にし、涙目でスモーカーをぼこぼこと叩く。痛ェ、やめろ、と悲鳴をあげながらもスモーカーはそれを止めない。
気が済むまで喚かせるつもりだろう――それを知ったドレークは、やはり口を噤んだまま、やかましい二人の声と、ヒナがスモーカーを叩く音を聞いていた。

--------------------

05. 今日は髪型を変えて

気が向いただけだ。週末、街で買ったバレッタで髪をアップにした。同期の女子たちに口々に褒められ、悪い気はしない。
すれ違ったドレークはダイレクトに口にすることはなかったが、悪くないと思っていることはよく分かり、やはり気分は上々、だったのに。
「何だこれ」
同期の自分勝手極まりない男が、ひょいと手を伸ばしてバレッタを取ってしまう。信じられない、と憤慨してみせたが涼しい顔だった。
「全部上げない方がまだマシ」
「大きなお世話! スモーカーくんってほんっとにデリカシーなさすぎ!」
「何でお前にデリカシーなんぞ発揮しなきゃいけねえんだ」
「馬鹿!」
そんなことを言いながらも昼休み、化粧室でそうしてみたらおっしゃる通り。
食堂で目が合った時ににやりと「まだマシ」と笑われて、悔しくなってポケットのキャンディを全て没収してやった。

--------------------

06. たまにはいいよね

ヒナが泣いているなんて本当に珍しいことで、だが理由そのものは珍しくはないもので、要はまた振られたらしい。あれだけ綺麗で可愛くて性格も悪くないのに、とドレークはいつも不思議でたまらない。
人目がない、建物の裏手で泣いているヒナの背中に声をかけようかどうか迷う。たまたま通りかかったと言えばいいだろうか。本当は元気のないヒナが気になって探したのだとは言えない。
ヒナ、と言いかけて、やめた。
「見えねえとこで泣いてんじゃねえよ。探したじゃねえか」
走って探したのか、少し息を荒げて汗をかいたスモーカーが現れたからだ。
「見えないから泣いてるんだし」
「ばあか」
スモーカーは大きく息を吐き、ヒナの頭にぽんと手を置く。
「俺に分かる場所で泣け」
その途端、ヒナは声を上げて泣き出した。
たまにはこんなこともあるんだろう。そう思って、ドレークはそっとその場を後にした。ヒナが泣けるのならそれで良い。

--------------------

07. 僕だから気付く事

週末、たまたま道すがらで一緒になった。特に用事もないが二人で街へ行く。
話すことはスモーカーのことばかり。
今まではいつもスモーカーが一緒にいたから気づかなかったのだ。
そりゃあどんな男にでも振られるな、と知った。
同期の男の話をするヒナはとても楽しそうだった。

--------------------

08. 惚れた欲目を差し引いても

差し引いたとしても、
彼は最高にいい男で、
彼女は最高にいい女だ。
二人が並んで歩いている姿を見るだけでも嬉しい。
それを正直にサカズキに言ったら、彼は珍しく少し困ったように、なあドレーク、それはおかしかろう、と言った。
おかしいことは分かっていたが、かと言って嘘をつく気にもなれない。
そうだ、おかしいことは分かっている。それでも自分に嘘をつけない。
二人を愛しているということ。

--------------------

09. 困らせてみる

酒というものは便利だ。美味しく楽しむこともできるし、気分が良くなることもあるし、辛いことがあれば忘れることもできるし、ちょっとした失態なら言い訳ができたりもする。
「お前」
スモーカーが珍しく、困った声を出した。
「飲み過ぎだ」
「そうかも」
いきなりキスをされれば確かにそう言うしかないだろう。ドレークは酔った振りをしながら、いや、もしかすると別のものに酔っているのかもしれないと思いながら、もう一度キスをしようとして、今度は見事に投げ飛ばされた。
投げ飛ばされる瞬間、ヒナにはやるなよ、と囁かれたような気がして、ああ、この男にはかなわないと思った。

--------------------

10. オレンジの陽

水平線に沈む陽は眩しく、周囲を全てその色に染める。
一日を終えた海兵たちが疲れ切った中、それでも充実感を楽しみながら、片付けをして家路を目指す。
寮へ帰る道すがら、週末に街に行きたいとヒナが言い出す。欲しい服があるの、絶対あれはヒナが似合うの――仕事が終われば若い娘に立ち戻るヒナに、行くなら勝手に行けよ、何着たって変わらねえよ、とスモーカーがからかい、ヒナが怒り、ドレークが宥める。
すっかりお馴染みの光景に周囲は笑い、オレンジ色の景色の中、一日が終わる。
いつまでも続くのだろう。いつも一緒だ。
若い彼らは無意識の中でそう信じている。
その根拠などどこにもないと、知らない振りの日々が愛しくてたまらない。