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01:合っている、けれど違う


白猟屋は自分のことを「ふつう」と言う。
能力はともかく、言動はふつうだって自分で言っている。
確かに変な奴が多いから、あいつの言動はふつうと言っても差し支えない気もする。
俺だってふつうとは違う自覚がある。
でもそれは、本当は、俺や、他のふつうじゃない奴が気づかない振りをしているだけで、ふつうの奴はもっと気づくことはないんだろうけど、ふつうっていうのはなんだかんだ言って、実際のところ、真ん中なんかじゃなくって、みんながみんな実現できない、理想なんだと思う。


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02:そんなこと言われたら


喧嘩をするたび、どんなにその日に引きずって、お互い機嫌が悪くても、別れ際が近づくと、必ず白猟屋が「機嫌を直して俺に笑え」って俺に言う。最初はそれが何となくムカついていたが、ある日、その言葉に小さく付け加えられた言葉で、どうして白猟屋がそんなことをいつも言うのかが分かった。
「人間なんてもんは、いきなり会えなくなるかもしれねえんだ。最後に見た顔が不機嫌なツラだったら、俺は一生お前の不機嫌なツラしか思い出せねえだろう」
俺が突然死ぬもんか、だの、そんなのお前の考え過ぎだ、とか、いくらでも言えることはあった。でも言わなかった。わざと笑うのは難しいから、ごめんって言ってキスをした。


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03:あなたの好きなひとを、わたしは好きになれない


この女は好きじゃない、と思いたくない。何だか悔しいからだ、と認める。薄桃色の長い髪を弄び、いかにもイイオンナという雰囲気を自然に演出しながら、黒檻屋は俺に微笑みかける。豆大福ちゃん、と腹立たしい呼び方で俺を呼ぶ。
「大人になったらね、手をつないでもセックスしても、恋人同士ってわけじゃないこともあるわ」。
俺は白猟屋と(人目がない時に限り)手を繋ぐ。セックスする。恋人同士ってやつだと思ってる。余計な世話だよババア、って言い返したら、気の強い女特有の、弾けるような声で笑いやがった。
「そうね、あなたとスモーカーくんはそうね」
気づきたくないから、俺は返事をしなかった。自分を騙すことにした。自分を騙したことすら気づかない振りをした。
俺と白猟屋は。じゃあ、白猟屋とお前は。そんな疑問を抱くことすら御免だった。


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04:優しい彼氏


尋問、なんてやつは海賊でもたまにあることだ。俺だって敵対関係にある奴を捕まえりゃ、それなりのことはする。でも今日はたまたま、海軍の尋問に出くわした。よりによって俺と白猟屋がその、あれだ、デート中、ってやつだな、そんな時に白猟屋に捕まるようなことをした奴が悪い。
そいつは白猟屋を知っているのか(そりゃそうかも知れねえが)、身柄を警官に引き渡そうとした白猟屋に悪態をついた。卑怯者だの海軍の犬だの、オリジナリティが足りてねえやつばっかりだ。俺の耳が痒くなる。白猟屋は慣れているらしく、涼しい顔で相手にしなかった。でも俺は見た。そいつが言った瞬間だった。
「てめえが飼い犬なら青雉は負け犬だ! 揃って駄犬もいいところだ!」
俺は見た。普段は無意味な暴力を決して振るわない、見た目よりもずっと穏やかな白猟屋が、無表情で男を思いきり蹴り飛ばす姿を。
青雉の悪口だけは言わないこと。俺の心のメモ帳に新たなページが追加された。
そして俺は、でっ、デート、を再開したい。つまり早く機嫌を直して欲しい。正直、機嫌の悪い白猟屋は怖い。


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05:グラスが空いたから


自分で言うのも何だが、俺はこと恋愛になるとダメな奴に成り下がる。相手の機嫌が気になって仕方ない、好きだって言えない、愛してるなんて死ぬくらいの気力を振り絞らないと言えやしない。
白猟屋もそれを分かってくれているから、俺は滅多に言わない。でも白猟屋に言われることは心地良いから、本音はいくらでも言って欲しい。何度言われても死ぬほど照れるのは横に置いて。
だから酒の勢いを借りて訊いてみた。俺はほとんど言わねえけど、お前どうなの。不満じゃねえの。白猟屋は俺が酔っ払った時によく見せる、ちょっと子供をたしなめるような苦笑いを見せて、言った。
「お前の性格なら、1回言えれば上等だ」
じゃあ、本当はもっと言って欲しいとか、そういうのはないのかよ。
「無理に100回言わせるより、1回言われたことを99回思い出せば、それで100回言われた気分になれる」
よく分かんねえけど、でも何となく、俺って愛されてる、ってしみじみ思った。顔が熱いのは酒のせい。酒は飲んでも飲まれるな。


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06:.59


俺はそこそこならワの国の文字が読める。白猟屋はほとんど分からないと言っていた。でも最近、たまに勉強しているらしい。こいつのことだ、仕事で使うかもしれねえと思ってのことだろう。俺に質問してくることもあるので、そんな時は教えてやる。
今日読み方を質問されたのは、いわゆるカンジだった。白猟屋の手元を覗き込むと、中々浪漫的な単語が見えた。
天国。
てんごく。Heavenの意味だ。
「ふうん」
教えてやると白猟屋は頷き、お世辞にも綺麗とは言えない字でメモに書きつける。綺麗な字ではない理由は、書くスピードが恐ろしく速いからだ。こういう書き方をする奴は頭の回転が速い。思考スピードに手が追い付かないタイプだ。確かに白猟屋はそんな面がある。
「なるほど」
白猟屋はまた頷き、それからふっと息を吐いてから言った。
「二人の国、って書くんだな」
何を言えばいいのか分からなくなって、そうだな、と俺は言った。白猟屋が笑った。
「この字は好きだな」
そうだな、と俺は言った。
そうだな、俺もだよ、と言って、どうしても我慢できなくて、珍しく俺からキスをした。触れた唇の下で白猟屋が笑ったような気がして、悔しかった。