Let's talk about him



01:世界って本当にたくさん / ロー

多分、俺の立場じゃ絶対にあっちゃいけねえ感覚なんだってことは分かってる。でもどうしても、最近この場所に来ると、何となく自分の立場を忘れそうになる時がある。この場所にいる連中のせいだ。
俺が白猟屋と、つまり、その、あれだ、付き合ってるっていうことを、特に批判されるわけでもなく、かと言って馴れ馴れしくされるわけでもなく、何て言うんだろう──あっそう、とでも言いたそうな顔をする。
海兵のくせに、この基地の最高司令官が海賊とそういう関係だってことを、あっそう、って顔で理解している。もちろん全員ってわけでもねえし、むしろ少数派かもしれないってことも分かってる。どちらかと言うと、白猟屋に近い連中がそんな顔をしてるような気がする。海兵としての経験が長くて、戦場を知っているような連中。
俺を受け入れてるってわけでもなく、かと言って拒否するってわけでもなく、本当に──何て言うんだろうな。
白猟屋に似てるんだ。きっと。あいつらは似てる気がする。
自分の世界で、自分の規律で、自分の理解力が及ぶ範囲の中で、何かが起きたとしても、「ただそこにそれが事実として存在する」ってことを認識している。ただそれだけなんだと思う。
俺は知ってる。白猟屋もそんな見方をして生きている。俺に対してはそうじゃねえんだろうが、他の物事に対しては、いきなり「事実」だけを認識する瞬間を何度も見ている。
自分の基準で俺の存在を事実として認識しているだけ。白猟屋も、あいつらも。
だから俺はきっと、この場所では、この世界では、薄ぼんやりとした存在でいられるのかもしれない。だから自分の立場を忘れそうになるのかもしれない。
あいつらが基準を共有しよう、全ての他人にあてはめようとした時、俺はきっと色濃く、また俺の立場を思い出すんだろう。
最高司令官の恋人という存在でしかなくなる、あるいは──そんな存在でいることができてしまうこの場所を、好きになりそうな自分を、少し怖いと思う。



02:蹴られたバケツはご愛敬 / たしぎ

スモーカーさんはすぐ怒鳴るし、すぐ怒るし、短気って思ってる人が多いみたいです。わたしも最初はそう思ってたんだけど、実際はそうでもなくって。わざと怒鳴ったり怒ったり、短気に見せかけてるんじゃないかなって、今は感じてます。
わたしが気が付いたのって、いつだったかな、スモーカーさんの部下になってちょっとした頃だったかな。
すっごーく生意気な海兵がいて、とにかく口が達者で、その頃のわたしと同じくらい下っ端だったのに、スモーカーさんにあれこれ反論したり、自己主張したり。スモーカーさん、それでも怒らなかったけど。上司だから我慢してるのかなあって思ってたけど、本当はそうじゃなかったみたい。
ある日ね、その人が今までにないくらい生意気なことを言っちゃって。あーあ、スモーカーさんが怒鳴るだろうなあ、って、わたしも他の人も覚悟した時だったんです。
スモーカーさんがね、そこにあった防火用のバケツを──空っぽだったんだけど──思いっきり蹴っ飛ばしたんです。すっごい音がしたんですよね。空っぽのバケツって、転がると凄い音がするの。
びっくりしてたら、スモーカーさんがこう言ったんです。
”空っぽのバケツはうるさくって仕方ねえ。お前、中身入れて来い。待っててやるから”
……もうね、一発でみんな分かったし、もちろんその人もね。もう真っ赤になっちゃって。
でもね、それからその人、すっごく頑張って。結構出世して、ええ、もちろんスモーカーのこと大好きになっちゃってましたよ! で、次の異動でG-5に来るって大騒ぎしてるんです。
スモーカーさんったら、あいつは相変わらずうるせえバケツだな、なんて言ってるんですけど、でもね、その人の話をする時、ちょっと嬉しそうなんですよ。また蹴っ飛ばしてやろうか、ですって!



03:時代遅れの言葉で言えば、イチコロ。 / ヒナ

私はそう思ったことなんてないけど、彼ってセクシーみたいね。良くも悪くも許容範囲が広いから、恋愛相手は男女問わずだし、それってつまり、男性も女性も彼をセクシーって思う瞬間があるってことよね。ヒナ理解。
今までで一番、相手にとってはとんでもないくらいセクシーに見えたんでしょうね、って光景を見たことがあるわ。
その時はまだ紙煙草だったかしら。今みたいに安い葉巻じゃなかったわ。
絶対に煙草を吸わないって、見れば分かる男のところに行って、火を貸してくれないか、ってスモーカーくんが言ったの。もちろん、その彼は火なんて持っていないわけよ。でも会話のきっかけには充分よね。
で、スモーカーくんったら、こう言ったの。──吸わないだろうと思ってた、って。そうしたらその彼はもちろん、じゃあ何で俺に声をかけたんだい、って言うじゃない?
今でも覚えてるわよ。スモーカーくんが言った台詞。
”あんたがどんな声で、どんな風に喋るのか、聞いてみたかった。”
はい、一丁上がり、って瞬間だったわ。一瞬でその彼がスモーカーくんに陥落したのが丸分かり。
あんな上がり方、後にも先にもあれっきりよ。
まあ、それで地方反乱軍のスパイが炙り出せたんだけどね。そうよ、スモーカーくん、ああ見えてハニートラップがお得意なんだから。
あなたも気を付けた方が良くってよ? ……あら、なあに、冗談よ。焦っちゃって、いやあね。



04:お酒美味しい、たまりません、かないません。 / ロー

落ち込むと会いたくなるのは人類共通、だと思う。思いたい。──俺だけじゃねえだろ? きっとそうだ、そうに違いない(そうであってくれ)。で、会えたら少しばかり元気になったりするのも人類共通で、俺だけじゃなくて、以下略。
ところが今回は結構な落ち込み具合で、白猟屋の顔を見ても気分は全く上向きになりゃしなかった。ああそうだよ、俺は落ち込んだら白猟屋の顔を見たくなるんだよ、悪いか、人類共通だろうが! ああ、いや、白猟屋の顔を見たくなるのが人類共通ってわけじゃねえのは知ってる。共通であってたまるかってんだ!
白猟屋は俺がいつもより落ち込んでるのを、やっぱり当然見抜いてる。流石は俺のスーパーダーリン! ──俺が何か変だって? そりゃあな、落ち込んで眠れなくて、白猟屋に会っても浮上しきれなくて、つい酒なんか飲んじまったからな、変な具合に回ってるんだ。珍しいだろ、よく見とけ。そして忘れろ。忘れて下さい。
飲んでも飲んでも浮上しねえ。目が回るし、うつむいたまんま、顔も挙げられねえ。ああ、こういう態度ってよくねえよ。白猟屋が呆れたらどうしよう。そうだ、どうしよう。ますます落ち込む材料が増えて来た。
「おい」
何だよ。いい声だな。いつも通りだけど。いつも通り最高にいい声だ。
「飲むならこっちだ」
持たされたのはジョッキ。海兵御用達、特に美味いってわけじゃない、正直俺はあんまり好きじゃねえ、粗い造りのビールが満タンだ。何だよ、もっといいもん飲ませろよ。文句を言おうとしたら、顎をぐいっと持ち上げられた。
目の前に白猟屋のあの(俺にとっては)最高に最高に格好いい顔がある。唇も近い。キスしてくれんのかな? そう思った瞬間だった。
顎を持ち上げられたまま、ジョッキで唇をふさがれる。抗議する間すらなく、勢いよく麦の水が流し込まれちゃたまらねえ。俺は物凄い勢いでビールを噴き出し、噎せまくった。
「な、に、しやがる!」
苦しくて涙目、そして咳き込む。何てことをしやがる。こんなことされたのは初めてだ! ところが白猟屋はふんと鼻で笑う。
ばかやろう、ふざけんな、何しやがる、許さねえ。
許さねえぞ。
ところがやっぱり、そこは俺の最高の彼氏。
「キスして欲しけりゃ上を向け」
酒が回って、俺は変で、珍しいだろ、よく見て──いや、見るな。
「向くから」
見るな。忘れろ。
「向くから、キスしろ」
今すぐ忘れろ。
俺が半泣きでキスをねだって、俺の彼氏が笑ってキスして、俺が馬鹿みてえに喜んだなんて、今すぐ忘れろ、今すぐだ!