01:たった一言
電伝虫に何日も出なかったからもう連絡するのをやめようと思った、だとか、約束の時間に遅れられて腹が立った、だとか、知らない女と歩いてたんだな、ふうん、だとか、昔お前とあいつが親しかったなんて話をするうるさい奴がいる、だとか、たった一言を言えばこんな回りくどいことを言わなくてもいいのに言えなくて、そして俺が回りくどいことを言うたびに少しにやにやする白猟屋に結構本気でムカついて、それからあっさり俺にあのたった一言を言う白猟屋に勝てる気がしなくて、つまりは愛してるって言われて悔しくて、嘘だ、悔しくない、嬉しい。
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02:自意識過剰
女海兵がひどく落ち込んでいる。ちょっとした気のゆるみで、結構笑えないトラブルになったらしい。らしい、というのは俺が部外者だから、話を聞く立場にないってだけの話だ。
それにしても落ち込み方が鬱陶しい。白猟屋のオフィスで勝手に本を読んでいる俺から見ても、今日の女海兵は殊更に鬱陶しい。
白猟屋は特に励ますわけでもない態度で、いつも通り山のような書類を淡々と、そして嫌そうに片づけている。いつもと違うのは女海兵の小言が聞こえないってことだ。いつもなら、スモーカーさん、こっちはもっと丁寧に読んで下さい、だの何だのと言っているはずなのに、今日はいやに静かだ。
「たしぎ」
「あ、はい」
「あまり気にするな」
見かねたのか、あまりにも重い空気に辟易したのか、俺にはよく分からなかったが、白猟屋が言った台詞はずいぶんとお優しい。
「でも、わたしのせいで皆さんが──わたしの責任です」
「俺の監督責任だ」
「そんなことありません。私が悪いんです」
「お前が全部?」
「そうです」
「お前、すごいな」
「え?」
「いや、すごいよ」
白猟屋は書類をめくっていつも通りの口調で言った。
「集団が関係するトラブルで、何もかも自分の責任、何もかも自分が悪いって言い切れるのはすごい。普段は全部一人で請け負えると思ってるってことなんだからな」
ああなるほど、伊達に上級将校じゃねえんだな、となぜか俺が納得した。
女海兵は瞬時に理解できなかったようで、しばらくぽかんとしていたが、やがてようやく理解したのか、一気に耳まで真っ赤になっていた。
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03:世渡りスキル
海軍だって便宜上、頭を下げなきゃいけねえ相手がいるらしい。そりゃあまあそうだろう。政府の偉い奴らしい誰か(俺は関わったことがないが、白猟屋が以前、珍しく「あいつは嫌いだ」と口にしていたのを知っている)が白猟屋を呼び止め、何やらああだこうだ言っている。
嫌いな奴に色々言われて気の毒に、立場的にこいつと事を構えても痛くもかゆくもない俺が何か代わりに嫌味の一つもいってやろうか──と思ったが、待て、と自分を止める。
白猟屋は随分丁寧に受け答えをしている。普段なら大将にもタメ口だったり適当な敬語だったりするのに、この政府の奴にはやたら礼儀正しく丁寧だ。さようでございますか、なんて言葉をこいつの口から聞くとは思わなくて、ちょっと我が耳を疑ったのはここだけの話だ。
後で白猟屋に嫌いなんじゃなかったのかと訊いたら、奴は何でもねえよって顔をして言った。
「好きな奴には親切に、嫌いな奴には丁寧に。30歳を過ぎてやっと悟った」
26歳の俺としては、どんな顔をすればいいのか分からなかった。
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04:また会いたいの
また連絡する、と別れ際に俺がそう言うと、白猟屋はいつもちょっと何かを思い出すような目をしてから、ああ、と言う。
それが気になって、また連絡するって言葉は何かまずいのか、と今日は訊いてみた。白猟屋は俺が気づいていたことに驚いたようだが、ああ、まあなあ、とこいつにしては珍しく、歯切れの悪い答え方をする。──ああ、まあなあ。別れ際にそう言って次の戦場に行って、二度と連絡をくれない奴が何人もいたもんだから、好きじゃねえんだ。お前には関係ねえから言えなかった。
そんなことを言われたら、いくら年下の俺でも胸に頭をぎゅうっと抱き込んでやりたくなる。いかんせん身長差の問題で実現できるはずもなく、俺が白猟屋の胸に抱き付いて、白猟屋が俺の頭を苦笑いして抱きしめる格好になって、俺としては何とも無様で不本意だが、ありがとうな、って声が頭の上で聞こえたから結果オーライってことにする。
次からはなんて言えばいい、って訊いたら、じゃあまた、ってのがいいと言われた。じゃあまた明日、じゃあまた今度、って、聞く方が好きなように続けられる言い方がいい。
お安い御用だ、早く言えよ、ばかやろう、あいしてる。
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05:乗り切る
訪ねた時、白猟屋のデスクは書類に埋もれていた。いつも書類が積みあがったデスクだが、埋もれて持ち主が見えないのは初めてた。これは繁忙期というやつか。公僕ってのは本当に面倒なもんだ。
書類の間から漂う煙で白猟屋がそこにいることが分かった。
俺が来たことに気づいていないのか、いつもなら声をかけてくるのに今日はそれがない。と言っても俺が見えないのだろう。
書類の向こうから聞こえた声は珍しく独り言だ。
「どうせ今しかやらねえ」
どういう意味だ。
「命まで取られるわけじゃねえ」
どういう……
「大海原の水量に比べれば些細な量だ」
……そうだな、頑張れ。邪魔しかできないから、俺は一度帰ることにする。
公僕が修羅場を乗り切るためのみっつの呪文を知った貴重な日。
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06:表も裏も正解だから
白猟屋がぼうっとしている。そこそこ深い付き合いをして分かるようになったが、これは面倒なことを考えている時の顔だ。俺と二人でいる時にこんな顔をすることは滅多にないが、滅多にないだけに、たまに見ると観察してしまう。
俺の視線に気づいたのか、白猟屋が「決まらねえんだ」と言った。
「何が」
「仕事の話だ。海賊には言えねえよ」
「じゃあぼかせ」
「AとBのどっちにするか、って話だな。どっちもリスクが高い。死人が出る」
「──いつもはどうやって決めてるんだ」
「どうやってだろうな。コインを投げたり?」
「じゃあ投げろよ」
「そうだな」
俺としては冗談のつもりだったが、白猟屋は意外にもコインを取り出し、指で器用に真上に弾き上げた。真っ直ぐに飛び、真っ直ぐに落ちてきたコインを左の手の甲で受け止めると同時に右手で覆う。
そしてなぜか、そのままポケットに入れてしまった。
「何してんだよ、見えたのか?」
「どっちでもいいんだよ」
白猟屋は低く言った。
「コインを投げる間に決まるんだ。いつも」
本当は投げる前に決まってる、投げてる間に決まってることに対して覚悟するんだ。白猟屋はそう言った。
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07:口下手じゃなくて
俺だってたまには(たまには、だ)甘えることもある。たまには、だ。あくまでもたまには。
酔った勢いで、俺のどこが好きなんだよ、と、白猟屋の膝に上半身を預けて、素面ではとても訊けないことを訊く。
白猟屋も珍しくほろ酔いを通り越した酔いの深度で、妙に俺を甘やかしながら笑った。
「うまく言えねえよ」
「何だよ、つまんねえ」
「いいんだよ」
傷だらけの無骨な指が俺の髪を撫でる。
「きちんと説明できるってんなら、その条件を満たしてれば誰にでも替えられる」
……つまりは。
「そうだな、お前がお前だから好きなんだ」
ああ、そう。
ああ、そう、もう、ええと、
あいしてる。
酔った勢いで言った。
白猟屋が嬉しそうだった。ならばよし。多分俺は耳まで赤いが、白猟屋が喜んだならよしとする。
たまには、だ。
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08:多分ね
多分、俺はお前がいなくても生きていける。
でも、一緒に生きて行くならお前がいい。
なんて口に出したことはないのに、あいつが分かってくれていることが分かるのは、あいつが同じことを思っているからだ。
……思ってくれているはず。
……俺の自惚れではないはず。
……はず。
なんだよな。
はず。
ああ。
恋愛における自信とか確信って、どうやったら持てるんだ。
あいつに訊けば教えてくれるような気がするけれど、訊いたら負けなような気がして、
でも、恋愛に勝ち負けなんかあるものじゃねえだろうし、訊いても問題ないだろうし、
でもやっぱり負けるような気がして、つまりは、とにかく、
あいつが好きでたまらなくて、やっぱり、あいつがいなくてもなんて考えるのも嫌だから、つまり、
お前がいないと生きていけない気がするから、だから、一緒に生きて下さい。