walking around the Xmas


※作中に出てくる「クリード」は、「色んな人が歌ってきたように」に出たオリジナルキャラクターです。知らない人は「何か知らんがBJに惚れてた超金持ちの男が大怪我をしてなぜか今キリコが主治医になっている」あたりを軽めに覚えておいて頂ければ問題ないかと思います。


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 どちらが悪いと問われれば、人によってはキリコが悪いと言い、人によってはBJが悪いと言うだろう。だがキリコもBJも納得せず、いいや、BJが、キリコが悪いと互いに言うことは間違いない。
「仕事だなんて言ってなかったくせに!」
「いちいち言う必要なんかないだろうが! おまえだって言ったことあるか!」
「いちいち言う必要なんかないだろうが! こっちは緊急の時だってあるんだ!」
「お互い様だろうが!」
「人殺し!」
「今日は経過観察だ、クソビッチ!」
「何を医者みたいなこと言ってやがる、早漏!」
「俺は医者だし早漏じゃねえ!」
 物騒な、かつ下品な単語を織り交ぜながらの口論をするカップルを眺め、くすくすと笑いながら、あるいは顔を顰めながら、ディナーを終えた他の恋人同士や家族連れが横を通り過ぎて行く。普段のキリコなら早々に折れて切り上げるところだが、今日は会う前から虫の居所が悪かった。
 クリスマスシーズン、どこもかしこも休暇に入ったこのワシントンのメインストリートで俺たちは何をやっているんだ──冷静な自分が呆れるが、今日は女の我儘をいなす余裕がなかったことを醜態の言い訳にしたい自分もいる。
「2時間も! 待たせやがって! 連絡無しで!」
「もう一回謝れって? あと何回謝ればいいか教えろ、その回数謝ってやるよ!」
「そんなこと言ってねえだろうが! もういい、帰れ、キリコなんか帰れ!」
 ここで帰れば本気で収拾がつかなくなる。キリコは分かっている。よく分かっている。歳上の物分りのいい恋人でいるためにはここでもう一度謝り、女が喜びそうな甘い言葉と行動を示す必要がある。
 だが今日ばかりは、と思った。今日ばかりは俺だけが悪いわけじゃない、と強く思った。
「クリードの経過観察なんぞしてやったのにその台詞か! よく分かった!」
「え」
 一瞬、BJの顔が「まずい」という感情に覆われる。だがすぐに元通り、連絡も無く2時間待たされて怒る女の顔になった。
「聞いてねえし! 知るか!」
「こうなるから言わなかったんだろうが! もういい、帰れって言うなら帰ってやるよ。俺は恋人の希望を最大限聞いてやるいい男だからな!」
「馬鹿、早漏、死神!」
「事実と虚偽を混在させるんじゃねえ!」
 警官が苦笑しながら近付いて来る。キリコは諦め、タクシーに合図をして止めた。まだ文句を言い続けるBJの腕を引き、半ば無理矢理タクシーに押し込む。ぎゃあぎゃあと喚く女に構わず、ちょうど声をかけて来た警官に「悪いね」と言っておとなしく職務質問を受けた。警官も本格的なトラブルとは思っておらず、形式的に話をするだけだった。
 流石にBJは黙り、タクシーの奥の席に移動して、ぶすくれた顔を窓の外に向けて職務質問の終了を待つ。ドライバーが「トラブルならこのまま出してやるよ」と申し出てくれたが、肩を竦めて「喧嘩。平気よ、ごめんなさいね」と言っておいた。
「悪いね、形式だと思ってくれるかい。俺も仕事なんでね。身分証は?」
 キリコへの対応を終えた警官が車内のBJに声をかける。BJは素直にパスポートと在留許可証を示し、警官はやはり形式通りに話をして、「良いクリスマスを」と言ってその場を離れた。
 ようやくキリコが乗り込み、ドライバーに住所を告げる。ワシントンで長期滞在する時に使うアパートメントだ。
「私はどこで降りればいいんだ?」
「降りたきゃどこででもご勝手に。俺は帰る」
「じゃあ何で乗せたんだよ!」
「俺がいい男だからだ!」
「意味不明だよ!」
「分からないなら黙ってろ!」
 後部座席で繰り広げられる男女の言い合いなど慣れたものと言わんばかりにドライバーは安全運転を心がけ、やがて言い合いに飽きた二人は黙り込み、だがどちらも修復のきっかけを作ろうと言う気にはまだなれず、結局キリコのアパートメントに到着するまで無言を貫いたのだった。


 家に入るなりBJはまた文句を言い始め、面倒になったキリコはキスでもして黙らせるかと手を伸ばしたが、あっさり身をかわされて溜息をつく。その溜息に眉を跳ね上げ、女の文句は一層勢いを増すばかりだ。
「キスして抱き締めてセックスすれば機嫌が直るって? どこの女と間違ったんだ?」
「俺はそんなことを考えた経験がないね。誰も楽しくない冗談はやめておけ」
 おまえこそどこの男と間違えた、と言ってやっても良かったがやめておいた。男女の関係において地雷どころでは済まない。機嫌の悪さを際限なく口にするBJと違い、二人がふたりでいるために必要な気遣いだった。さりとて女が口にするのは許される風潮なのだから不公平なものだ、とキリコは思う。
「いつまでも機嫌を悪くしているのは勝手だが、俺が延々と機嫌を取ると思うなよ。今日ばっかりは俺だって俺の機嫌を取らないとまずいんだ」
 こんなキリコは珍しい。BJは分かっているものの、だがどうしても怒りが収まらず、そして謂れのない後ろめたさ──経過観察の相手がキリコにとって面白い相手であろうはずがないということ──から目を逸らしたくて、どうしても言葉の奔流を止められなかった。
「仕事だったのに? 不満な仕事ならやめちまえば?」
「仕事が原因じゃねえよ。仕事を理解しない女が原因だ」
「待ち合わせの時間と場所を決めたのは誰? 連絡できない店じゃなかった」
「決めたのは俺だ。連絡しなかったのも俺だ。事情があった。だから謝った。これ以上の事実はない。──いつもなら、これ以上何をすればいいっておまえに訊くよな。でも今日は無理だ。俺の機嫌が直るまでおとなしくしててくれ」
 アイパッチとコートをリビングのテーブルに投げ出し──これもキリコには珍しい不作法だ──キリコは二階にある自分のベッドルームへ引き上げてしまった。
 残されたBJは大きく息を吐き、自分の行動を振り返ろうとする。
 が、すぐにやめた。
 コートを脱いでコートハンガーに掛け、冷蔵庫を開けてバドワイザーの缶を引っ張り出す。キリコのビール、しかも最後の一本だったが知ったことではない。グラスにも注がず缶から直接飲みながら、キリコのコートがまだテーブルに置きっぱなしだと気付く。無視した。ほんの一瞬でも「掛けておかなきゃ」と思った自分をまず許せない。洒落た死神が皺だらけのコートに嘆く明日の朝を考えると胸がすいた。テレビをつけてニュースを見る。どこもかしこもクリスマスのイベントのトピックばかりで、全く役に立つ情報を得ることはできず、面白いとも思えなかった。
 やがてキリコが二階から降りて来て冷蔵庫を開け、くそ、と呟く。BJは素知らぬ顔だ。いつもなら、最後の飲んじゃってごめん、まだ半分あるけど、と言って自分の缶を渡すところだが、今日はそんなことをする義理も愛もない。
 キリコがそのまま二階へ戻ろうとし、何となく腹が立った。勝手と言わば言え、だが腹が立つものは立つのだ。
「何か言えば?」
 自分でも驚くほどに声に険が出た。キリコが溜息をつきながら振り向き、「何を」と言ったのでまた腹が立つ。
「半分残ってるけど?」
「ああそう、ごゆっくり」
「そんな言い方しなくていいじゃない!」
 今度は自分でも嫌になるほど女のヒステリーめいた声だった。キリコが典型的なアメリカ人の感情の出し方をし、「うんざりだ」と表情で示すほどのものだ。これもキリコにしては珍しい。
「そんなってどんな? ビール一缶くらいで俺に喧嘩を売るのはやめろ」
「売ってない。半分残ってるって言っただけ」
「だから俺はごゆっくりって言っただけだ。──こんな低次元な言い争いを俺にさせるな。せっかくのクリスマス休暇なのにたまったもんじゃない」
「休暇の始まりを台無しにした男の言い草!?」
 あまりにも腹が立って、我ながら信じられないことをした。キリコにビール缶を投げ付けたのだ。素早く受け止めたキリコに当たりはしなかったが、残っていたビールが飲み口から零れて多少ならずの被害を与えた。キリコは大きく息を吐く。怒りの感情を鎮めていることは明白だ。
 明らかにやり過ぎた、とBJは理解した。だが自分の行動にショックを覚え、愚かにもすぐに謝罪の言葉を口にすることができなかった。
「いい加減にしてくれないか」
 キリコは哀れな缶をテーブルに置き、BJがいるソファの隣に腰を下ろした。
「俺が悪かった、それは認めるし謝った。改めて謝る。ごめん。──だからってこれはない」
 BJは唇を噛み、ぷいとそっぽを向く。向いた途端に後悔する。いつもはどんな喧嘩をしても甘えさせてくれる男でも、今は甘えてはいけないと分かっているのについいつもと同じことをしてしまった。
「聞けよ」
 男の声が明らかに苛立っていた。ここでごめんと言えば良いのだと、本当はBJも分かっている。だがやんぬるかな、もう遅い。ここまで怒るキリコを前にすると何も言えなくなる。
 いや、何も言えなくなるだけならまだましだ。自分の性格を恨んだ。
「聴覚なら問題ないから、勝手に喋れば」
 そう、心を許した相手には無駄に強気。そんな性格を恨んだ。キリコはしばらくBJを見詰めた後、軽く息を吐き、静かに言った。
「そうか、それなら勝手にするよ。──俺はもう寝る、おやすみ」
「ちょっ……!」
 それきり立ち上がろうとした男に信じられないほど腹が立った。悲しかったのかもしれない。いや、後者は認めない。わたしは悪くない、どこまでも貫く女の意地だ。
 シャツの裾を掴むとキリコが振り返った。ソファに飛び乗って身長差を埋め、首に抱き着いて唇を塞ぐ。抱き締め返してくれるのではないかと思ったがその気配はなく、自分とてそれを期待したわけではないと言い聞かせた。
「何」
 反応は冷たいものだ。それにまた腹が立つ。言い返そうとしたが、その前にキリコが再び口を開いた。
「それでどうしようって? キスをして抱き締めてセックスすれば機嫌が直るのか?」
「そんなこと言ってない」
 いいや、そのつもりだったのかもしれない、と自分で認めたが、かと言って計算づくでしたわけではなかった。
「したかったからしただけ。そんな言い方ないんじゃない?」
「おまえは自分がしたいことしかしないのか」
「お互い様だと思うけど」
「ああそう、お互い様なら俺が好きなことをしたって構わないよな」
「その勇気があるならね」
 最後のそれは行き過ぎた挑発だ。明らかに男の目に剣呑な色が宿る。それが獣じみた種類のものだと分かった女は思わず息を呑みかけたが、呑む前に唇を塞がれ、骨が折れるのではないかと思うほどに強く抱き竦められた。塞がれた唇に与えられるキスも噛み付くかのごとく強すぎるものでろくに息ができない。苦しくてもがいても身動きひとつ取れなかった。
「う、──ん、……っ」
 本気で抵抗しかけた時、不意に男の力が弱められる。こういうところがずるい、とBJは思う。
 ──怒ってるくせに、わたしが怖がる直前に、暴力じゃないよって教えるのがずるい。
「何のつもり? レイプごっこでもしたいの?」
 だが濡れた唇から溢れるのは最低な悪態だった。キリコの眉が跳ね上がり、それから鼻で笑われる。
「そんな面白くない遊びは御免だね。セックスはお互いに気持ちよくって楽しいのが一番だ」
「今、全然楽しくないんだけど。変な真似しないで」
「してないだろ? 変な真似をしたいのか?」
「最低!」
「ああそう、したいんだ」
「耳がおかしいんじゃないの!?」
「聴覚には問題ないね」
 言いながら左腕で抱き竦め、右手の指は器用にするするとリボンタイを解き、BJがそれに気付く前にベストとブラウスのボタンをほぼ数瞬で外してしまう。衣類で覆われていたはずの肌にひやりとした外気を感じて初めてBJはキリコの所業を理解した。
「ちょっと! 変態!」
「誰がだよ」
 言うなりブラウスの隙間から背中に手を回し込み、その次の瞬間にはぱちんと下着の金具を弾く。あっという間に乳房が飛び出すようにぷるんと揺れて現れた。途端にBJは真っ赤になって暴れ始める。
「馬鹿、変態、最悪、犯罪者!」
「よくそこまで連発でき……っと、馬鹿!」
「きゃあっ!」
 暴れ過ぎて足をもつれさせ、バランスを崩したBJに巻き込まれてキリコも床に倒れ込みそうになる。かろうじて受け身を取って自分が下になり、BJが身体を打っていないことを確認してから「馬鹿!」ともう一度言った。転ぶ原因になった女は下敷きになってくれた男に感謝もせず、図々しくも馬鹿という単語ひとつで怒り出す。
「誰が馬鹿だ!」
「おまえだ、おまえ!」
「ざっけんな、離せ、変態!」
「よく回る口だよ、外に出りゃ人見知りのくせに!」
 こんな口は塞いでしまえとばかりにもう一度強いキスをする。んぐ、とBJが喉の奥で呻いた振動が無理矢理絡めた舌越しに伝わって少し気分が良くなった。まだ暴れようとする女の身体を性差の力で抑え込み、器用に体勢を引っ繰り返してしまう。
「変質者、クソ野郎!」
「胸揺らせて言うことか!」
 凝りずに暴れるたびにキリコの視線の下で派手に乳房が揺れる。これはこれで非常に良い眺めだとついしみじみしそうになるが、後から後から湧き出る悪口雑言には心底辟易だ。闇の連中が手を出さないのも納得だよと思いながら両手の指を絡めて床に抑え付けた。手首を抑えるのはご法度だ、レイプと錯覚させてしまう。
 揺れる乳房の先で存在を主張する乳首に食らい付く。途端に「ひゃっ」と間抜けた悲鳴が上がる。可愛いと思った心は取り敢えず無視して唇で甘噛をすると、BJの身体が大きく跳ねた。
 反射的に捩る身体を甘く抑えることなど容易い。唇で噛んだまま舌先で転がせばすぐに力が抜けることも知っている。
 だが今日の女は強情だった。
「この、犯罪者……っ!」
「言ってろ」
 言い返すために唇を離すと同時に片手を絡めた指から乳房に移動させ、痛みを感じない程度に強く乳首を摘み上げる。
「きゃうっ!」
 可愛すぎる声を挙げてびくりと身体を痙攣させ、それでも真っ赤にした顔でキリコを睨み付ける精神力は大したものだ。だがキリコはBJが両脚を切なげに擦り合わせた仕草を見逃さなかった。
「感じてるくせに」
「──有り得ないし! 変態!」
 いかにも馬鹿にした声に激怒して暴れ出す女をやや本気で抑え付けながらも、痛みと過ぎた拘束力を与えないように気を使いつつ、結局俺は甘いんだと自分で自分に溜息をついて、だが再び強く唇を塞いだ。
 空いた右手で弾力のある乳房を好き勝手に揉みしだき、たまに乳首に寄り道しては指を遊ばせる。指で挟んで捏ねると合わせた唇の奥で喘ぎがくぐもり、その振動が男を心地よくさせた。
 乳房を愛撫しながら強いキスを少しずつ柔らかく変え、普段ベッドの中で交わすような深いものを繰り返す。導かれたことに気付かないままBJは反応し、柔らかくて優しいキスを思い出して陶然とした意識に──ならなかった。
「誤魔化そうったってそうはいくか、このレイパー」
 糸を引くほどの深いキスを離した途端、目元を真っ赤にし、濡れた唇からそれが飛び出すのだからもうたまったものではない。ああそうかい、とキリコは応えた。
「ああそうかい、レイパーで結構だよ。変態でもいいぜ」
「変態は周知の事実、って、この……、ひゃっ!」
 乳首を摘まれながら耳元を派手に舐められて首をすくめる。暴れようとしても力が抜ける最悪の──普段なら最高の──愛撫を繰り返された。キリコの指には抵抗できない乳首を好きにされながら、じゅる、と音が響くほどにわざとらしく執拗に耳元を責められ、罵倒の言葉が鳴りを潜めてしまう。口から零れる声はいつの間にか喘ぎ声に成り代わっていた。違うのに、とBJは悔しくてならず、それでも教え込まれた性感に抗えない。
「ふあ、……ぁ、……っ!」
 まずい、と思った瞬間にびくびくと身体が震えた。荒い息を吐きながら、小さく達した身体の火照りに耐えきれず、無意識にまた脚をすり合わせる。ボトムの下の下着がひどく濡れていて、身動きすると音がしてしまいそうだと思った。キリコが笑う。
「気持ちよかった? 謝っちまえよ」
「あや、謝る、のは、そっちだ、変態」
 荒い息のまま、それでも減らず口は止まらない。キリコはいっそ敬意を表したくなった。あくまで「なった」だけであり、表す気はない。キリコの気とて収まってはいないのだから。
「誰が謝るか。比率で言ったらおまえの方が悪い。謝るならおまえだ」
「比率って──もう!」
 馬鹿、と半ばBJは叫んだ。耳まで真っ赤になったのは男の所業のせいだ。濡れていたのは下着だけではなかった。キリコがそこに触れた途端、すごいね、と笑った。それでますます赤くなってしまう。ボトムまで滲み出ていた事実が羞恥を煽った。
「で? 誰が変態だって?」
「キリコが!」
「おまえだろ」
「わたしは普通なんで!」
「変態に耳を舐められただけでこんなに濡らしていっちまう女が普通? 冗談だろ?」
「耳だけじゃなかったし! ちゃんといってないし!」
 ちゃんと、と言う言葉に吹き出しそうになったが何とか堪え、キリコはからかう口調で言った。
「まだ冷静だな、結構結構」
「──あぁ!」
 濡れた衣服の上から正確に秘芯を強く押され、電流のように走った快感を制御しきれずに腰が跳ねた。そこでまたキリコの神技で、ボトムをするりと脱がされてしまう。自由になった脚をばたつかせようとする前に再び押さえ付けられ、この変態、と呻いた。
「まだ言うか。いい思いしたくせに」
 キリコは涼しい顔だった。女が自分から膝を立てたのだから当然だ。そこに身体を割り込ませ、体重をかけないように覆い被さって唇が触れるぎりぎりまで顔を近付けた。
「もう一回言ってやるよ。比率で言うならおまえが悪い。謝るべきはおまえだ」
「そんなことにこだわるなんて小さい男」
「その小さい男に惚れてる女は誰だよ?」
「さあね、物好きな女もいたもんだ!」
「ったく」
「──ん……っ!」
 びしょ濡れの下着一枚になったそこを指でなぞられ、BJは反射的に唇を噛んで性感をやり過ごそうとする。無論お見通しのキリコの指先は心得たもので、下着越しに蜜が溢れるそこをゆるく撫で、時に秘芯を爪先で引っ掛けては、そのたびにもどかしそうに甘い呻きを漏らす女の切なそうな顔を見下ろして楽しんだ。俺は今きっと本能に忠実な顔だろうな、と思った。仕方ない、とも思った。
 ──仕方ないだろう。本能を優先したくてたまらないんだから。今すぐこの女に俺のペニスを突っ込んで、好きなように腰を振って、こいつをひぃひぃ喘がせたくて喜ばせたくて仕方ないんだ。
 我慢できてる俺は紳士だ、何て素晴らしい男だ、と自分で自分を絶賛しつつ、しかし今の状況が楽しいことも確かで、指先に意識を集中させることにした。びしょ濡れの下着はもう本来の役に立っていない。濡れた布の感触越しに指先を楽しませる、そして女を悶えさせる新たな役目を与えられている。
「ん、ん……っ」
 濡れた布越しの曖昧な刺激がもどかしく、指をそこから外したくて、BJは何度も身を捩る。無論無駄な抵抗に過ぎず、男の指は忠実に付き従って追い掛けて来るばかりだ。たまらなくなってのけぞるとキリコが笑い、腹が立って減らず口を叩こうとした瞬間、ぴんと指が秘芯を弾いて喘ぐはめになる。
「ぁ、あ!」
「気持ちいい?」
 謝っちまえよ。男がわざと湿った吐息と共に耳元で囁いた。ああ、とBJは思う。ああ、いつもなら。──いつもならこれだけで感じちゃう。
 それなのに今は、と悔しくてならない。
 ──すごい、すっごい悔しい。わたし、今のでめちゃくちゃ感じてる。
 囁かれた途端にまた溢れた。悔しい。普段なら恥ずかしいと思うのに、今はとにかく悔しい。だが本当は分かっている。自分に非があったことなど、本当は最初から分かっていた。
 ねえ、と男が少し優しい声を出した。だから少し甘えた声で呼んだ。
「キリコ」
「うん?」
 観念したと思った男の返事は柔らかく、そして微笑んでくれた。
 だから言おうと思った。
 ごめんね、わたしが悪かったの、だからもう意地悪しないで。
 そう言う予定だった。
 自分の性格を恨まざるを得なかった。
「調子に乗ってんじゃねえ、早漏」
 違う、そうじゃない──BJは自分で自分を殴り飛ばしたくなる。
 キリコの笑顔が凍り付き、数秒の沈黙が降りる。
 そしてキリコは言った。
「よろしい、ならば戦争だ」
 心底、自分の性格を恨んだ瞬間だった。


「あ、ぁ、や……あ──っ!」
 戦争だ、と言ったキリコが恨めしい。勝負は見えているとしか言いようがない。投げ出されたソファで全裸にされ、身体中を指と唇でゆるやかに愛撫され続けて、もう何度小さく達したか分からない。そのたびに意地悪く、ほら気持ちいい、と言われて悔しい。
「ぁ──……っ!」
 まただ。指を舐められただけでまた小さな絶頂を得る。もう全身が経験したことがないほどの性感帯に成り果てて、どこに触れられても、どこにキスをされても、それだけで小さく達してしまう。それなのに大きな、本能が求めるような絶頂は与えてくれなくて、本当にこの男が憎たらしくてたまらない。濡れて溢れる場所がひくついているのを見ても笑うだけだ。いつもなら唇か指かを与えて優しく愛してくれるのに。
 だがそれを悲しいとは思わない。むしろ腹が立って仕方ない。
「この」
「うん?」
「この、変態……っ!」
「その変態に散々気持ちよくされてるのは誰だよ」
「ん──っ……!」
 また指を舐められ、今度は乳首を同時に甘く捻り上げられる。指一本動かせなくなっていると勘違いするほど動きを奪われているのに、性感は止まるところを知らない。執拗とも言える愛撫の連続と小さな絶頂の繰り返しで、かなりの体力を削られたことも確かだった。
 下半身はひどいもので、汗なのか愛液なのかももう分からないほどに濡れそぼっている。びしょ濡れになった太腿を撫でられるだけで喘ぎ、喘ぐたびに減らず口を叩いた。
「きもち、よく、ないっ!」
「まだ言うか」
「ひっ!」
 秘芯をきゅうと摘み上げられて悲鳴を挙げた。すぐに薄皮を剥かれてひやりとした空気をそこに感じ、だめ、と思わず焦って言ってしまう。
「だめ、そこはだめ……!」
「ふうん」
「──や──……っ!」
 だめと言う哀願は無視された。分かり切った男に剥き出しになったそこを非情にも強く弾かれ、声にならない絶叫を上げて初めて大きな絶頂を得た。びくびくと何度も痙攣する身体を持て余しながら、あぁ、あぁ、と意味のない声を漏らしてしまう。
 キリコが自分を見下ろしていた。目が合った。ああ、と思った。腹の奥底から甘い、だが激しい痺れが湧き上がるほど、明らかに自分に興奮している。
 我知らず手を伸ばした。男の服越しに触れた途端、キリコが湿った熱い吐息を零す。硬くなっていたそれを指でなぞると僅かに呻きが漏れた。嬉しくなった。
「キリコ」
 嬉しい。
 だから言った。
「興奮しやがって。ざまあみろ」
 一瞬唖然とした後、やがてキリコは低く笑った。
「最後まで戦い抜く覚悟は勲章物だよ」
「そっちこそさっさと降伏しろよ。この状態でまだ痩せ我慢?」
「総力戦ならまだまだ余裕だね」
「やれるもんならやってみろ、早漏」
「……っ」
 言うなり手に力を込めればキリコは呻くしかない。Fuck you、まさしく今の状況でしか正しい使い方ができない下卑た言葉を口にする。ようやく小さな勝利を手に入れたBJは鼻で笑い、滅多にないことだと自分でも思いながら手での愛撫を繰り返した。
「やめろ、このクソビッチ」
「余裕って言わなかった?」
「奇襲は卑怯だろ、滅多にやらないくせに」
 キリコがBJの手をそこから外させる。悔しがって身体を起こし、また手を伸ばそうとしたBJにキスを仕掛けて誤魔化し、それも嫌がってもがく女を抑えながらバックルを外した。音を聞き付けたBJが手を出し、止める前に直に触れられる。合わせた唇の下でBJが濡れた息を漏らしながら笑った。
「すっごい硬いし、濡れてる」
 ああもう、とキリコは心底呻いた。相手も総力戦だ。だがこの攻撃は余りにもひどい。こんなことを好きな女に、しかもいやらしく、更に言えば態度からは考えられないほど慣れない手付きで触られたまま言われるなど、男にとってひどい攻撃にしか成り得ないではないか。
「──この!」
「きゃっ!」
 無理矢理に手を離させて、ころりとソファに転がす。自分では太いと言って隠したがり、キリコからすればそこそこ肉感的かつ魅惑的な脚の間にすかさず割って入った。
「ちょっと、──っ!」
 溢れたそこにぴたりと充てられたBJは息を呑む。認めたくないことだが期待した。期待したと自覚する前に腹の奥がきゅうとうねった。だが数秒後、キリコの思惑を見抜いたBJは喚きに喚き散らす。
「この変態、早漏、馬鹿、死神!」
「そろそろ新しいセンテンスを出してみろ、聞き飽きた」
「人でなし!」
「悪くないね」
 触れさせて存在を誇示し、満たされる予感で歓喜した女の身体をあざ笑うように、それ以上進まない。キスをするように触れさせてはすぐに腰を引き、たまらずに腰をくねらせるBJの目元に涙が浮かんでいる光景を見て満足した。
「人でなし、いいね。おまえが悶えるのが楽しくって仕方ない」
「自分、だって、入れたい、くせに」
「うん、まあね。──ほら」
「ん──!」
 ほんの僅かに入り込み、そしてすぐに抜いてしまう。BJが苦悶にも似た呻きを漏らし、涙目で睨み付けた。可愛い、と背筋がぞくぞくするような視覚的快感を得たキリコはもう一度、今度は少し深く腰を進めた。今度は抜かず、充分すぎるほど濡れていながらもきつい入り口を堪能する。柔肉がきゅうきゅうと切なげに動き、もっと、もっと奥、と健気に誘い込もうとした。ここまで可愛いんだな、とキリコは我ながら馬鹿なことを思う。
「あ、ぁ、馬鹿、ぁ……!」
 奥まで潜り込みたいのはやまやまだ。だがまだ戦闘中、降伏のサインを確認するまでは追撃の手を緩めてはならない。その場所から進まないまま、だが小刻みに突いてBJを悶えさせながら、さて次はどうするかなと考える。
 だが不意に、BJが痙攣を起こした。
「あ、──ぁ、だめ、──あぁ……っ!」
 びくびくと大きく震えたかと思うと、何の前触れもなく男を僅かに飲み込んだ場所をこの上なくきつく締め付けた。キリコが思わず呻いたほどの強さだ。何だと思う間もなく生温い水が勢いよく溢れ出し、繋がった身体だけではなくソファまでもを濡らしてしまう。
 だがキリコはそれに文句を言うはずもなく、それどころか半ば呆然としながら、自分の下で胸を上下させるほどに荒い呼吸を吐き、ぐったりと力を抜いて、焦点の合わない目で、あぅ、ぁ、と小さい声を漏らすBJを見下ろすだけだった。
 我ながら呆然とした声で問う。
「潮吹いちゃった?」
 BJは応えない。蕩け切った顔で宙を見て、断続的に痙攣を繰り返すだけだ。
「ごめん、そこまで入ってると思ってなかった」
 慌てて腰を引く。これは自分のミスだとキリコは認めた。奥まで入り込まなくても、その手前、少し浅い場所にBJがひどく感じる場所があることを忘れていた。普段は指で愛撫する箇所で、こんな触れ方をしたことがなかった。
「大丈夫?」
「……ち」
「え?」
 蕩け切った声で、だが僅かに目に光が戻り、BJはゆっくりとキリコを見上げ、上気した顔で宣言した。
「キリコが謝ったから、わたしの勝ち」
 やがて勝ち誇った顔をされ、キリコはその顔をしげしげと数秒かけて見詰める。
 そして大きく息を吐き、BJの上に倒れ込んだ。
「参りました」
 途端にBJが笑い出し、キリコにしがみつく。キリコも笑ってキスをし、ごめんね、ともう一度言った。いいから、とBJが言った。
「いいから、早く入れてよ。早漏でも頑張れるだろ」
「早漏じゃねえって何度言えばいいんだ、クソビッチ」
「もう諦め──ん……」
 減らず口はそこまでだと言わんばかりに入り込んで来た熱に、甘く抜けるような吐息を漏らして顎を反らせる。あらわになった喉に男が強く唇を充て、痕が残りそう、とやっと蕩けかけた意識の中で思う。
「キリコ」
「うん?」
「もっと奥」
「平気?」
「さっさとしろよ、早漏」
「──このクソビッチ!」
 結局最後まで減らず口が消えることはないのだと理解したキリコは思い切り腰を突き上げる。BJが歓喜の悲鳴を挙げ、呑み込んだ男を柔らかく、だがきつく締め上げて搾り取ろうとした。そうはいくかと突き上げながら両の乳房を握るように掴み、捏ねては乳首を弾いて嬌声を途切れさせることを許さない。そのたびに締め付けでお返しを喰らう。
「ああ、もう──むかつく、きもちいい、──ぁ、そこ、いい、もっとぉ……」
「罵るかよがるかどっちかにして欲しいもんだね」
「──あぁ!」
 思い切り突き上げられた熱に最奥を貫かれ、BJは啼きに啼く。男を煽ると知っていて敢えて啼き、あっさりと煽られた男は女が望むままに振る舞うことになる。
 終わったはずの戦争はあっさりと再開し、だが明らかに互いの快楽を与え合うための共闘に代わっていたのだった。


「ビールがないならカヴァを飲めばいいじゃない」
「どこの王妃だ」
「冷蔵庫にあったけど?」
「あれは明日、氷水に入れて冷やして夜に飲むんだよ。冷蔵庫じゃ冷え切らない」
 終戦後はだらけたものだった。二人して下着もつけずに煙草を咥え、予定が潰れたための空腹と酒欲を思い出す。汚れたソファを明日のキリコが片付けることは運命付けられているものの、不満を言えないのが敗残者の立場だと言える。
「何か食べに行く?」
「今から? 何時?」
「わたしとキリコがあの店でディナーを食べるはずだった時間から4時間後」
「なるほど、俺がクリードにわざとらしい健康不安の相談で引き止められてから5時間後か」
「あ、そうなの」
「そうだよ」
 嫌味には嫌味で返し、そして会話と事情説明が完了する。そして互いに思う。こんなふうに数秒で終わる話なら、なぜあの時話しておかなかったのか。人生は上手く行かない。
「わたしが言うのも何だけど」
「うん?」
「それ、クリードが邪魔したんじゃないの」
 まあそうだろうね、とキリコが溜息をつくと、だろうなあ、とBJも溜息をついた。あの超上流階級の男にも子供じみた部分があるものだ。それにしては患者と言う立場を悪用するという中々のひどいやり口だが。次は怒って無視して帰って来よう、俺だってたまにはいいお医者さんをやめたっていいはずだ、とキリコは思った。
「お腹すいたー。お酒飲みたいしー」
「こんな時間じゃ気の利いた店なんかやってないぞ。デリかファミレスで我慢しろ」
「クリードに電話して」
「はあ?」
 喧嘩の原因の大本とも言える男の名前に、流石にキリコが眉を跳ね上げる。だがBJは涼しい顔だ。モグリの外科医の顔で新しい煙草を咥え、ぴこぴこと唇で上下させて不敵に笑う。
「あいつならどこの店でも無理が利く。わたしが死ぬほどキレてるって言えばすぐ手配するよ」
「おまえなあ」
「わたしが電話した方がいい?」
「いいや、彼に償いのチャンスを与えるのは俺の役目だと思うね」
 一瞬嫌な気分になったことは忘れ、それは素晴らしい嫌がらせだと認めたキリコは派手な音を立ててBJにキスをしてから電話へ向かう。BJが笑って後ろから腰にしがみつき、せめて服は着て待ってないとね、デリバリースタッフには罪がないんだから、と言った。確かにそれは正論だとキリコは笑った。
 自分の恋人に惚れている男に電話をして頼み事をするという最高の嫌がらせをし、電話の向こうの男が「覚えてろ」と低く呟いた声に心地よさを感じながら丁寧に挨拶をして、キリコは受話器を置いた。とても喜んで聞いてくれたよと言うと、流石にノーコメントかな、とまるで自分に罪はないかのような顔でBJが言う。こいつは本物のクソビッチだとキリコはしみじみしながら断定した。
「食べたら」
「うん?」
「もういっかい。今度はベッドで」
 戦争はもうおしまいね、優しくしてね、とBJが囁き、キリコは笑って抱き締める。
「早く食事が届けばいいのに。待ち切れないよ」
 恋人の心からの声にBJが嬉しそうに笑って、わたしも、と言った。そして二人で全く同じタイミングでキスをしようとしたことに笑い、それから改めてゆっくりと唇を重ねた。