バニーガール姿にならないと出られない部屋

SSとか

Mさんに「ネタくれ」って言ったらこれをくれたので書きました。ありがとうございました。楽しかったです。あちこちメタいですがそういうもんです。

「もう流行らないのに、こんなの」
「色々便利なんだろ」
 BJの呟きはもっともかもしれない、とキリコは思う。気づけばここにいた。一時期、世間を席巻した部屋だ。
「セックスしないと出られない部屋、っていうのよりはマシだ」
「そりゃあキリコはね! そうだろうね!」
「怒るなよ」
「怒ってない、呆れてるだけ!」
「誰に」
「”バニーガールにならないと出られない部屋”なんて考えた誰か!」
 憤懣やるかたないとはこのことだ。BJは頬を紅潮させ、信じられない、ばかばかしい、良識を疑うと言いたい放題だ。
「女を何だと思ってるんだか。わたしがバニーガール? 誰も喜ばないじゃない!」
「喜ぶ、喜ばないの世界じゃないんじゃないか」
 キリコは適当に相槌を打ちつつ、BJの激情が落ち着くのを待った。正直、自分はまったく被害がない部屋だと思っていた。
 だがふとBJがはっとした顔になる。
「キリコ」
「うん?」
「これ、わたしが着なきゃいけないなんてどこにも書いてないし言われてない」
「どこにも書いてないし言われてないが、俺は今とんでもなく恐ろしい提案をおまえからされそうな予感に襲われている」
「言っていい?」
「聞きたくないね」
「愛してるって言おうと思ったのに!」
「おや、嬉しいね」
 絶対嘘だろ、とは言わずにキスをする。そしてキリコが何とか話題を逸らせようとする前にBJがあっさり言った。
「キリコが着ればいい」
「No! definitely not!」
 言われた瞬間、キリコにしては珍しく大きな声、かつ早口で喰い気味に「絶対に嫌だ」と拒絶する。BJは唇をとがらせた。
「そこまで嫌がらなくてもいいんじゃない?」
「ここまで嫌がらないとおまえは理解しないだろう!」
「じゃあ部屋から出られないじゃない!」
「俺が着たら視覚的暴力になるんだよ!」
「別にそんなこと──」
 ふっと間を開け、BJは頷いた。
「すっごい暴力」
「だろう?」
「さすがキリコ、頭いい」
 おまえの想像力が足りてねえんだよ、とは言わず、キリコは荒れかけた心を鎮めるために煙草を咥える。この部屋の換気がどうなっているかは知らないが、おそらく問題ないだろう。
「え、まずい」
「どうした?」
「キリコのバニー姿を想像したら気持ち悪くなってきた」
「俺はそろそろ怒っていいはずだ」
「それはともかく」
 BJも自分の煙草を咥え、火を点けてひと吸いしてから言った。
「そうなるとわたしが着るしかないってことか」
「だろうよ」
「え、いいの?」
「いいって何が?」
「わたしがバニーガール姿になって誰かに見られてもいいわけ?」
 何を言っているんだ、と言いかけ、キリコは口をつぐんだ。つまるところ、この部屋から出る条件をクリアしたという証明はどこかからの視線による判断だ。
「……いや」
 必死で言葉を探しながら煙草を消した。ひとつでも間違えれば地雷原に突入だ。伊達にメンタルが崩壊した女と事実婚を貫いているわけではない。決してミスをしてはならない瞬間だと理解した。無論、表情に出すような愚は犯さない。
「好奇の目に晒されるような場所なら絶対許せないね」
「だったら──」
「でも今はそうじゃない。違う状況だ」
 とにかくBJに喋らせない。これは地雷原の手前で踏みとどまるための必須のテクニックだ。
「おまえも俺も、何はともあれここから出なくちゃいけない。そのためには条件をクリアする必要がある。その条件はとにかくバニーガール姿になることだ」
「そうだけど、でも──」
「いいか、マフィン。俺がそんな姿になったら? 気持ち悪いな? そうだろう?」
「無理。だって──」
「そうだな、そうだろう? 俺だってそう思うし、俺は何よりおまえにそんなものを見せたくないね」
「……そっか」
「それに、噂じゃこの部屋の結果を外に面白おかしく吹聴するようなことはないって言うじゃないか。俺たちだってそんな話は聞いたことがないだろう?」
 BJが思い出そうとする顔になる。その結果を待たず、BJの指から煙草を奪って火を消したキリコはひたすら言葉を重ねる。
「さっきも言ったが、好奇の目に晒されるような状況なら俺はおまえにバニーガール姿になれなんて言わない。それなら俺が着る」
「無理」
「そこは俺の愛に感動するところです」
「あ、はい」
「結論として、おまえが着る。それですべて解決する」
「それはそうなんだけど──」
「何より」
 地雷原回避成功を確信しながらキリコは言った。
「俺が見たい」
 ええー、なにそれー、嫌なんだけどー、とたちまち満更でもないような顔で嫌がる振りをし始めたBJに、可愛いって、絶対可愛いよ、と言ってキスをしながらキリコは胸をなで下ろしていた。地雷原回避成功の瞬間だった。

 結論から言えば「非常によろしい」である。少なくともキリコは心から満足した。最高の部屋だ、とまで思った。──最高だ。最高の部屋だ。見ろ、っていうか俺以外見なくていいんだがそう言いたくなるこの可愛さたるや。どうだ、実はこいつのproportionは最高なんだ、って失礼、つい母国語のガチの発音になってしまったがつまるところプロポーションが最高すぎるんだ、黄金比だ。普段はあの格好だからそうそう気付かれないんだが地味に整っている。そりゃあモデルのような体型じゃないがそんなもんはユリにでも任せておく。あと地味にそういう女とばっかり付き合ってきたからもうお腹いっぱい。とにかく俺好みに整っている。俺好みっていうか多分俺くらいの年齢のオッサンが好きな体型。どうも、40歳です。その体型でバニー。分かるか。めちゃくちゃ可愛い。ちょうどいいサイズのおっぱいにぴったりくっついた有能なんだか無能なんだか分からんバスト部分の布。そこから続く引き締まったウエスト。腰骨から食い込み気味に、いやこれ食い込んでるわ、だがそれもいい、こいつ実はちょっとヒップが大きめなんだがそこがいい、理解できない奴とは友達になれない。とにかく素晴らしいヒップライン。そこに網ストッキング? 誰だ? 誰がバニーガールに網ストッキングを履かせようなんて提案したんだ? ノーベル賞ものだ。素晴らしい。はっきり言えば40男の鼻の下も伸びようと言うものだ。もっとはっきり言えば下半身直下型だ。まったくもって素晴らしい。まったくもって──

「まあ、いいんじゃないか」
「何、その言い方!」
 内心の激情など微塵も見せない。そこは意地か、それとも見栄か。だがこれも地雷原回避だった。露骨な興奮は女性に嫌がられると知っている40男だからこそのテクニックである。
「可愛いってことだよ。想像以上だ」
「またそういう適当なこと言う」
「本音だよ。部屋もそう思ってるはずだ」
 その瞬間、どこかでがちゃりと音が聞こえた。開いた、とBJが呟き、キリコは息を吐く。
「着替えて帰ろう」
「うん」
「持って帰れよ」
「ええ、いらない、こんなの」
 本気で眉をひそめるBJににこりと笑いかける。それから指先で顎をクイと上げさせ、唇が重なる寸前まで顔を近付けて言った。
「家でもう一回着てくれよ。もっとゆっくり見たいし、ゆっくり脱がせたいし」
 今、すごく我慢してるんだよ。最後に小声で付け加えると、うう、と間近でBJが呻く。
 それも可愛くて笑いかけたが、笑う前に背伸びしたBJに噛み付くようなキスをされ、ああ、早く帰りたいな、と思った。

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「世間を席巻した」の「世間」とは。

SSとか

Posted by ringorira