賽の河原にアメリカ人
どうしてこんなネタになったのかよく分からないんですが、何となく思い浮かんだので書いておきました。「書いておきました」って変な表現ですが、寝かせると忘れそうな小さいネタをメモしとこうか、くらいの感覚。賽の河原が出て来ますが特にオカルト系ではありません。あと本当に宗教じゃなくて民俗学かどうかはきちんと調べてないので確信が持てません、すみません。
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キリコは物知りで、何かを訊けば大抵答えてくれる。日本の文化にも詳しい。たまにわたしより深く知ってることもあるくらい。
でもやっぱり知らないこともある。
今日の夕飯のあと、ピノコが選んだ歴史番組を観ていたとき、ちょっと首を傾げた。
「何?」
「うん?」
「首、傾げたから」
「──ああ、うん。これ、さっきの」
ちょうどCMになったから、わたしとピノコはキリコを見る。
「さいのかわら? って聞こえたんだが」
「ああ、賽の河原か」
わたしたちにはお馴染み(?)の言葉でも、さすがにキリコは知らなかったらしい。そうういえばアメリカ人は賽の河原に行くことはあるんだろうか。なさそう。
「賽の河原っていうのは──」
実はわたしがキリコに物を教えるのは珍しい。ちょっと不思議な気分になる。キリコは真面目に話を聞いている。でも、ちょっと眉をひそめた。
「親より先に死んだら親不孝? 馬鹿な話だ」
「ああ、まあねえ」
「せっかく積んだ石を崩すなんて、血も涙もない」
「鬼なんらからそんなもんなのよさ」
ピノコの日本人らしい突っ込みに「なるほど」と呟いて、キリコはCMが終わったテレビに視線を戻した。でもしばらくしたらわたしの書斎へ行ってしまった。あんまり好きな話じゃなかったんだろうな。優しい男だから。
番組が終わる頃にまた戻って来て、わたしはピノコに寝るように言い付けて、ピノコはそれにおとなしく従って──普段は抵抗するのにキリコが来ると妙に早寝だ──、わたしとキリコはテラスで煙草をお供にちょっと酒を飲んだ。
「子供たちは」
「え?」
「賽の河原の」
「うん」
ずいぶん気にしてるんだなあ。教えなきゃ良かったかも。
「最後は菩薩に救われるって言っても、それまでの時間は長いよな」
「あの世の時間だから」
分かるわけないじゃない、って正直思ったけど、でも言うのはやめた。
「でも、長いかもね」
「悪いことなんてしてないのに?」
「昔の因習だから」
「そこが難しいんだよな、日本の宗教は」
「これ、宗教じゃないよ」
「え?」
「単なる俗説。民俗学って言えばいいのかな」
「──難しいな、本当に」
キリコは溜息をついて煙草を揉み消した。明日から新しいジャンル──日本の民俗学──の勉強を始めそうな顔だった。まあ、たぶん始めるだろうな。
「そんなに長いこと石なんぞ積んで」
「うん」
「疲れるだろうし、腹も減るだろうな」
そういう感覚もないんじゃないの──そう言いかけたけど、やっぱりやめた。この人が好きだなあ、って思ったし、もしも言ったら、好きだなあ、って思ったときのあたたかい気持ちが少ししらけてしまいそうだったから。
菩薩が早く助けに来てくれればいいよねえ。そんな話をしながら時間を過ごして、少し月が傾いてからキスをして、それぞれのベッドで寝た。
次の朝、キリコは少し寝坊した。珍しかった。
「夢見が良かったのか、悪かったのか」
大きな欠伸をしてから言って、ピノコが綺麗に整えた朝食のテーブルにつく。いただきます。
「夢?」
「うん」
「どんな?」
「うーん」
妙にくぐもった声で呻いてから、ピノコ特製の茄子の浅漬けをかじっている。こういうとこ、すっかり日本人っぽい。でも見た目が欧米の映画俳優みたいだから何だかずるい。かっこいいからいいけど。
「パンケーキとチョコレートを持って行ったんだが、文化が違うから食べられないんじゃないかと思って」
「夢の中でもボランティア?」
「あれはボランティアなのかな。──それで困ってたら、おまえがボンカレー、お嬢ちゃんが炊飯器ごと白米、ユリが牛乳を持って来た」
「どこの話? どこの国?」
「賽の河原」
わお、って声が出ちゃったかもしれない。ピノコは「ロクターの夢の中でもちぇんちぇいはボンカレーなのよさ」と笑った。キリコは溜息をついてご飯を口に入れる。ゆっくり噛んで飲み込んでから言った。
「ボンカレーはみんな食べられた。そうしたら今度は、子供の数が多くて足りないんじゃないかと心配になったんだ」
でも、って言ってから、キリコは急に笑った。思い出し笑いだ。キリコにしては珍しいけど、たまに見ると──わたしがすごく嬉しくなるくらい、楽しそうで、嬉しそうだからすごく好き。
「ボンカレーも白米も牛乳もなくならない。いつまでも湧き出るように出てくるんだ」
ああ、優しいなあ。
本当に優しい男だなあ。
わたし、この人が本当に好きだなあ。
「子供たちはお腹いっぱいになった?」
わたしの問いに、キリコはわたしを見てから、それから微笑んで答えた。
「きっとね」
そっか、とわたしも微笑んだ。嬉しかった。
お昼はボンカレーにするのよさ。そう言ったピノコの声は妙にこまっしゃくれていた。
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普段より会話が熟年夫婦っぽいな、と自分で思ったんですがどうでしょう。
あとカレーに牛乳ってどうなんでしょう。
私は結構好きな組み合わせですが一般的ではないかも……

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