夜中の話
寝たり起きたりして書いてました。潔く寝たくないのが休日前というものです。最初はうっかりうたた寝して起きたらかっこいい彼氏が帰って来てて優しくてやだ~スパダリ~! って話のはずだったんですが、書いている間に話が変わるなどよくあることです。
——————–
キリコやユリがいない日、普段ならピノコと一緒に眠ってしまうことが多い。今日は読みたい医学書があった。書斎で心ゆくまで読み終えた後、時計を見たら23時だった。
新しい知識で興奮する脳を鎮めるために、お茶を飲みにキッチンへ向かう。キリコが置いているハーブティがあったはずだ。あの男が出入りするようになってから、今までの間家には無縁だったものが随分と増えた。
その男は今、仕事で北京へ行っている。何の仕事かは知らないが、BJに行き先を告げてから出国するということは安楽死の仕事ではないという証明だ。それさえ分かっていればよかった。
オレンジブロッサムの葉を丁寧に広げてティーカップに注ぎ、キッチンで立ったままひとくち飲む。オレンジの果汁のような香りが鼻腔を通り、思わず深い息を吐いてしまった。思った以上に脳が疲れていたらしい。本を読み始めると過集中気味になってしまう癖を直したかったが、幼い頃からのそれはまったくコントロールが利かなかった。
ティーカップを持ってリビングへ行き、何となくテレビをつける。また脳が興奮しちゃうなあ、と思いつつも、夜中の1人の時間が嫌いではなく、ついやってしまうことだった。
ちょうど流れていた番組を見るでもなく眺め、ソファに深く沈んでしまった。早く寝れば良かったと後悔しながらもテレビを見続けてしまう。画面の中では飛行機というにはあまりにも凶悪な戦闘機が爆弾を落としていく。鶏がタマゴを産んでるみたい、とぼんやりと思いながらティーカップを唇に運んだ。オレンジの香りが広がると共に、画面の中では炎が広がる。
──あんな中にいたんだなあ、わたしたち。よく生きてたもんだ。
ナレーションが重々しく語るベトナム戦争は公平とは言い難い視点だが、そんなものはBJに関係なかった。勝てば官軍とはよく言ったものだ。昭和という時代を知る日本人の多くは語るまでもなく実感している。BJも例外ではなかった。
それからしばらく画面を眺め続けた。ナレーションが訴えたいことは何一つ伝わらなかった。あの日々を思い出すだけだった。こんな夜は珍しい。普段は不思議とあの日々のことをあまり思い出さない。
それでも1度思い出すと、鮮やかにすべてが蘇る。
あの日々、密林、蒸し暑さ、出会った人々──最後にいつも思い出すのはあの軍医だ。当たり前のように思い出すものだから、懐かしいという気もなくなってしまう。
嫌な奴だった、でも素敵だった、好きになった、手紙を待っていた──その軍医は今、なぜか唯一無二の最後の男として自分の人生の中に存在している。そして唯一無二の商売敵として対極の場所に立つこともある。
もしも再会しなければ──何度かそう考えたことがある。だが考えるたびに無意味だと思う。再会しないはずがなかった。互いが互いの生き方をしていれば、いずれ必ず道は交わったはずだ。
画面の中では密林が燃えている。記憶の中の軍医が振り返る。木々が焼ける。密林の木々の中に立ち去ろうとする軍医が笑う。やがてその笑顔はまるでノイズが走ったようにぼやけて、品があるのに冷たくて皮肉な笑みを見せる死神の顔に変わる。ナレーションが語り続ける。この戦争によりアメリカは建国史上初の敗北を──多大な犠牲者を──負傷者を──軍医は片目を──心の傷を──生と死を──
安楽死を
「クロオ?」
自分でもはっきりと分かるほどびくりと身体を震わせた。ひとつだけの青い瞳の中に自分の顔が映っていた。眠ってしまっていたのだと気付く前にキスをされ、なぜか焦燥感に襲われて身体を離したくないと思った。だから腰を折ってキスをしてくれたキリコの首に腕を回し、寝ぼけた振りをしてもう一度キスをねだった。
テレビから砂嵐の音が聞こえて、ああ、よかった、と思った。よかった、──この人は見なくてもいい映像だったのだから。
「帰って来たんだ?」
「さっきね」
空港からは都内のキリコの家より間家の方が近い。そう言って、帰国後は真っ直ぐこの家に来ることが増えた。本当はそこまで差がないことを知っていたが、BJはそれを指摘しようとは思わなかった。わたしが嬉しいんだからそれでいいじゃない──誰にともなく心の中で言い訳をする。
キリコがテレビを消し、隣に座って抱き寄せてくれる。BJは好きな男にもたれかかり、北京はどうだった、と訊いた。特に興味があるわけではなかったが、キリコの声が聴きたかった。キリコはBJが楽しめそうな話を選んで話した。
夜が更ける中、波の音とキリコの声が混ざり合う。波の音がいつしか密林の葉擦れの音に成り代わって、それが嫌だと思った。密林の中に軍医が消えた時のことを思い出してしまいそうだった。
だから、ねえ、と呼んだ。話の腰を折られたことに怒らず、うん、とキリコは優しく返事をした。それが嬉しくて人差し指を好きな男の唇に当てる。キリコは少しきょとんとしたが、やがて何も問わずに同じことをしてくれた。
密林でキスの代わりにしたそれは、静かにBJのぼんやりとした不安を取り除いてくれる。やがて指はいつの間にか唇に代わり、抱き竦められた腕の中での深いキスになる。
あの日々を忘れたいわけではない。そんなことがあろうはずもない。あの日々は生涯忘れ得ぬ記憶だ。だがそれでも、今ここにあの彼がいると分かっていても、密林の中に消えて行く彼の姿を思い出したくない時と、その先で失った瞳のことを考えたくない時がある。
「マフィン」
何かあったの、と人の心の機微に聡く優しい男が柔らかい声で問う。
言う必要はなかった。思い出したくないし、思い出させたくなかった。だから素直に言った。
「会えて嬉しい」
それだけ。そう言うと、キリコはまたキスをしてくれた。嬉しかった。
密林の葉擦れの音を聴きたくなくて、好きな男の腕の中に隠れてしまう。髪を撫でてくれる男の鼓動が葉擦れの音を遠くしてくれた。
それでもまだ聞こえるような気がして、聴きたくなくて、だから、愛してるって言って、とねだろうとした。ねだる前に言ってくれた。その声が葉擦れの音を消してくれた。嬉しかった。
—————
キリコが帰って来る手前で寝落ちしました。起きてダッシュでクローズしました。
この後は時差ぼけか飛行機疲れでキリコが眠り込んだら面白いなーと思ったんですが北京(時差1時間程度)だし体力オバケだしそれはなさそうだな。
元軍医の体力すごい。
書きながらキリ黒書きたいなって思ってました。Far Awayとcryで書きたいこと全部書いちゃったからもう書かないけど。
書くならcryとUNI-VERSEの間にちょっと何か……ってところでしょうか。
たしかにあの2本の間にはもうちょっと距離が縮まる話があってもいいと思う。
最近のコメント