ちゅーしての続き
勢いで足しました。
さすがにキリコに夢を見過ぎた感が凄い。
この後あ●かんしようか迷いました。
しないよ。
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「特にないかな。食べ物はあの二人に任せておくのが正解だし」
「まあ、見て回ろう。せっかくだ」
言うなり頬にキスをされ、手を繋がれる。反論する気など毛頭なく、それでも仕方ない風情を装いたがる自分が少し嫌になり、キリコ、と呼んだ。
「うん?」
「……あの」
「うん」
背の高い男を見上げる勇気がなく、それでも顔を見て言ってみたい。上目遣いになってしまいながらも、BJにしては素直に、そして多少以上の努力を発揮して言った。
「……ちゅーして」
キリコの表情が急に固まり、途端にBJは後悔する。らしくないことを言ってしまった、呆れられた──だがそうではなかったとすぐに知ることになる。キリコが「神よ」と呟く声が聞こえたような気がした次の瞬間、かたく抱きすくめられ、人前では到底することがないはずの強く深いキスをされたのだった。
周辺の人々は流石に驚いたようだが、そのうちにやにやして日常風景の中に入れてくれる。都会の人だからねえ、と言う声も聞こえ、キリコのキスから逃れなければと思う社会性と、だが逃れたくない本音と戦いながら、何とか顔を離し、「馬鹿キリコ!」と恥ずかしさのあまりの涙声で怒り、男の下顎に渾身の頭突きを喰らわせた。
「信じられない! こんな場所で!」
「今のは我慢できなくても俺を責める男はいない」
「知るか! 馬鹿!」
「ちゅーしてって言ったのはおまえだろ」
「こういうのじゃなくて! 馬鹿か!」
「分かったよ、俺が悪かったよ」
悪かったと言いながら反省の色ひとつない。周囲の冷やかしの声や視線に耐え切れず、ピノコをユリに任せて速足で歩き出したBJは、こんな時どうすればスマートに対処できるのだろうと考えずにはいられなかった。それこそ後ろからついて来る当のキリコなら、きっと理想的な対処をするのだろうに。──いや、それは私があの男を高く評価しすぎているのかもしれない、そもそも人前でこんなことをする時点で理想的とは言い難いじゃないか!
「最低まで機嫌を悪くする前に償う方法を教えろ。俺は謝った、次にするべきことは?」
こんなことを簡単に言ってしまうキリコが憎いと言えばいいのか、憎いと思うべきなのか。きっと後者だ。憎いと思えなければうっかり「どこまでスマートで素敵なの!」と言ってしまいそうだった。
惚れた欲目だ、それの何が悪い、と言いたくなる自分を抑え、人気が少なくなった市場の外れでようやく振り返ってやることにする。キリコは腹が立つほどに涼しい顔で、まるで拗ねた女をうまくあしらうために敢えて加害者の立場に甘んじる男のように見えた。
「どうしようもない」
「それじゃ俺もどうしようもない」
「慣れてないから」
「慣れればいい」
「──どうしてわたしばっかり慣れなくちゃいけないの!」
自分でも驚くほどに素直な言葉が口から飛び出した。同時に、ああ、そうか、と納得する。──私、わたしばっかり! 男のスタンダードに振り回されて! わたしばっかり、慣れなきゃいけないって思うのは不公平じゃない!?
言葉にしたわけではない心情を理解したのか、キリコは唐突に「ああ」と呟いた。それからすぐに、失態を犯した自分を反省する顔になる。
「悪かった。ごめん、確かにそうだ。おまえが正しいよ」
「いつも!」
「うん」
「いつもキリコしか悪くない!」
「そうだ、確かにな。悪かったよ」
どこまでも、とBJは思う。苦々しいと言っても良いほどに悔しい。──どこまでもこいつは、この男は、どうして、なんて。
「なあマフィン、許してくれるならこっちにおいで」
──どうして、なんて、腹が立って仕方ないくらいに、格好いいんだろう!
自分がジャッジを待つ立場でありながら、既に勝利を疑わないかのように手を差し出してくる男が何て憎たらしいことだろう。そんなことだって慣れてない、自分ばっかり、余裕があるって顔をして、慣れてるって顔をして、何て悔しい。ほんの数歩しか離れていないのに、わざわざ呼ぶ態度が気に入らない。
だから、少しくらいは意趣返しをしたっていいはずだ。言い返してやってもいいはずだ。仕事のことならいくらでも言い返せるのに、こんな時に言い返すのはまだ気力が必要だ。スマートな男にスマートに返せないことにも腹が立つ。
「どうしてわたしが行かなきゃいけないの」
キリコの顔が「おや」と言いたげなものになる。それもまた腹立たしい。そんな顔、予想外の返事をされたと言っているようなものだ。──許してくれるなら、なんて言っておきながら、わたしがそうして当たり前って思ってた!
「俺が行っていいのか?」
「来ない理由は?」
「おまえから選択権を奪う気がなかっただけだよ」
どういうこと、とBJは眉を顰める。男は本当に憎たらしいとしか言えないほどに涼しい顔で、少し唇の端を持ち上げて笑ってみせた。
「俺が行ったら抱き締めて終わりだ。おまえが来るならおまえの好きにしていいってことだ」
俺に抱き締められたら文句を言えなくなるくせに──キリコはそう言っているも同様だ。BJにはすぐに分かる。同時にまた悔しくなる。頬が火照ったのは悔しさのせいに違いない。勝手なことを言うな、自惚れるな。そう言ってやったらどんな顔をするだろう。そうだ、言ってやろう。この男は女の扱いが巧すぎて、たまに腹が立つくらいだ。自惚れを打ち砕いでやりたくなった。たまには女にやり込められてしまえばいいと思った。
だから思ったままを言ってやった。
「さっさと来れば!?」
あれ、間違えた──BJは自分の口から飛び出した言葉が予定と違うことに気付く。口と本音のリンクに失敗したことなどキリコには分からないし、そしてBJ自身も分かっていない。
どうしてだ、間違えた、と慌てる間もなく、キリコが「降参だ」と言って笑い、ほんの数歩だけ離れていたBJに腕を延ばして近付き、そして予告通り、抱き締めて終わりになった。終わりになる、の意味がよく分かり、BJはまたも悔しい。キリコが憎たらしくてたまらない。
抱き締められたくらいで怒りが鎮まってしまう自分が情けなくてたまらない。だが多少、あるいは多少以上、これに慣れて良いのだという事実が嬉しいと思う自分がいた。
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話が進まないと言うより中々書き進まないのでどうしたもんだか…ってなってる。
どうしたもんだか。
それは置いて。
キリコが当たり前のように先生を「おまえ」って呼んでいるのは、まずは所有欲とかそういうものということで使ってます。
あとは「若くない人たちが一線を超えた後の距離感の示し方」のひとつにちょうどいい呼び方なんじゃないかなあと。
「この距離(=先生のテリトリー)に俺がいる(逆も然り)」っていうのを分からせるために選択しているという方向でひとつ。
若すぎる男性が恋人を「おまえ」って呼ぶと無理しちゃってる感が出ることが多いけど、キリコと先生くらいの年齢で無理してる感が出てたらむしろ問題だと思う。
何言ってるか分かんなくなってきたけど要はキリコが先生のことを「おまえ」って呼ぶのが好きなのです。
関係ないですが先生がキリコの前だけでは微妙に女性っぽい言葉を使うっていうのも好きです。
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