モブ視点で猫の日とは一体

SSとか

タイトルの通りです。モブ視点からのキリジャ。こういうの書くの好きなんですがお嫌いな方にはすみません。更に凄く短いです。

 依頼先で女を宛がわれる状況はよくあることだ。ことに安楽死を表に出されては困る種類の人間は顕著だった。同性愛者でもない限りどんな堅物でも悪い気はしないような、いわゆる「いい女」が最初から用意されている。
 今日は安楽死の仕事ではなかった。特に後ろ暗いものでもない。ただ、医者にはかかりにく事情のある部下に良い薬を与えてやりたいと切望する男の依頼に応じてやっただけだった。男はどこかのマフィアのボスだと言うが、キリコにとってはどうでも良かった。
「ドクター、お疲れ様です」
 この地に到着してからずっと案内役を務めていた女が魅惑的に微笑む。自分の美貌と価値、そして役割をよく理解した女だ。理解してわきまえた女は嫌いではない。愛想よくする必要はないが、無視する理由もなかった。キリコは黙って頷く。
「お帰りまでごゆっくりなさって。──ボスにご案内するように言われているんです。遠慮なさらないで」
 美しい、だが明らかに裏社会のにおいがする女の『ご案内』など無個性なものだ。無個性でスタンダードで隠微で、そして大抵の男は喜んで受け入れる。女も納得しているのならよかろうさ、とキリコはこんな時にいつも思っていた。
「お泊りになられたら? 飛行機は振替えましょうよ」
「お心遣いをありがとう」
 昔の自分なら喜びはしなかった、だが受け入れはしただろう。それが依頼主への最後の礼儀だと言うことは確かだし、安心させてやれるからだ。もてなしを受け入れるということが、表社会を歩けない人間にとってどれほどの安心材料になるのかよく知っている。だが今日はそんな気にはなれなかった。正確にはここしばらく、全くそんな気になれなかった。
「泊まりは結構。今日はそんな日じゃないものでね。ボスによろしく」
「──わたしに恥をかけって言うの?」
 キリコは車に向かって歩きながら「いいや」と返事をした。細くて高いヒールの音を響かせながら速足で付いて来る女の役割を考え、彼女が必死であろう理由はよく分かる、と思った。
「猫は好きか?」
「好きよ」
「じゃあ分かってくれるだろう」
 キリコは一度足を止め、女をその場に立ち止まらせる。これ以上追うなと言う意思表示だった。愚かではない美しい女はその意思を読み取り、それから闇医者の視線の先を見て、諦めたように息を吐いた。その吐息にキリコは満足した。聡い女は嫌いではなかった。
「一晩だって猫を一人にするなんて、残酷だと思わないか」
「そうかもしれないわね」
 女はちらりとキリコが見る方向に改めて目をやり、そりゃあ勝てないわよ、と思った。──猫に勝てる人間なんて、猫が嫌いな人間だけよ。
「仕事に付いて来るなんて、随分嫉妬深いんじゃないかしら?」
 それは負け惜しみだったと言ってもいい。自分の存在意義を考えれば、今の状況は決して面白いものではなかった。
 車に寄り掛かってつまらなそうな顔をした黒尽くめの女がそこにいれば、そして男が明らかにその女しか見ていないと分かれば、それは面白くなくて当然なのだ。
「嫉妬深いのも猫の可愛いところだろう?」
「あの猫ちゃんは可愛いの?」
「俺が知っていればいいことだろうね」
 女は肩を竦めた。死神は笑って「ご機嫌よう」と別れを告げた。そして姿勢よく、自分がイイオトコだと分かっている男にしかできない見目良い歩き方で、車に──黒尽くめの女の方へ歩いて行った。キティ、と甘ったるい呼び方をする死神の声が聞こえた。
 手が届く距離になるなり抱き付いた黒尽くめの、そして顔に大きな傷がある女が、実際は美しい顔立ちであることは見れば分かった。
 男に抱き付きながら寄越す目付きは睨んではいなかったものの、明らかに牽制する──そう、牽制し、睨み付ける一歩手前のものであったことは明らかだった。
 馬鹿みたい。そう思った。
 馬鹿みたい。あれが泣く子も黙るブラック・ジャックだなんて。
 縄張りを荒らされる猫みたいな顔をして。獲物に喰らい付くような目をしちゃって。
 目が合った、と思った途端、BJの唇が動いた。
 にゃあん。
 嫌な猫。そう思った。自分を袖にした銀髪の死神が、彼にとっては可愛いキティにキスをする姿と、嬉しそうにしながらもしっかり睨み付けてくる猫を見て、本当に嫌な猫、と思った。

SSとか

Posted by ringorira