※R15※ 書いている途中で力尽きたので

SSとか

最後は超駆け足です。
何でも許せる人向けです。モブ男性から見た先生が前半、先生とキリコの視点が後半です。

 よく見りゃ美人だ。いや、よく見なくても実際は美人だ。どいつもこいつもあの傷や皮膚の色の印象でその事実を見落としている。かくいう俺もそうだった。噂に聞いていたから──闇医者の間で知らない奴なんぞいるもんか──驚くことはないと思っていたのに、初対面では驚きこそしなかったものの、我ながらどこか患者を診るような目になってしまったのは認める。先に傷や皮膚の状態に関心を向けた、って言えばいいのか。別に差別心だのそんなのじゃない、俺も医者だってことだ。しかも外科が専門なんだ、許してほしい。
 誰に許しを請うのかもよく分からんが、まあ、敢えて言うならあの死神だろう。少し前まで不倶戴天の敵同士だって聞いてたのに、いつの間にやら馬鹿夫婦で有名になっちまった。人生は分からんもんだ。
 死神はともかく、まさか現場でかち合うとは思わなかった。かち合うと言うよりは俺がサポートに呼ばれたようなもんだ。人によっちゃ屈辱かもしれないが、俺は自分でもそこまで腕が立つわけじゃないって自覚がある。モグリの天才外科医をサポートするにはちょうどいい。
「手間が省けた。これはどうも」
 初日よりは多少警戒を解いた声で──俺の目つきが気に入らなかったのかもしれないが、初っ端から異様に警戒されていたんだ──黒尽くめの女がぼそりと言う。俺が淹れてやったコーヒーへの感想だろう。ミルクを多めに、角砂糖はふたつ。モグリの天才外科医は案外甘党だ。
「これでも女の好みを把握するのは早いほうなんでね」
「2日で早いって? どんな時間の流れに住んでいるんだか」
「旦那は初日で把握したわよ、って言いたいなら言えばいいさ」
「はずれ」
「へえ、俺のほうが早いって?」
「好きなコーヒーの塩梅はきっとこれだよ、って教えてくれたのが彼」
「──男の色に染まるタイプかい。意外だな」
「楽でいい」
 俺の嘲りに──モグリの天才外科医もメスを置けば単なる馬鹿女だと思ったから──さらりと返し、BJは手元の手術計画表に目を落とす。俺は誰ともなしに肩を竦めながらその横顔を見た。睫毛の長さと量が日本人離れしているし、鼻筋も唇も整っている。まあ、きれいな女だよな、と思った。
 ただ、死神が入れ込むような女というイメージも持てなかった。俺が知る限り、あの死神がアジア人と付き合ったなんてのは初めてだ。たまに耳に挟んだりする噂や何らかの縁で見かけるときには欧米系の女ばかりだった。
 あと、まあ、これはBJには言わないほうがいいかもしれないが、女が変わるスパンが短かった。BJは(あくまで俺が知る限り)最長期間だと思う。
 正直言って俺はあの死神が嫌いだ。以前、仕事でコケにされたことがある。俺はそれほどプライドが高いわけじゃいし、むしろ金のためならどんな底辺仕事も請け負う三流の闇医者だが、あの死神にこれでもかってくらいにぶちのめされたこと──「善意で言うが廃業を勧めるよ」とまで言われたこと──はいまだに忘れられない。
「別にサポートなんていらない。金だけもらって帰ってくれてもかまわない」
「俺が紳士でよかったな」
 さすがに失礼な物言いだ。忍耐力には自信があるほうだが、これには眉をつり上げてしまう。BJはため息をつき、おそらく日本語で何か呟いた。ヤッテランナイ、と聞こえたが俺は日本語が分からない。
「額の汗くらい拭ってやるよ」
「いらないよ。自分の男以外の異性に触られるなんざたまったもんじゃない」
「ただの比喩だ。雑用くらいやってやる」
 苛立たせてくれる女だが、天才外科医としての技術を見ておきたいことも事実だ。BJはそれであきらめたのか、それとも本当に俺なんかを当てにする気はないのか──後者だろう──俺に手術計画表を渡し、「麻酔の量を確認して」と言い置いてどこかへ消えてしまった。かわいくない女だ。

 それから数日、BJは患者と話をし、必要な検査を進め、手術計画表をチェックしては考え込むような顔をしている。俺に相談? あるはずがない。自分で言うのも何だが、天下のBJが相談するような腕じゃない。俺が呼ばれたのは本当に雑用のためだった。依頼主がBJだけでは不安だと言い、仲介のマネジメント事務所がちょうど暇だった俺を呼んだというわけだ。頭数を欲しがる依頼主は少なくない。
 俺はとりあえず検査結果や手術計画表をチェックし、BJのコーヒーに多めのミルクとふたつの角砂糖を入れ、医者として多分このタイミングでこれが欲しかろうと思えるものを用意してやった。完全に助手だ。たかがこれだけで5万ドルなら悪くない。BJはその何倍もらっているか、まあ、予想するのも馬鹿馬鹿しいな。
 俺の貢献(そうとしか言えない)が実を結んだのか、蓮っ葉で無愛想な女医が少しばかり俺への態度を軟化させた。正直、あの死神ほどではないが女の扱いが上手い俺は多少なりとも満足する。しかも軟化させた決定的な理由が「俺の紳士な態度」だったからだ。腕っ節以外で女から信頼を得る手段としては名誉な方法じゃないか。
「おまえさん、女に甘いね」
 BJはそう言って少し笑う。笑うと妙にかわいく見える。アジア人は若く見えるからそれも関係しているだろう。
 状況は分かりやすかった。患者の家族──身体つきのいい若い男性──がBJの腕を信じ切れず、かなり強い態度で詰め寄った。BJはそれを涼しい顔で聞いていたが、端で聞いていて気分が悪くなった俺が割って入った。たとえBJが男顔負けの強い女だと言っても、本人より大きな身体の男に詰られている光景は見苦しい。
「まあ、俺の手助けなんかいらないだろうがね。余計な真似をしたよ」
「そんなこと」
 不意に、ぞく、と俺は訳の分からない感覚に襲われる。BJの表情が変わったからだ。
「何だかんだ、ああいう手合いは苦手。ありがとう、助かった」
 なるほど──俺は唸りたくなった。死神はこれにやられたんじゃないか、と思ったからだ。
 蓮っ葉で高慢ちきなモグリの女医が、唐突に自分のテリトリーに素の表情で──しかも笑顔で──親しい異性としての侵入を許す。そんな表情だ。ぞくりとした感覚は一種、名誉心を刺激されたからだろうと思った。
 それからは一気に距離が縮まったと言ってもいい。蓮っ葉な態度よりも女らしさが(俺の前では)目立つようになった。俺の言うことに耳を傾けることが増え、俺が手術計画や検査所見に口を出せば、持論を通すにしても正面から突っぱねるわけではなく、俺に気を使うような言い方をするようになった。
 前述したが、俺は死神ほどじゃないが女の扱いが上手いという自負がある。それなりに女の心がどう移り変わっていくかも分かっているつもりだ。見た目やスキルで見逃しそうになったが、BJとて女だ。話してみればそこまで変人ってわけでもない。異様に頭がいいこと以外はおとなしく控えめだと思わされるようなことすらあった。
 言うなれば「旦那のいぬ間に」が成立するんじゃないか、という気がしている。米大統領とそういう関係だとも聞くし、あまり貞操観念が強いってわけでもなさそうな女だ。そもそも闇関連で身持ちが堅い女なんぞ見たことがない。
「コーヒーを淹れてよ」
「いつもの?」
「そう!」
 こんなやり取りもするようになった。多めのミルクに角砂糖をふたつ入れたコーヒーを渡せば悪くない反応をする。俺も意識的に女心を射止める態度を取る。さりげなく手が触れるような真似を一度だけしたが、驚いたように引っ込められたあと、いかにも戸惑った、だが悪い感触じゃないって顔をした女を見て、依頼が終わったら食えるだろう、と確信した。
 クソッタレで大嫌いな死神への意趣返しもあったが、そうだな、──まあ、かわいい女だな、一回くらい寝ておいてもいいだろう、と本気で思ったから。

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 甘かった、甘かった、──甘かった。とんでもない思い違いをしていた。
 手術は大成功、俺はBJの神業を間近で見て畏怖すら覚えたが、手術後の爆睡から起きた女は相変わらずかわいかった。手を握ってすらいない上に依頼が完了すればここで別れる。手を出すなら気が緩んでいる今だと思った。
 甘かった。
 この後、少し時間を取らないか。そんな言葉で誘った。俺たちはもう少し話してもいいと思うんだ、あんたもそう思ってるだろう? ──なんて、俺が女を紳士的に、だがダイレクトに誘う成功率の高い言葉を言った途端、かわいい女の表情が一変したからだ。
 生々しい女の顔、と言えばいいのだろうか。背筋がまたぞくりとした。
 そして形のいい唇から嘲笑を含んだ言葉が投げつけられた。
「へたくそ」
 まるでセックスを否定するかのような艶めかしい、そして完全に男を馬鹿にしきった声。
「それが人に物を頼む態度のつもり?」
 頼んじゃいない、俺はただ──だが言い返せない。
 ぞくぞくする。震える。何だ、この感覚──たまらない──快感? まさか!
 俺を馬鹿にしきった目と声と口調で女は続けた。
「お願いするならふさわしい態度があるんじゃないかしら」
 不意に飛び出した高慢ちきな女言葉に──ああ、だめだ、だめだ! ──電流が走った。嘘だろう。嘘だろう! まさか! こんな!
 女が俺の下半身に目をやり、ふふ、と汚い小動物を見るかのような目で笑った。
「知らなかった? あなた、マゾヒストよ。キリコにぶちのめされたときだって勃起してたんですってね」
 嘘だ──そんなはずがない──嘘だ──
 ああ、でも──あの死神に──あのほかの誰もが成り得ない死神に叩きのめされて──俺は──
「あなたが来たことをキリコに連絡したら教えてくれたの。あなたはかわいらしいマゾヒストで、唯一無二の何かにぶちのめされるのがたまらないんだって。どう? かわいかった女に実は軽蔑されていただなんて、どんな気持ち? きもちいい?」
 嘘だ、嘘──いいや、きっと──
 あの死神も、目の前の女も、そうだ、唯一だ。
 ほかにあんな死神はいない。ほかにこんな神の手を持つ外科医はいない。
 ああ、畜生。畜生。──ああ、ああ!
「今日はここまでよ」
 唯一無二の女が言った。俺はそれをひどく哀しいと思った。嫌だ、と思った。だから言った。俺とは思えない、だが、確実に俺の本音がほとばしった。
「い、嫌だ」
 途端に女が汚物を見るような顔になる。
「お願いの仕方が違うわ」
 ああ、くそ──たまらなかった。これだけで絶頂しそうになったなんて信じられなかったし、いいや、信じよう、と思った。それくらいすんなりと、驚くほどに、いままでの俺はどこかへ鳴りを潜めて、まるで捨てられそうな汚い犬のように慌てて女の足元に這いつくばっていた。その瞬間、女の靴が俺の頭を軽く踏んだ。たまらなかった。それだけで俺はもう本当にたまらず、下着を汚すのを全力で我慢しなければならなかった。
「また会うときまでにお願いの仕方を覚えてらっしゃい。上手にできたら考えてやらなくもないわ」
 女の声は優しく、まるで、お大事に、と言っているようだった。

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 BJが帰国したと聞いたキリコは崖の上の家へ向かう。出迎えたピノコが難しい顔をしていた。
「ちぇんちぇい、帰ってくるなりベッドにドスンして動かないのよさ。きもいきもいってずーっと言ってるのよさ」
「……ああ、まあ、うん……」
「ロクター、何か知ってるのよさ?」
「……あー、お嬢ちゃん、すまないんだがしばらく寝室に来ないでもらっていいかい」
「お夕飯までには解決してほしいのよさ」
 事情は分からないものの何かを察したピノコはあっさりと承諾し、夕飯を作りにキッチンへ姿を消す。キリコはひとつため息をついてからBJが転がる寝室へ向かった。
「無理すぎ」
 ドアを開けるなりそんな声が投げつけられ、いや、うん、とキリコは呻くように返事をした。のそりとベッドから起き上がったBJも呻く。
「無理。あれほんと無理きもい、きもすぎ」
「よく頑張った。本人に気づかせてやって偉かったな」
 無理無理無理と呻きながらもベッドに座ったキリコにBJは抱き付く。
「キリコのときに気づかせてやればよかったのに」
「そんな義理もねえよ」
「わたしだってなかったけど」
 でもイケメン顔して迫ってきて気持ち悪かったんだもん、とBJはまた呻く。要は「仕事先で男に迫られてうんざり」とキリコに電話で愚痴ったところ、男に心当たりがあったキリコに対応を教えられたというだけの話だった。
「やだもうあいつ、二度と会いたくない」
「俺もだよ」
「マネージメントに言っておかないと」
「言ったら面白がってブッキングさせられる気もするんだがなあ」
「やだ、絶対無理。性癖を否定するのはよくないけど、方向性が違うわたしに向けられるのは絶対無理」
 それからも無理、駄目、きもい、とBJは延々と続け、キリコは延々と相槌を打ちつつ、もしかすると昔の俺が目覚めさせちまったかもしれないんだよなあ、と密かに反省したのだった。

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おしまい。
どうもすみませんでした。
私自身が途中から何書いてるか分からなくなった…

SSとか

Posted by ringorira