先生がモブの女子高生と雨宿りして説教くさくなった話

SSとか

タイトルの通りです。キリジャ♀らしさを求めていらした方には申し訳ありません。たまにこういうのが書きたくなるのです。

 学校で嫌なことがあって落ち込みながら電車に乗っていたら、最寄り駅に着く頃には大雨になっていた。何だかもっと落ち込んだ。
 今日は最悪だった。たしかに私はあまり美人じゃないけど、クラスの女の子たちに顔の造りを馬鹿にされたり笑われたりするほどじゃないと思ってた。でも今日、クラスでも可愛い部類の女の子たちに笑われて、ああ、私ってブスなんだ、って思い知って、部活もサボって帰って来てしまった。部活サボったの初めてかも。
 駅前の公衆電話から家に電話したら、お母さんが車で迎えに来てくれるって。待つ店もないような田舎駅だから、仕方なく切符売り場の軒先で雨宿りをする。景色が歪むのは雨のせいだと思う。なんか鼻が痛いけど。
「──ああ、それはどうも。ではそうしてもらえれば」
 私がさっき使った公衆電話を女の人が使っていた。なんとなくそっちを見たら、黒いコート、黒いスーツの人が立っていた。それから──ごめん、こういうのはあんまりよくないかも。でも二度見しちゃったのは許してほしい。顔に大きな傷があって、皮膚の色も──
 いやだ。いやだいやだ。私、いま、ひどいこと思った。
 私よりも、って思った。
 ひどい。──見た目じゃなくて心までブスだ。小中学校の道徳教育なんて役に立たないって教員は知っておくべき。
 私がそんなことを思った、って気づいたわけじゃないだろうけど、その人は私の方に歩いてくる。何だろう、顔に出ちゃってたとか、じろじろ見たから怒らせたのかも──きっとそうだ、どうしよう。
「雨宿りをさせてもらっていいかな?」
「えっ」
 あ、そうか。公衆電話の近くだと雨が入り込んでくる。怒ったんじゃなかったんだ、よかった。
「あ、はい。私の家でもないですし」
「あっは……」
 私の受け答えが面白かったのか、その人は笑った。大きい傷があるし、皮膚の色も分かれてる顔だけど、笑ったらとても優しい。
「学校帰り? お迎え待ちかな」
「そうです。お……ねえさんは?」
 おばさん、って歳でもないだろうし。実際、若い人みたい。するとおねえさんはにやりとわらう。
「おばさんって言おうとしたね?」
「そんなこと──」
「まあ、あなたくらいの人から見ればわたしなんておばさんだね。迎えが来るまでおばさんの相手をしてくれると嬉しいんだけど。わたしも迎え待ちだから」
 心が広いのか、余裕があるのか。どっちでもいいけど助かった。
「ひどい雨だね」
「そうですね」
「家は近いの? お迎えに来るなら安全かな」
「車なら10分くらい。おねえさんは?」
「T県に住んでる」
「ちょっと遠いですね」
「うん。いまも埼玉から新幹線と在来線に乗って来た」
 それから、なんとなく会話した。私はあまり話し上手じゃない方なんだけど、たぶんおねえさんが上手いんだと思う。話が弾むわけでもなく、でも何となく会話が途切れない。何だろう、学校の先生とか、お医者さんとか、そういう人と話してるとよくある時間。
 雨の音の中で何となく話し続ける時間は思った以上に穏やかで、何だか楽しい。
「高校2年生か。勉強してる?」
「一応してます。来年は受験だし」
「あ、大学行くんだ?」
「行きます。いい会社に就職したいし」
「すごい。その歳で人生設計ができてるなんて」
 おねえさんは笑う。でも私を馬鹿にする笑い方じゃなくて、本当に褒めてくれる笑い方だった。学校で笑われた時とは違った。この人は優しい。
 だから言っちゃったのかも。
「私、ブスだから。結婚できないかもしれないから。勉強して、いい大学を出て、いい仕事に就いた方がいいって、お父さんもお母さんも言うし──私もその通りだと思うし」
 おねえさんは私をまじまじと見た後、眉をひそめた。
「馬鹿をお言いでない」
「馬鹿じゃないです」
「馬鹿を言うもんじゃない、って意味。──別にあなたはブスじゃないだろうに」
「そういうのはいいです。親に言われるくらいなんだし」
「それは親御さんが反省するべきだと思うけどな。あなたが思う美人ってどんな人?」
 どんな人? ──どんな人って、そりゃあ、キレイで可愛くて、魅力的で。私みたいなブスなんて友達になれないくらいの。
 そう言ったら、おねえさんの眉がまたひそめられた。眉間のしわが深くなったような気がする。
「わたし、すっごい美人が友達なんだけど。こんなに醜くてもね」
「……」
 どう返事すればいいのか分からない。こんなに醜くても、って言われたらきっと誰でも返答に困る。それから──さっき、私よりも。って思ったことを思いだして、急に居心地が悪くなる。
「友達って言うか──まあ、友達になる前に家族になっちゃったかもしれないけど、でもまあ、それはいいや。とにかく身近にそういう美人がいるし、その人はわたしをブスって言わないよ。ほかにも美人の知り合いは多いし、みんなやっぱりわたしをブスなんて言わない」
「それは──みんながいい人だからですよ」
 言ってから、そうじゃない、って思った。この言い方だとこの人がブスってことを肯定したことになっちゃわない? そうじゃなくて──そうじゃなくて。
 どうしよう。きっと怒らせた。
「それは否定しない。みんないい人すぎる」
 おねえさんは笑った。笑ってくれたのかもしれない。それから、どうしたの、ってものすごく軽い口調で言った。私は思わずおねえさんを見つめてしまう。おねえさんはまた笑った。
「学校で何かあったんじゃない?」
 おねえさんの口調は軽くて、でも、目がとても──とても優しくて。
 私が今日あったことを話すきっかけになったのは確かだった。
 おねえさんは相槌を打つだけで、話に口を挟まなかった。私が話すのを聞いて頷くだけだった。私が全部話し終わってからやっと口を開いた。
 慰めてくれるんだと思ったら、そうじゃなかった。
「悪意を作り出したんだね」
「──え」
「その子たち、本当にあなたを笑ったのかな」
「笑いました」
「本当に?」
「本当──」
 思い出すのも嫌だった。でもおねえさんの目と口調が──決して厳しいものじゃないのに──もう一回思い出してごらん、って言っているみたいで、私の思考が勝手に言うことを聞いた。おねえさんにさっき話した光景を、もう一回思い出した。
 あなたって。放課後、あの子はそう言った。あなたって、ええ、どうしよう、やだ、思い出せない、あなたって、やだ、ごめん、思い出せない、どうしよう──そう言って急にひとりで笑い出して、それから近くの女の子たちに、ねえ、なんだっけ、って言って──私はそれで居たたまれなくなって、教室を出たんだ。
「悪意を作っちゃいけないよ」
 おねえさんが言った。
「あなたが勝手に悪意を作り出してしまったんだ。自分はブスだから笑われても仕方ない、って間違った思い込みがね」
 ぜんぶ敵に見えるんだ。おねえさんは眉をひそめて笑った。
「自信がないと、周りがぜんぶ敵に見える。わたしを笑おうとする。──わたしは被害者だって思いたくなる。見た目を理由にすればいつでも被害者になれる」
 だから敵を作り出すんだ。おねえさんは言った。
 私は返事ができなかった。
 おねえさんは続けた。
「作り出された被害者の立場は楽だよ。いつでも自分は可哀想だし、うまくいかないことの言い訳にできるし、周りの人に可哀想なわたしを慰めてほしいって思える」
 雨の音はいつの間にか遠くなっていた。おねえさんの声が静かに響いた。
「でもきっと、それは損をする。悪意がない人を悪人だと断定したら、それ以上その人と近づけなくなってしまうから」
「……それは?」
「好きな人、いる?」
「えっ」
 いきなり何を。いきなり──いや、いなくはないけど、いなくはないけど──
「……います、けど……」
「告白すれば?」
「できませんよ!」
「どうして?」
「かっこいいから!」
「関係ないと思うけど?」
「私みたいな──」
「『ブスが告白したら馬鹿にされる』?」
 また返事ができないようなことを言われた。我ながらはっきり分かるほど、ぐ、って言葉に詰まった。だってその通りだったから!
 おねえさんがにやりと、ううん、にんまりと笑った。なんて意地悪な顔。
「そう思っていた時代がわたしにもありました」
 そこでしみじみした口調になるのが意外だった。あ、ちょっと遠い目してる。でもすぐにまた私を見た。
「言っちゃなんだけど、わたしはブスじゃない。でも醜い」
「あの、そういう言い方されると困るんですけど」
「でしょ。あなたが自分をブスだって言うのと同じようにね」
 三回目。また言葉に詰まる。
「その子たち、あなたをいままでも馬鹿にした?」
 考えるまでもなかった。私は首を横に振った。
 少し泣きそうになった。何だかもう──答えは出ているし、おねえさんが言う言葉も分かってるような気がする。
「まあ、今日はもしかしたら本当に馬鹿にしたのかも」
「……やっぱりそう──」
「でもさ?」
 私の言葉を遮るようにおねえさんが話す。いつの間にか雨はやんでいる。さっきより周囲が明るい。
「言われてないし、あなたが勝手に予想しただけじゃない? 真実にしなさんな」
 悪意を作っちゃいけないよ。おねえさんは言った。
「わたし、今日からしばらくこの街にいるから。明日、その子たちにまた馬鹿にされたら教えてよ。そのときは仕返しの方法を教えてあげるから、一緒に復讐しよう。わたし、復讐は得意だよ?」
 思わず私は笑った。仕返しとか復讐とか、いつもの生活にはない言葉だったからかもしれないし、おねえさんがいたずらっぽく笑ったからかもしれない。
 教えてよ、なんて、連絡先も知らないのに。
「だからさ。──悪意を作っちゃいけない。損をするよ」
 はい、って返事をしようとしたら、車のクラクションが聞こえた。雨上がりの駅前にお母さんの車があった。背後のホームに入ってきた電車から人が吐き出されて、急に賑やかになる。
「迎えが来た。じゃあね」
 おねえさんの迎えも来たみたい。私に軽く手をあげて、さっさと歩いて行ってしまった。
 ありがとう、とか、さようなら、とかも何も言えなかった。
 ただ、おねえさんを迎えに来た車から降りた男の人が銀髪の外国人だったこととか、その人に向かって歩いて行くおねえさんの後ろ姿が──すごくキレイだったこととか、男の人がおねえさんの腰を抱いて車に乗せる姿が、すごくおねえさんを大事にしているような仕草で、ああそうか、って──おねえさんは、損をしなかったんだって。
 自分の見た目を理由に人を遠ざけないで、損をしないで──きっと──
 おねえさんが車の助手席からちらりと私を見て、軽く手を振ってくれた。笑っていた。
 だから私も笑って手を振り返した。
 お母さんにおねえさんの話をしながら家に帰った。あら、とお母さんが運転しながら言った。
「たぶん、斜向かいの──さんのお家よ。ほら、お父さんが病気で──」
 あのお家のお父さん──ああ、難病でもう長くないって聞いた。どこの病院でももう駄目だろうって。
「それで、先にお願いしていた外国人のお医者さんが他の先生なら何とかなるって紹介してくれることになった、って、奥さんが泣きながら話してたわ」
 それって──それって、あのおねえさん、すごいお医者さんってことなのかな。すごいな。でもどうして先に外国人のお医者さんなんて呼んだんだろう。あのお家は確かお金持ちだから、外国の先生でも呼べるのかな。お金って大事なんだな。──あれ、外国人のお医者さんってさっきの銀髪の人かな?
 家に帰ったら、斜向かいの家におねえさんが乗って行った車があった。なんだか笑いたくなった。なるほど、これなら明日以降も連絡できそう。
 宿題を始めようとしたらお母さんに呼ばれた。電話が来たって。
 誰かと思ったら、教室で私を笑った──ううん、笑った、って私が思い込んだ──あの子だった。
 あのさ、ってその子はすごく気まずそうに言った。
『なんか、すごくタイミング悪かったと思うんだ。あの──違うの。あなたが芸能人の──に似てるって思ったけど、名前が思い出せなくて』
 でも走って出て行っちゃったから怒ったのかと思って、ごめんね。
 あの子は何回もごめんって繰り返した。
 悪意を作っちゃいけないよ。ごめんっていう声と、おねえさんのあの声が重なった。
 おねえさんに連絡しようと思った。
 復讐はしなくていいんだけど、聞いてください。私、悪意を作ってた。
『この際だから言っちゃうけど。もう嫌われたと思うから何でも言っちゃうね』
 嫌ってないよ、って慌てて言う前に、その子は続けた。
『もっとメイクしなよ。肌キレイなんだからもったいないね、っていつもみんなで言ってんだもん。分かんなかったら教えてあげるし』
「あのね」
『うん』
「嫌われたなんて、それは──」
 悪意を作っちゃいけないよ。
 おねえさんみたいにかっこよく言えなかったけど、電話の向こうであの子が言葉に詰まったから、思わず私は笑っていた。

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半ばあたりからタイムオーバーで駆け足でした。
一瞬だけでもキリコを出したのは執念。

SSとか

Posted by ringorira