モブが先生♀を口説こうとしたら

SSとか

※モブ(男性)視点注意※よくあるパターン。久し振りに書いたネタがこれか。スマホから打ったので指が痛い。

 蓮っ葉な女、無頼、いやいや無礼、でもクール、実は熱血。この病院で数日前から見かけるモグリの医者の印象はさまざまだが、若手の医者をはじめとしたスタッフたちには有能な医者として受け入れられている。どちらかと言えば敬意を集めているとも言える。
「BJ先生、今日こそ夕飯をご一緒しませんか。いい日本食の店を見つけたんです」
「あなたのパートナーがさぞ喜ぶでしょうな。良い夜を」
 医局一の美青年と名高いドクターの誘いも連日かわし、いかにも蓮っ葉、そしていかにも孤高を貫く女の姿はすでに名物になりつつあった。
「ステイツの日本食にしては悪くないはずですよ」
「ボンカレーがない店に行く理由にはならないな」
「ボンカレエ?」
「失礼、まだ仕事をしたいので」
 にべもなく断られた若手のドクターは肩をすくめたあと、「手伝いますよ」と言った。密かにここ数日の進展を見守っていたスタッフたちは視線をかわしあい、彼は少し距離を詰めに出たようだ、と声なくささやき合う。
「アメリカじゃ他人の仕事を取るのはご法度でしょうに。無粋をしなさんな」
「じゃあ言い換えます。先生の仕事ぶりをもっと見たいんです、勉強させて下さい」
「ろくなもんじゃありませんよ」
「天下のブラック・ジャックが? 冗談でしょう。今回の手術は先生じゃないとできないってみんな言ってます。うちの外科医が全員手を出せないくらいの──」
 廊下を歩きながら若手のドクターは熱弁し、BJは慣れた顔で聞き流す。周囲の目は若手のドクターのアプローチをそれなりに好意的に見るものがほとんどで、ここ数日、彼は本気であのモグリの女医に惚れちまったんだろう、という噂まで流れ始めていた。それをにべもなくあしらう女医の姿には感心半分、美形のドクターを狙う者たちのやっかみ半分の視線が向けられている。
「俺だって医者です。技術を上げたいし知識もつけたい」
「これだけ立派な病院ならその機会も多いんじゃないですかねえ」
 人もまばらな医局へ入り、BJは割り当てられたデスクに置いたカルテを手に取る。ドクターはそれを覗き込み、BJが遠ざけようとする仕草を見せる前に口を開いた。学生時代、気になった女子学生によく使った手だ。
「あの患者ですね。どんな手術計画なんです?」
「──チームには共有しているので」
 お前には関係ない、と言外に告げたBJに引かず、自分の造形と人当たりの良さを自覚しているドクターはその距離のままなおも話す。医局にいた他のドクターたちの視線が集まっていたが構わなかった。
「だって気になります。先生ならどんな──」
「チーム外には言えませんよ」
 言いながらさりげなく距離を取るBJに、ここは引くべきだと判断する。押しすぎは逆効果だ。だが距離を開けすぎるわけでもない。廊下を歩いていた時よりはほんの僅かに近い場所に立つ。
「ああ、すみません。──麻酔量、これでいいんですか?先生の計画に異論をはさむわけじゃないけど、結構少ないですよね」
「患者の負担を考えるとね」
「まあ、そうですけど──」
 その時、BJの手から流れるようにカルテが奪われた。
「──ちょっと、何?」
 ああ、とドクターは思った。──ああ、こりゃ勝てねえな。
「これでいい」
「勝手なことを」
 いつの間にか医局に入り込んでいた銀髪隻眼の男が麻酔量を勝手に書き換えていた。男とその麻酔量を交互に見て、こんな量で術中麻酔のコントロールをしようなんてキチガイか天才だ、この男が誰だか知らないが、とドクターは肩をすくめたい気分になる。
「そんな量でコントロールできる麻酔医なんて滅多にいない」
「そうだな、マフィン。おまえの今の行動範囲なら俺くらいだ」
 この男が誰だか知らないが──勝てる気がしない。何てったって蓮っ葉なモグリの医者が目の前で、一瞬で女の顔に──甘ったれた女の子の顔になっちまったんだから。
「じゃあ──え、キリコがやってよ」
 甘ったれた女の子が甘ったれた声で甘ったれたお願いをしているようにしか見えない。俺は何を見せられているんだ、とドクターは苦々しい。構わないよ、と言う銀髪の男が妙にいい男なのも苦々しい。
「チームメンバーを呼んでくるから顔合わせして」
「気が早いな」
「早いほうがいいじゃない。ミーティングルームでいい?」
「いいよ、待ってる」
 ちゅ、と音を立てて唇にキスをされたBJが──甘ったれた女の子が──医局を出て行く。周囲の目に同情の色が浮かんだことを感じ取り、俺は帰るか、とドクターが思った時、銀髪の男が言った。
「ここのところ忙しかったものでね。ろくに彼女の相手ができなかった。世話になった、ありがとう」
 ああ、くそ! ドクターはさらに苦々しい。俺が言い寄ってたのを知ってたってわけか! で、釘を刺しに来たってわけか! あの麻酔量でコントロールできるなんてどんなバケモノか知らないが! 先生の彼氏? 旦那? どっちでもいいがとにかく先生のパートナーなら凄腕で当たり前だな!
「それはどうも」
「でも」
 適当な会話をしてさっさと帰ろうと決めたドクターの言を遮るように彼は言った。
「適切な距離を。無礼は好まない」
 彼の口元は微笑んでいた。だが──その微笑の意味を理解できないほどドクターは愚かではなかった。理解した途端に我ながら驚くほど肝が冷えた。
「気を付けます。──すみません、大変な失礼を」
 釘を刺しに来たのではないと分かった。喉元にナイフを突きつけられたも同然の──それは恐怖だった。
 こんな男にあんな甘ったれた顔ができるなんて。そう思った。
 やっぱりブラック・ジャックはまともじゃない。こんな男に、あんな。
「ご機嫌よう」 
 彼が手を差し出した。無礼は好まないと言った彼と礼儀として握手をした。ろくに力を入れられることもなく、軽く触れられただけだった。
 彼が医局を出た瞬間、どっと脂汗が出た。まるで恐怖心をコントロールされていたような錯覚に陥った。固唾をのんで見守っていたスタッフの1人が声をかけてくれるまで呆然と立ち尽くしていた。
 まともじゃない。彼も、あんな彼と一緒にいる彼女も。
「……手、出さなくてよかった」
 思わず言うと、医局中の人々がほぼ全員頷いた。どうにも情けない気分だが、死ぬよりましか、と思った。

SSとか

Posted by ringorira