ムードもへったくれもない
ムードもへったくれもオチもない話です。直接的ではありませんが性的表現があります。
当方のキリコはもともと割とムードを重視するタイプであることに加えて、先生の性的なPTSD(当サイト設定です)に対して気を遣う意味もあるから環境も内容も丁寧なセックスが基本ではないかと思っています。
が、慣れて来たら先生が嫌がらない程度にムードもへったくれもないセックスをするんじゃないかなあと思ったので一場面だけ書いてみました。
先生もそれを理解していて気楽に乗れるようになる程度にはPTSDとかが改善されているのでは。という方向性で。付き合いが長くなってカジュアルに楽しめるようになるといい。
ラストで中心視点が変わってしまったのはよくある事故です。
BJが死神の家へ入った昼過ぎ、当の家主は不在だった。コートを着たままキッチンへ入り、冷蔵庫を開ける。生肉とサーモンを発見し、よし、と満足して独りごちた。
夕飯への期待ではない。キリコが無断で遠出をしていないという確認である。安楽死の仕事の時には必ず数日家を空けるため、律儀に生鮮食品や傷みやすい果物を処分して行く男なのだ。
安心して冷蔵庫のビールを引っ張り出し、リビングのエアコンと加湿器のスイッチをオンにする。ソファでビールを飲み終える頃に部屋があたたまり、ようやくコートを脱いだ。車の音がしたのはその時だ。好きな男の帰宅に我知らず笑顔になり、ビールの空き缶を素早く片付けてから玄関へ向かった。
ドアが開くと同時に腕を伸ばすと、何だよ、来てたのか、と笑いながら抱き締めてくれた。BJも笑って抱き付く。キスをしてくれるキリコがラフな服装でいることが嬉しかった。仕事ではない完全な休日だ。
「どこ行ってた?」
「本屋」
「何買った?」
「ステイツの雑誌と──着替えろよ」
キリコの家にいる時にはいつもの黒尽くめは推奨されない。BJは特に気にしたことはないが、キリコがそう言うならそれでいいと思っていた。
服はキリコが買ってくれるのだから経済的にもそれでいいし、どうやら自分に似合うらしいのでやはりそれでよかった。そして何より、着替えればキリコが「可愛いね」と言ってくれるのが嬉しかった。
着替えが入ったクロゼットがある2階の寝室へ向かうと、キリコもなぜか一緒に来た。
「キリコも着替え?」
「うん。出がけに寄った店で」
コーヒー、と言ってキリコは袖を示す。洒落た死神にしては珍しく、ダークブラウンの染みが袖口についていた。
「珍しいね」
「後で漂白剤に浸けないと」
「そうだね。──どれ着て欲しい?」
クロゼットを開け、着せ替え人形になってやると宣言する。キリコは「うーん」とクロゼットを眺めたあと、家の中で過ごしやすいセーターとスカートを出した。
わたしにスカートを履かせるが好きな男だよなあ、と思いながらBJは受け取って着替え始める。キリコも汚れたセーターを脱いだ。上半身裸でクロゼットを眺める男をちらりと横目で見て、いい身体だなあ、いい男だなあ、とつい見惚れてしまう。細身だがしっかりと筋肉がついていて、普段からボディメンテナンスを怠っていないことがよく分かる。
「いい男だろ」
視線に気付いたキリコがBJを見やり、それから口元をにやりと歪ませた。BJは何とは無しに照れてしまい、そして照れ隠しに顔をしかめてみせる。
「ナルシスト」
「自分を愛せない人間が患者を愛せるか」
「耳が痛い」
「おまえのほうがよっぽと自己愛が強いと思うがね」
「否定したいけど」
「けど?」
「最近、そうなんじゃないかって思い始めてる」
「いい傾向だ」
今度は嬉しそうに笑い、キリコは恋人の根深い劣等感の改善傾向を喜んだ。長年苛まれている劣等感と少しずつ上手く付き合えるようになって来た自覚を持ちつつあるBJは、また何とは無しに照れてしまう。それがキリコのお陰だとよく分かっているからだ。
「風邪引くよ、早く何か着なよ」
突っ慳貪な口調になったのは照れ隠しだ。分かっているキリコは着替え始めたBJの髪にキスをして再びクロゼットに目をやったが、ベストを脱いでリボンタイを解き、ブラウスのボタンを外して行くBJを見て午後の予定を少し変えることにした。
「何」
分かっているのにBJはそんな返事をする。あらわになったばかりの肩に唇をつけながら抱き寄せる男の目的が分からないはずがない。キリコは笑い、さあね、と言った。それでも手を止めることはなく、ブラウスを下ろして指一本で下着の金具を器用に外す。途端にぽふんと飛び出したふくらみを手のひらで包む前にふと思い出した。
「喉が渇いてたんだ」
「何か飲んでくれば?」
「そうだな。──おまえ、ビール飲んだろう」
「バレてた。キスした時?」
「キスした時。何か飲んでくる」
「するの?」
「するよ」
「勝手に決めるな」
「もう決めた」
そのままキリコは寝室を出て行く。うう、寒い、と廊下から声が聞こえた。上半身裸で出るからだと思いながらBJはキリコが選んでくれた服を手に持ち、やはり廊下へ出る。そしてやはり、うう、寒い、と口にしてしまった。自分も脱がせかけられた下着以外は上半身裸だったことを思い出した。
「何だよ」
あたたかいリビングでミネラルウォーターを口にしていたキリコが笑う。
「おまえまでそれか」
「ペアルック」
「逮捕される」
BJが服をコーヒーテーブルに置くのと、ミネラルウォーターのボトルを置いたキリコがBJを抱き寄せるのはほぼ同時だった。深く唇を重ねながら肌を合わせる。引っかかった邪魔な下着はキリコが剥ぎ取り、適当に放り投げた。その雑な態度が楽しくて合わせた唇の中でBJが笑い、そのまま「カーテン」とくぐもった声で言う。外から見えない造りのリビングだが、やはりフルオープンでは気が引ける。
はいはい、と言いながらもキリコはBJを抱いたままテラス窓へ歩く。半ば引きずられるようにして一緒に歩くのがまた楽しくてBJはけらけらと笑い、キリコも笑いながらカーテンを閉めた。それからもう一度深く唇を合わせた。邪魔をする下着は消え、肌と肌が重なるように密着する感覚が心地良い。
「ムードもへったくれもない」
キスの合間にそう言うと、キリコは涼しい顔で頷いた。
「昼だしね。──よっと」
「あっは……!」
ソファですらなく、テラス窓の前に敷いてあるヨガマットに押し倒されてBJはまた声を上げて笑う。本当にムードもへったくれもあったものではなかった。だがそれが楽しかった。機嫌よくキリコの銀髪に指を潜らせ、覆い被さる男にキスをする。
珍しく自分から深いキスを仕掛けてくる女がこの上なく上機嫌で、これは楽しめそうだ、とムードもへったくれもないセックスを演出した男は期待する。たまにはこんなやりかたも悪くない。
やがてBJの息が上がり、目元が赤く潤み始める。まだ身につけたままのボトムを汚す前に脱がせようとウエストボタンに指をかけた時、カーテンの裾に愛らしい動物たちの──よく遊びに来る近所の猫たちの脚が見えた。
どうするかな、とキリコは一瞬考えたが、なぁに、と、とろけたように好きな男の様子を窺う女の可愛い声が漏れた途端、猫たちは音もなく、だが素早くその場を後にした。
すごいな、と思わず呟くと、なにが、とまた可愛い声が漏れる。おまえがすごく可愛いってことだよ、と言い、今度こそムードもへったくれもない、だが確実に楽しくて気持ち良くて、そして好きな女を何よりも愛おしいと何度も思い出せるセックスに没頭することにした。


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