赤毛がゆっくり療養するだけの話の続き

SSとか

これの続き。PCのフォルダを整理していたら出てきたので書いてあった部分まで。この先は一応考えてあるけど書かないと思う。

 実家に着くなり一緒に遊びたがるクロエをグレイスがいなしている間に、グラディスは母の熱烈な出迎えに全てを諦める。アンディが笑いながら荷物を部屋に運びに行ってくれた。
 痛みはないの、寒くはないの、お腹はすいてない? ──母の猛攻はクロエとは違った意味で躱しにくい。早めに横になりたい程度にはだるさを感じていたが、諦めてリビングのソファでコーヒーをもらうことにした。1杯付き合えば母の気も済むだろう。
「命に別状はないって聞いたけど驚いたわ。ギィ、あなた、前にもこんな怪我をしているんですって? お父さんが口を滑らせるまで知らなかった!」
「生きてるってことは大したことない怪我だから。今回だってとうさんがごり押ししただけだよ」
 どの任務での怪我の話だろう、と思いつつ、陸軍中将にあるまじき父の口の滑らかさに眉をひそめたくなる。母が気にするからひそめないだけだ。父が帰って来たら軽く文句を言う必要があると判断した。
「こんな仕事してれば怪我くらいあるでしょ。アンディだってあの顔の傷、仕事中だし。──仕事中だろうし」
 同じ場所での任務中の怪我だと知られるわけにはいかないと思い出し、簡単な訂正をする。母は気付かずに「そうよねえ」と溜息をついた。
「お父さんと結婚した以上、覚悟はしていたけど。でもやっぱり家族が怪我をするのは嫌だわ」
「まあ、気を付けるよ」
 部下が怪我するよりよっぽどましだよ、とは言わず、グラディスの味覚には少し酸味が強いコーヒーを口に運ぶ。
「ギィにいちゃま、クロエ、一緒にお絵かきがしたいわ」
「お絵かき? クレヨンは?」
「ママ、クレヨンどこ? クロエのクレヨン!」
「クレヨン? あら、まだ荷物に入れっぱなしだったかしら」
「クロエのクレヨンー!」
「ギィ、何か食べる? 少しお腹に入れておいた方がいいわ、病院の食事は美味しくなかったでしょう」
「いや、夕飯までいらないよ。──クレヨンがないなら鉛筆でもいいんじゃない?」
「そう? コーヒーのお代わりは?」
「みんな、嬉しいのは分かるけど、俺としては少佐を少し寝かせてあげたいな」
 荷物を置いて戻って来たアンディが、おそらく現在世界で一番女性たちの熱意を集めている男の様子に苦笑しながら言った。母とグレイスははっとして顔を見合わせた後、そうね、そうよね、と決まり悪そうに笑って、クロエに「後にしましょう」と言い含める。グラディスは珍しくアンディに感謝し、コーヒーを飲み干して立ち上がった。脇腹の傷が少し痛んだ。
「モテモテっすねえ」
「うるさいよ。どうしてきみまで付いてくるの」
「寝るなら寝て下さいよ。勝手に話すし」
「何だ、やっぱりミカエルに何か言われてるんじゃないか。死ね」
 独立してからもそのままになっている自室に入り、グラディスは毒を吐いてベッドに寝転んだ。急激に身体が楽になり、思わず溜息をつく。アンディはデスクチェアに勝手に座り、「5分だけ」と言った。
「隊長が、会う機会があれば伝えて欲しいって言ってただけなんで。記録に残るようなことじゃないし」
「信用しない」
「してくれよ」
「僕なら記録に残すから信用できない」
「それはあんたの都合でしょうに。まあ、そっちが残したきゃ残せばいいけど。──3ヶ月先、英米で」
「米英」
「細かいな!」
「ゴウニイッテハゴウニシタガエ」
「何それ」
「日本語。で、何?」
「あんた、何ヶ国語話せんの」
 SASでも語学能力は必須とされているが、デルタフォースも負けてはいない。アンディは舌を巻いた後、話を続けることにした。
「うちの国とあんたの国で、合同演習があるじゃないすか」
「海軍だろ。陸軍の僕らにどう関係あるって?」
「本気で言ってる?」
「本音で話せって?」
 デルタフォースもSASも陸軍だ。海軍同士の合同演習には関係がない。──と、言い切れるほど二人は自分たちの仕事を理解していないわけではない。何かの時のために待機が命じられることは明らかだし、実際、グラディスは隊長として既に数度のブリーフィングに参加している。ミカエルもそうだろう、と予想した。
「本音で話してよ。俺ら、義兄弟になるんすよ?」
「家庭に仕事を持ち込むような家族は御免だ」
「お父さんが今回どれだけ持ち込んだか分かってる?」
「死ね」
「声にキレがないぜ、やっぱ疲れてんすね」
 だったら休ませろ、と思いながらグラディスは無言で毛布の中へ避難する。夕飯の後はどうせクロエの遊んで遊んで攻撃が始まる。今のうちに少しでも休んでおきたい。可愛い姪の要請を断る選択肢はなかった。
「うちの隊長がさ、可能ならうちとあんたのとこで交流しないかって」
「馬鹿じゃないの」
 思わず本音が口から飛び出した。アンディは敬愛する隊長を馬鹿と言われて一瞬むっとした顔をしたが、すぐにその感情を隠す。一瞬でも出すな、下手くそ、とグラディスはSASのメンタルトレーニングの成果の低さを心の中で嘲笑った。
「大体、僕らは空母から降りない。演習中は陸に上がる予定はないし」
「予定を作ればいいわけだろ」
「上からお達しがあれば作るよ。僕から上げたい案件じゃないし、交流したければネイビーシールズ(アメリカ海軍の特殊部隊)に頼めよ。海の演習中に陸の特殊部隊同士が交流するなんて、あいつらが気分を悪くしてうるさいだけじゃないか」
「そんなん関係ねえすよ。うちだってSBS(イギリス海軍の特殊部隊)がいる」
「じゃあそいつらでやらせればいいだろ。とにかく嫌だ。以上。ミカエルに言っておいて。うちの電話使っていいから」
「公衆電話に決まってるだろ。ついでにあんたの分まで煙草吸って来てやるよ」
「死ね!」
 クロエが滞在する間は敷地内の喫煙が許されない。仕事的に不愉快な話と肉体的に不愉快な話に同時に気分を悪くし、グラディスは本気で結婚式に出ないと決意したのだった。
 アンディが出て行ってから、後でミカエルに非公式で連絡をしよう思った。非公式にしてやるのは温情だ。
 このやり方は余りにも無礼だ。いくら記録に残したくない交渉とはいえ、相手側の隊長に対し、軍曹である部下が私用のついでにするべき話ではない。これから先もこんなことをされてはかなわない、という意味も含め、強めの抗議が必要だった。
 ──あっちで夜中になる時間に電話してやろう。ロンドンはこっちより4時間進んでるはずだから、クロエが寝た後がちょうどいいな。
 意地の悪いことを考え、多少満足して目を閉じる。思ったよりも早く眠気が襲って来て、やっぱり本調子まではまだまだだな、と実感しながら眠りについた。
 目が覚めたのは17時を過ぎた頃だった。家の中に料理のにおいが広がっている。母が腕によりを掛けて夕飯を準備しているのだろう。もう少し眠るか迷ったが、ゆっくりシャワーを浴びてから夕飯を食べるのもいい。
 起きたことを告げるために階下のリビングへ降り、そこにいるはずの誰か──出掛けていなければアンディとクロエ──に声をかけようとして、そして動きを止めた。
 確かにアンディとクロエはいた。アンディはグラディスを見るなり顔中に「ごめん」と書き、クロエは喜んで飛びついて来る。姪を受け止めた衝撃が傷に響いたことを確認してから、ゆっくりとソファから立ち上がった男が口を開く前に言った。
「帰って」
「言うと思った」
 スーツ姿のSAS隊長は予想通りだと言わんばかりの顔で頷き、グラディスを更にげんなりさせたのだった。
「誰も本気で僕に休ませようなんて思ってない。馬鹿夫婦二人の方が優しく感じるなんてどんな世紀末だよ」
「馬鹿夫婦?」
「ドクターと先生」
「正式にご結婚なされたのか。そんな情報は──」
「あそこは事実婚だからいいんだよ、もう。それはいいから帰って。お見送りするから。アンディ、ほら、上官の上着を持って差し上げたら?」
「ギィ、起きたの? お薬を飲む時間でしょう、今起こしに行こうと思っていたの。少佐さんもお見舞いにいらして下さってるし──」
 グレイスがキッチンからやって来た。グラディスは溜息をついてクロエを姉に渡してキッチンへ行く。
「あの少佐さん、お夕飯を食べて行ってくれるのかしら。お父さんも喜ぶと思うんだけど──」
「訊いてみるよ」
 無論、訊くつもりなど毛頭ない。彼も誘われては困るだろう。何しろここは同盟国の陸軍中将の自宅、そしてその息子であり陸軍特殊部隊の隊長の実家、更にSAS所属の直属の部下が娘婿として滞在する義実家という、彼にとっては複雑な場所だ。
「お父さん、もう帰って来るって連絡が来たわ」
「ふうん」
 料理に勤しんでいた母から水をもらい、心配したがる彼女を適当にあしらって薬を胃に押し込んだ。何か食べてから飲まなきゃ駄目よと言う母を安心させるために作りかけのサラダからチキンを摘まみ上げて口に入れ、小言を背にリビングへ戻る。
「応接室でいいでしょ」
「ありがとう」
「おにいちゃん、ミカエルはコーヒーを飲むの? 出して差し上げたら?」
 隊長の目の前でアンディに「コーヒー持って来い」と言うことは避けてやる。その分の憂さ晴らしを込めてそう呼ぶと、アンディは結婚式に出ないと宣言された時よりも堅く凍り付き、やがて「はい、いや、うん」とか細い声で返事をしたのだった。

「ウェールズからこんなに短時間で着くなんて、空軍の飛行機にでも乗せてもらったわけ? アンディから電話をもらって3時間ってとこじゃないか」
「まさか。昨日出たんだ」
「公式に?」
「非公式に」
 信用するつもりはなかったが、取り敢えず話を進めるためにグラディスは頷いておいた。ミカエルも頷いて話し始める。
「来るつもりはなかった」
「ふうん」
「ただ、昨日、急に失礼だと思い至って」
「は?」
 突然困ったような、失敗を恥じるような顔をしたミカエルを見て、思わずグラディスは自分でも間抜けだと思う声を出してしまう。メンタルトレーニングだの何だのと言えるような状態ではない顔をし合っているかもしれない、と考える程度には、ミカエルの表情は情けなく、自分の声は間抜けだった。
「部下の私用のついでのように伝言を言付けるなんて、きみにあまりにも失礼だと気付いたものだから。取るものも取りあえず来てしまったから、見舞いの品も用意できなくて申し訳ない」
「……いや、別にそういうのは……」
 何こいつ、頭悪そう──グラディスはその感情を顔に出さないようにするのが精一杯だった。真面目で融通が利かない、そしていけすかないあのSASの隊長だとは思えない。失礼だと思ったからわざわざロンドンのウェールズから来たと言うのか? 見舞いの品? 頭がおかしいんじゃないか、こいつ。
「言い訳になってしまうのだけれど」
「……うん」
「アンディが一昨日、ワシントンに到着したという定時連絡をくれた時、きみもワシントンにいるという話を聞いて。きみたちは親しいわけだし、そんな話をする機会があれば話してみておいてくれ、程度の気持ちで言ってしまったんだ。それでも少佐のきみに軍曹を通して言わせることではなかった。申し訳なかった」
「まずひとつ訂正したい。彼と話す予定は基本的にない」
「ない?」
「冗談じゃないよ」
「冷たくねえすか」
 ちょうどコーヒーを持って来たアンディが拗ねた声で言いながら、それぞれの前にカップを置く。
「グレイスのことを知る前まではたまに電話してたのに」
「知ってからもう嫌だ」
「何でだよ」
「ミカエル、あなたの部下をどうにかするべきだと思わない?」
「出ろ」
 ミカエルは短く言い、アンディは不満を顔に出さず「イエス、サー」と言って応接室を出た。こういう時は顔に出さないでいられるんだなと思いながら、グラディスは話を続けることにした。
「僕が言いたいことは分かると思うから、あなたからアンディに言って欲しい」
「分かっている。──立場上、どちらかが退役しない限りは深い交流は好ましくない」
「その通り。彼のことは嫌いじゃない。でも無理だ」
「きみは退役の予定などないだろうし、ロンドンの一件の後、アンディも退役予定を撤回した。当分は無理だろうな」
「ご理解をありがとう。それと、あなたの詫びは受け取った。もう気にしないで。むしろこんな遠い場所まで来てくれて感謝するよ」
「こちらこそ感謝する。ところで──」
「悪いけどこれで。まだ本調子じゃなくて。何しろ今日退院したばかりだから」
 ミカエルが合同演習の際の話をするつもりだと直感し、グラディスは体調を理由に切り上げる意図を見せる。ミカエルは頷き、「失礼した」と言って立ち上がった。
 それから一時間もしない頃、グラディスは「僕ととうさんはもっとクロエに厳しい態度を取る訓練をするべきだ」と思いながら夕食のパプリカの肉詰めを口に押し込んでいた。向かいの席にはSAS隊長が同じくパプリカの肉詰めを口に入れている。クロエがすっかり懐き、一緒に夕飯を食べたいと駄々を捏ねた挙げ句、帰宅した祖父に泣きついたのだ。孫に甘い陸軍中将に究極のポーカーフェイスで「ぜひ」と言われて断り切れなくなったミカエルに流石に同情した。彼がパプリカを嫌いであることを調査で知っていたのでそれはいい気味だった。そして早く帰って欲しかった。

SSとか

Posted by ringorira