本当の
※作中に現代では使われていない病名が書かれています。当サイトの時代設定が80年代あたりということをご考慮の上でお読み下さい。※
書いてるうちに「何だこれ……」ってなってきたけど起承転結や細部より書き終えることに目標をシフトしました。かなり適当な話です。後半のキリコのあれこれ分析が半端すぎて全容が分かりにくいです、すみません。キリジャって言っていいのかな…という気がしたので途中でキリジャっぽいシーンを後入れしてみました。
朝から書斎で調べ物をしているキリコに代わってインターフォンに応答した。夜は出ないように言われているが、日中なら構わないルールだ。
「あ、──はい、ええ、ご予約をなさって?」
インターフォンの向こうから遠慮がちに聞こえた英語に、BJはできるだけ柔らかく対応する。ここは自分の医院に来るよりも繊細か、弱った心を持つ患者が多い。インターフォンごしの対応に少しでも威圧や素っ気なさを感じれば、たちまちダメージを受けて踵を返してしまいかねない。
「ええ、おりますよ。お名前は──しばらくお待ち下さい。暑いのにごめんなさい、すぐですから」
一度インターフォンを切り、書斎へ向かおうとする。だが気付いたキリコがすでに書斎からやって来たところだった。
「誰?」
「ええと、メーガン──」
フルネームを言うとキリコは「ああ」と頷いたものの、それから眉をひそめて考える顔になった。
「あの姉妹か。明日なんだけどな」
「予約が?」
「うん」
「何だ、また間違えられたのか」
「そう。まあ、よくあるし。──安楽死じゃないよ。副業」
先手を打って宣言する。BJは肩を竦め、キリコの副業の患者が予約の日を間違えて訪れたのだと理解した。
「彼氏が殺人を犯さなくて済むなんていい気分だ」
「訂正しておきたい部分があるが時間がない」
「ふうん」
「そのワンピースで良かった」
「ごまかせそう?」
「ごまかすなんてとんでもない、最高ってことだ。──リビングに通してミネラルウォーターに氷とミントを入れたものを出しておいてくれ」
「この顔で平気?」
「可愛いね」
素早く、だがしっかり頬にキスをしてからキリコは二階の寝室へ上がった。BJはもう一度肩を竦め、キリコが着替えるまで患者の相手をすることにした。滅多にないが、キリコが普段とは違って当然のように一方的に言い付けたのだから仕方ない。唯々諾々と従うというわけではなく、誠実な医者の指示だったからにすぎなかった。
「お待たせしました。中でお待ち下さい、ドクター・キリコはすぐ参ります」
インターフォンではなく門まで直接迎えに出る。副業の患者ならその方が安心する者も多いはずだと分かっていた。「とにかく丁寧に扱われること」、それに安心するタイプの患者は少なくない。そしてそこにいた患者は──正確には患者に付き添って来たメーガンが、夏の容赦ない陽射しの下で明らかにほっとした表情を見せた。
二人だったのか、早く言え、と思いながらできるだけ自然な表情を作り、まだ20代半ばに見えるメーガンと、おそらくその妹か家族であろう女性に声をかけた。
「暑いですね。ドクター・キリコが来るまで冷たいお飲み物でも」
「あの、あなたは──」
ほっとした後、顔やノースリーブのワンピースから見える傷の数々に気付き、視線を定めかねていたメーガンにBJは微笑む。
「医者です。ドクター・キリコとは専門が違うけど」
副業の患者だと分かれば、パートナーだと自分から口にするのは避ける。キリコに指示をされたことがあるわけではないが、心療内科医のプライベートを知ると信用できなくなる患者もいる。理不尽に思えるが、心療内科に付き添いに連れて来られるほどメンタルに不調を抱えている人間にはどれだけ配慮しても足りないとBJは思っていた。専門ではないからこそ余計に気を配るとも言える。
「お医者様?」
「ええ、専門は外科」
玄関までの道を歩きながら、BJはにっと笑って顔の傷を軽くなぞってみせた。
「これは私が縫ったわけじゃないですけどね」
明らかにBJの傷を気にしていたメーガンにある程度の救いをもたらしてやった。要は「あなたみたいな視線には慣れているよ」と教えたのだ。メーガンは困り顔を隠し、「そうなんですね」と安堵の作り笑いをする。メーガンに手を引かれて歩く女性はうつむき、一言も声を出さなかった。
縁故や近所に住む同盟国人に限るなら。副業にそんなルールを設けていることを知っているのはキリコを除けばBJ、そして当の限られた人々だけだ。稀に闇から依頼が来ることもあるが、基本的にはどうしても断れない筋だけにしていた。そして必ず、あまり吹聴しないでくれ、進んで請けたいわけじゃない、と言い添えていた。今のところ、それはおおむね守られている。
タイミングが良いのか悪いのか、赤坂のキリコの家にBJがいる日にやって来る患者もいる。今日もそうだ。普段は完全予約制なのだが、日程を間違えた患者にBJがかち合うことが過去にも数度あった。そのたびにキリコは眉をひそめる。間違えた患者を厭うわけではなく、日程を正しく把握できなくなっている可能性に思い至るからだ。そしてそれが事実であることも少なくない。
BJも知識としてそれを知っていた。でも今日は、と思った。
──今日は付き添いのメーガンが間違えたってことだから、本人の病状には関係はず。単なる間違いだろうな。
「どうぞ。ガムシロップは? 使います?」
キリコの指示通りのドリンクを出して訊くと、メーガンは破顔した。
「じゃあ、イザベラに下さいますか。この子、甘いものが好きなの」
患者の名前がイザベラだと知り、BJは微笑んでキッチンに向かう。来客用のハニーディスペンサーにガムシロップを移しながら、ざっと観察したイザベラの状態を思い出していた。
──外出できるだけまだましなのかも。でも随分、重いな。
綺麗な外出姿だったメーガンとは対照的に、イザベラはかろうじて外に出られる程度のルームウェアだった。そしてあまり清潔な状態ではなかった。
風呂に入れなくなっているほど重いのなら──そう思った時、心療内科医として身支度をととのえたキリコが二階から下りてくる気配を感じた。随分時間がかかったな、とふと思ったが、同じドリンクをもうひとつ用意し、ハニーディスペンサーと一緒に持って行く。既に話が始まっていた。テーブルにドリンクとガムシロップを置き、BJはまたキッチンへ戻った。興味がないと言えば嘘になるが、自分が姉妹の話の内容を聞く権利はない。キリコが許さないことも知っている。
しばらくしたらエアコンで身体が冷えるかもしれない。ハーブティーの用意でもしておこうと思った時、リビングで金切り声が上がった。イザベラだと直感し、早足で向かう。
立ち上がったイザベラが大声で喚いていた。対象はメーガンだ。イザベラは口汚くメーガンを罵っていた。メーガンは顔を覆って泣いている。キリコは黙って二人を見ていた。だからBJは溜息をこらえ、リビングに入るのをやめた。やがてキリコが口を開いた。
「イザベラ、よくここまで訪ねて来てくれました。ありがとう」
「来たくなかった!」
「そうでしょうね」
「こんな格好で!」
「問題ありませんよ」
「部屋でみんなが待ってるのに!」
「みんな? どなた?」
「みんなって──みんなよ! アナキンだって、アミダラだって待ってる! 早く帰らなきゃ寂しがる!」
BJはまた溜息をこらえ、静かにその光景を見守っていた。キリコは気付いていないだろう。今は患者にすべての精神を集中している。そんな男だ。
「寂しがる?」
「そうよ! みんないつもわたしと一緒なんだから! 部屋でいつもおしゃべりしてるの! わたしがいないと話ができないの!」
「そう──」
「イザベラ、お願い、正気に戻ってよ」
メーガンが泣き声を出した。たちまちイザベラの矛先がメーガンに向く。架空のヒーローたちの名前を挙げては彼らが寂しがると言い、自分を連れ出したメーガンがいかに極悪人であるか、罪深いかを喚き散らした。キリコは止めようとしなかったが、やがてふとBJに気付き、視線で退出するように命じた。BJは唇をひん曲げてから──イザベラが暴力に及んだら止めに入るつもりだったのだ──それに従う。だがイザベラの絶叫の方が早かった。
「あんたも帰るのよ!」
え、とBJは振り返った。途端にキリコが目で「行け」とまた命じ、イザベラに声をかけた。
「彼女は自分で帰れます。大丈夫、心配しないで」
「心配しないで? 心配じゃないの? あの人だってわたしの部屋の人だもの、連れて帰ってあげるのよ!」
BJに向かって歩き出そうとしたイザベラを流石にキリコが立ち上がって止めた。イザベラはキリコを押しのけようとしたが、痛みを与えない程度の力で腕を抑えられて諦めたのか、足を止めてまた叫ぶ。
「あんた、来なさいよ! 連れて帰ってあげるから!」
「先生、サンルームへ行きなさい。──イザベラ、連れて帰りたいんですか? どうやって?」
それ以上BJはリビングを振り返ることなく、言われた通りにサンルームへ向かった。サンルームを指定された理由はすぐに分かった。内側から鍵をかけ、身を守るように指示されたのだ。あの程度の患者の状態ならわたしだって慣れてるのに、と思いながらも、自分がいない方がキリコが診察しやすいことも分かっていた。
サンルームに入って言われた通りに鍵をかける。夏の陽射しを防ぐブラインドだけでは暑さまでもは遠ざけられず、いやに暑い。もともと洗濯物を干すための部屋なのだから日当たりが良すぎる。エアコンをかけてからこもった空気を入れ換えるためにブラインドを上げ、掃き出し窓を開けた。
「あれ」
「にゃお」
「待ってたの? 暑かったでしょ、今日はリビングから来なかったの?」
「うにゃ」
「患者が来てたからかな。良い子たちだねえ」
遊びに来ていた猫の母子をサンルームに入れてやる。いつもなら足を拭いてからだが、今はサンルームにこもっていなければならないので特別にそのまま入れた。後で掃除をしようと思った。
「あ、ここにはおやつがないんだ。ごめん」
「にゃご」
「みぃ」
母猫は了承、子猫は不満の返事をし、それから勝手にサンルームをチェックし始める。彼女たちにとって大切な縄張りだ。好きにさせておきながらスツールに腰掛け、コーヒーテーブルに置いてあった本を開いた。初めて見る小説だった。キリコが読みかけで置きっぱなしにした本だろう。置きっぱなしにするなんてどうせ面白くなかったんだろう、と思いながらも時間つぶしにページをめくる。案の定、面白くないと思ったが、英文の勉強になると考えてそのまま読み進めた。
「マフィン」
不意に呼ばれて顔を上げる。ノックの音も聞こえた。面白くないはずの本にしっかり時間を奪われていたようだ。慌てて鍵を開け、診察を終えたキリコを迎え入れた。キリコはBJを抱き寄せてキスをする。
「帰ったよ。こんな場所に押し込めて悪かった」
「いいけど。その──大丈夫?」
「何が?」
「あの二人、おとなしく帰った?」
「ああ、うん。タクシーを呼んだらあっさり帰ったよ。元々帰りたかったわけだし」
「ふうん」
「何だ、おまえさんたちもいたのか」
「にゃお」
「にゃご」
終わったの、おやつちょうだい、とばかりに見上げる猫の母子に笑い、キリコは「行こう」とBJを促した。
「アナキンとかアミダラって」
「うん?」
「スターウォーズだっけ」
「そうだな。まあ、そういう系統が随分好きらしいよ」
「ほかにも言ってたわけ?」
「守秘義務」
「手伝ってやったのに」
「それはありがとう。夕飯はどうする? 泊まる?」
「予約違いの患者にかまけて放っておいてくせに訊く? 帰って欲しいわけ?」
「とんでもない。全力で埋め合わせしたくてたまらないね」
リビングに入るなり抱き締めてキスをされた。嬉しかった。BJは笑い、深くなりそうなキスを避ける。
「先に夕飯。──ネクタイなんて外してよ。家の中じゃ決まらない」
「我が儘が過ぎる」
「追い出せば?」
「おまえじゃなけりゃね」
軽いキスをしてからキリコが着替えにリビングを出る。機嫌が良くなったBJは猫たちにおやつをあげることにした。おまちかねのおやつの気配を察した猫たちがたちまちにゃあにゃあと騒ぎ始めた。
「タクシーじゃなくて」
「うん?」
「救急車でも良さそうだったのに。さすがドクター・キリコ」
好きな男の手料理とデイリーワインでほどよく上機嫌に酔ったBJは、珍しく真正面から医者としての恋人を称賛した。こうするとキリコはいつも「馬鹿言え」と言って眉をひそめ、それでも嬉しそうであることは明白な態度でキスをくれる。
今日も半ばそれを期待していたのだが、意外にもキリコは「うーん」と唸った。
「救急車は呼ばないよ」
「まあ、場所柄難しいだろうけど、ここが病院なのはみんな知ってるからいいんじゃない?」
何と言っても赤坂の一等地、そして周囲の目を気にする人々で構成された地域だ。近所の目が気になるからいざという時に救急車を呼びにくい、という話を耳にしたこともある。
「いや、そういうわけでもなくてね。──まあ、二度と来ないから気にしても仕方ない」
「ああ、そうか。心療内科じゃなくて精神科だし?」
心療内科と精神科は大きな違いがある。キリコの副業は心療内科であり、イザベラが適しているであろう精神科は範疇外だ。この時代では精神分裂病と呼ばれるものだろう、とBJは当たりを付けていた。
「違うよ」
だがキリコが何かを突き放したかのように言った。BJがあまり聞いたことのない声だ。
「心療内科でも精神科でもない」
「じゃあ何? そこまで話したなら守秘義務なんて忘れちまえよ、闇医者」
「うるせえな、モグリ。知りたきゃ対価が必要だ」
「おいくら?」
「朝まで貸し切り」
「──元々その予定だったけど、恩着せがましくしてあげる。よくってよ、早漏のあなた? せいぜい好きになさい?」
「商談成立だ、クソビッチ。泣かせてやるからな」
汚い口だな、とBJは文句を言い、おまえが言うか、とキリコが返す。
食事を終え、昼には姉妹が座っていたソファに並んで座り、いつも飲むカクテルを前にキリコが話を始める。
猫の母子は今日は宿泊だと決めたのか、寝床にしているテラス窓の前で丸くなり始めた。どうせ夜中に起きて歩き回るだろうから寝室に鍵をかけよう、とキリコは決めた。
「で、心療内科でも精神科でもないってどういうこと」
「そのままだ」
「じゃあ外科? 内科? それとも──」
「いや、おまえ、──怒るなよ」
「何?」
「喧嘩を売るわけじゃないからな」
「だから何」
「出迎えた時に気付かなかった?」
「何が!」
キリコは息を吐き、BJの腰を抱いた。BJは唇をひん曲げながらもキリコにもたれかかる。
「イザベラは健康だ」
「……そりゃ、病気も怪我もなかったよ。ざっと見ただけだけど」
「メンタルもね」
僅かに考え、BJは眉をひそめる。それからキリコを見上げた。軽くキスをされた。嬉しかったが今はそうじゃない、と押しのける。
「何それ」
「痛ェな」
「何それって訊いてるんだけど」
「だから──あれがイザベラなんだよ。やり直し」
「早く話せ、馬鹿キリコ」
今度はBJから噛み付くようにキスをする。キリコは辟易した顔を作り、それからあっさり言った。
「演技だ、ありゃ」
「──は? 精神分裂病だと思ったけど?」
「あんなに理路整然と話す精神分裂病がいるか」
それから少し、キリコがその病識について説明する。BJも充分理解しているつもりだったが、やはりこの分野はキリコが一歩秀でていると実感した。
だがイザベラのことは納得できない。そう言うとキリコは更に説明してくれた。
「問題があるのはメーガンだ。メーガンはイザベラを支配したがっている。イザベラは支配されれば社会に出なくて済むことが分かっているから仮病を使っている。それだけだ」
「ちょっと待って。メーガンが病気ってこと?」
「病気じゃない。まあ、カウンセリングが必要な人格障害ではあるだろうが」
俺が手を出すことじゃない、とキリコが言った。違うよ、と言った時の声をBJは思い出した。ああ、と思う。──ああ、怒ったんだ。仮病で時間を取らせたイザベラと、それから──
「妹を支配しようとするメーガンに?」
「何?」
「怒った」
「怒るなって言っただろう」
「違う。キリコが」
「俺が? 怒った?」
キリコが眉をひそめる。BJは唇をひん曲げる。数秒後、キリコは観念した。
「そうだよ」
「珍しいね、患者に怒るなんて」
「患者じゃない。俺はどこかのモグリと違って押し売りをしないからな。自分で患者になりたい人間しか相手にしないよ」
「押し売りしないと良くならない人間がいるってことを忘れなさんな」
「仕事に口を出すな、ルール違反だ」
「If you say so!」
「口を縫うぞ!」
あなたがそう言うなら! ─過去にそんなやり取りをした時を思い出し、苦笑しながらキリコは新しい酒を作りにキッチンへ行く。その後ろをついて行きながらBJは言った。
「支配したがってるって?」
「深いところまでは本人を分析しないと分からない。分かる気もないが」
「分かったとこだけ言ってよ」
「原因までは知らない。ただ、予約の日をわざと間違えた。あれはイザベラが自分の言うことを聞くか、メーガンが試したんだ」
「わざと?」
「あれはわざとだった」
心理的な分析で分かったのだとキリコは言った。そこまではわたしじゃ無理だ、分からない、とBJは流石に心から敬意を表した。二人分の酒を作るキリコに背後から抱き付き、それで、と続きを促す。BJが好きな桃のカクテルを作りながらキリコは説明した。
「メーガンは外出着を着ていたし、メイクも完璧だった。でもイザベラはルームウェアだ。普通なら着替えさせる」
「着替えができなかったのかも」
「着替えもさせられない関係で、来たがらないこの場所にどうやって連れてくるんだ?」
つまりメーガンが着替えをさせなかった。キリコはそう言った。
「『こんな格好で』」
イザベラはそう言ったんだ。キリコのその言葉に、BJは表情が強ばったことを自覚した。
「でもイザベラは精神疾患じゃない。大いにまともだ。医者の前で大声を上げるのも、無関係のおまえに詰め寄ろうとしたのも、メーガンが好む振る舞いだった。今日はパーフェクトだったよ。素人目にはね」
イザベラが社会に出たくない理由をBJは問う。よく分からないが、と前置きをしてキリコは答えた。
「それなりに居心地がいいんだろう。姉の支配を受けていれば社会の荒波に揉まれなくて済む。──過去に何かあったのかもしれないな」
「訳が分からない」
「俺だってこれくらいしか分からない」
「充分ですよ、ドクター・キリコ!」
白旗を揚げたBJに笑い、振り返って桃のカクテルを渡してやる。立ったままグラスに口をつけ、今度は自分の白ワインのカクテルを作り始めたキリコに言った。
「で、いつ行くの?」
「何だって?」
「見捨てるわけじゃないでしょ、早く予定立てなよ」
あっさりと決めつけるBJに大きく溜息をついてみせたが、BJはどこ吹く風だ。わたしの男が患者を見捨てるはずがない、と顔に書いてある。くそ、とキリコは口の中で呟いた。その通りだと認めるのが何とも業腹だった。適当に作ったカクテルをぐいと飲み、がう、と獣の鳴き真似をしてから唇に噛み付く。BJが笑った。
「怒るくらい心配したメーガンの連絡先は? わたしが電話してあげようか?」
「──うるせえんだよ、モグリ。風呂に入って綺麗にしておけ」
対価を寄越せ、泣かせてやる。無理をして作った脅しにBJは声を挙げて笑い、からになったグラスを押しつけて、言われた通りにバスルームへ向かった。短い睡眠から起きた猫たちがその後を付いて行く光景を見て、今日は絶対に寝室に鍵をかけよう、と改めてキリコは思った。

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