※オカルト注意※ 山の中の話

SSとか

あまり怖くないんですが一応オカルト注意ということで。書き込むと絶対途中で書くのが嫌になる気がしたのでがーっと書いてしまいました。もう少し書き込める話(書き込まないと細部が分からない話)なんですが雰囲気で読んで下さい。先生がオカルト苦手というのはあまりなさそうなんですが、日本独特の怪異ならまた別かもしれん。と思ってみました。台詞をカギカッコで括っていないのはなまじ括るとあれこれ文章を付け加えたくなって話が長くなる悪癖防止です。

 依頼人は過疎地の村長だった。三十路に近い娘のカルテが闇のマネージメント事務所を通して崖の上の家に届けられた。見る限り、BJにとってそれほど難のある治療ではなかったが、術後は一定期間の服薬が必要になる。あまり得意な薬じゃないな、と認め、素直にキリコに同行を求めた。構わないよ、とキリコは頷いた。
 着いた過疎地は限界集落も同然だった。深い山の中に埋もれるように佇むその村は息を潜めているようにも見えた。住民の半数以上が高齢者で、子供が田舎を嫌って都会へ行ったきり帰って来ない家が多いのだ、と村の入り口まで迎えに来た青年が言った。車は村の外れに停めて欲しいと言われ、2人はそれに従った。
 あなたは村を出ないのか、とBJが問うと、俺はここに骨を埋めることになると思う、と返事をされた。ほどなくして、彼が村長の娘──今回の患者──の許嫁であると、BJとキリコは知った。
 途中、ここが過疎地であることを思い知る。田舎であればあるほど大切にされるであろう神社はすっかり寂れ、手入れが行き届いていない。神主もいないようだ。道を行っても商店らしいものはない。週に一度だけ生活必需品を積んだ移動販売車が来るのだと、訊いてもいないのに青年が言った。住宅も古く、そして山肌を覆う緑のせいか、村全体が暗い。
 外部、しかも都会からの訪問者は珍しい。村の人々は無遠慮な視線でじろじろと2人の医者を観察する。声をかけてこないことがいっそ不気味だった。村長の手前があるんだろう、とキリコが言った。BJは頷き、ここでは日本語だけにして、とキリコに要請した。閉鎖的な場所で他の人間の多くが分からない言語で会話をするのは得策ではない。
 村長の娘の病気はカルテでの診立て通りだった。キリコはカルテにあった彼女の服薬歴を思い出しながら、ざっと彼女の様子を観察した。
 BJと娘の年齢が近いこともあり、打ち解けるのは早かった。BJは医者の顔を保ちつつも彼女の話を聞き、そこまで弱っていない、すぐにでも手術ができると告げた。娘は喜び、良い器量と言える顔をほころばせた。父である村長と母であるその妻も喜んだ。キリコはとくに口を出さなかった。BJの判断が正しいと思ったからだった。すぐにでも。いや、できるだけ早いほうがいい。
 すぐに手術は可能な状態だが、手術をする場所で問題が出た。BJはこの家でできると確信していたが、村長と妻が乗り気ではない様子を見せた。気持ちは分かる、と口を出さずに話を聞くだけだったキリコは思う。家族、しかも娘の手術であれば、設備が整った大病院が良いと思うものだ。BJの腕と自信を疑うつもりは毛頭ない。ただ、家族の気持ちが分かるというだけだった。できるだけ早く手術をしたほうがいいことは確かだ。逼迫した状態ではないがそう言えることは確実だった。BJがこの家ですぐにでも手術をしたいのは、おそらく同じことを感じているからだろうと思った。あとで2人になったときに確認しようと決めた。
 話し合いを当人たちに任せ、キリコは縁側へ出る。春と夏の狭間にある時期、すでに東京は湿気が襲って来ているというのに、山肌に佇むこの集落は涼しかった。そろそろ寒くなるしまだ朝晩は冷えるよ、と不意に声をかけられた。庭に娘の許嫁が立っていた。川で獲れた魚を届けに来た、と言い、持っていた魚籠に入った魚を見せてくれた。まだ元気よく動いていた。彼は勝手知ったる態度で家の中へ入って行った。
 やがて厨房に魚を置いた彼が戻ってくる。どうなんだ、とキリコに訊いた。私は主治医ではないから分かりませんね、とキリコは答えた。彼は少しキリコを見つめたあと、そうかい、と言って話し合いが続いている居間に目をやった。BJを見ている、とキリコは気付いた。
 あの人は嫁さんかい。青年が言った。そうですよ、とキリコは敢えてそう答えた。嫌な予感がしたからだ。ああ、そうかい、と青年は呟き、静かに庭へ下り、そのまま家を出て行った。キリコは息を吐き、村を覆う隠すような山肌の樹木を眺める。清涼な空気であるはずなのにどこか粘ついた感触が肌に触れていた。気のせいだ、人間ってのは思い込みが悪い方向に影響するものだ、とキリコは結論付けた。
 結局、娘の手術は山を下りた場所にある総合病院でおこなうことになった。手配に時間がかかることは確実で、機材やそのほかの準備を入れると数日を要する。また日程を決めてから改めて検査をしましょう。BJは言った。それまでは総合病院の近くにあるホテルに滞在することになった。
 村長たちはぜひ我が家に滞在して欲しいと要請したが、BJはかたくなとも言えるほど強くそれを拒んだ。おかしいな、とキリコは思った。こんな状況は過去にも経験したことがある。そして依頼人やその家族が勧めるとき、基本的に断らない。だが今のBJはその様子がなく、何が何でもこの家に留まりたくないといった態度だ。
 ではせめて今夜だけでも、もう遅いですし、と村長夫婦は食い下がる。やがて自室の布団からよろよろと歩きながら様子を見にきた娘も今夜だけとせがみ、結局BJはひと晩だけの滞在を受け入れた。
 食事を、お風呂を、あれも、これも──饗応したがる村長夫婦や、外部の人間の観察ついでにあれこれと料理や酒を差し入れに来る村人たちの勧めを角が立たない程度に断り、BJとキリコは早々に客間へ引き上げた。
 襖を閉めるなりBJが大きく息を吐き、コートも脱がずにキリコにしがみついた。キリコは髪にキスをしながら抱き締め、どうしたの、と問う。問いながら、おそらく自分と同じだろうと思った。自分と同じ──得体の知れない粘ついた感触が離れない。纏わり付かれているように。
 ここは怖い。日本語で、と要請したはずのBJは、スペイン語でそう囁いた。キリコは頷きながら、BJは盗み聞きを用心したのだと知って自分もスペイン語に切り替える。この集落にスペイン語を理解できる者がいるとは思えなかった。キリコは分からないかもしれないけど、とBJは言った。キリコは分からないかもしれないけど、何だか、日本の怪談に出てくるような空気があって、怖い。
 ああなるほど、とキリコは納得した。自分も多少の知識はある。だからこそ感じていたのかもしれない。どこかしらオカルトめいた事象が起きそうな雰囲気であることは確かだった。
 何もないさ、もう寝よう、怖がる必要なんかないよ──我ながら説得力がないような気もしたが、それしか言えることがない。古いが手入れをされた2組の布団に並んで横たわったが、電気を消すと同時にBJはキリコの布団に潜り込んだ。
 しがみつくBJの髪を撫でながら、都会と違って恐ろしいほどの静寂に包まれた夜を過ごすことにした。明日の朝は早めにこの家を、村を出よう、と決めた。オカルトめいた、日本人の感覚であれば怪談めいた何かが起こるなどとは到底信じていないが、BJがここまで怖がるのなら、キリコにとって正しい選択だった。
 やがてBJは眠り、キリコも眠気に襲われる。だが山肌の木々の中で何かが鳴いた。フクロウだろう。それで意識から眠気が少し飛び、水でも飲もうと思って部屋を出る。厨房にあるものは何でも使って良いと村長から言われていた。
 手元灯だけをつけた薄暗い厨房に入る。シンクの横に水差しとコップ、それから薬包があった。娘の朝の薬を用意してあるのだろう。キリコは冷蔵庫を開け、中にあった冷たい水差しを取る。コップに注いで口を唇を湿らせていると、ふと窓際に置かれた魚籠が目に入った。許嫁の彼が持って来た川魚が眠っているようだ。しばし考え、厨房の電気を点けた。魚が目覚め、びしゃりと音を立てて跳ねた。
 娘の薬包を開き、無造作に魚籠の中へ振り入れる。数分後、魚は明らかに動きを鈍らせた。最後まで見るつもりはなかった。薬包を片付けて厨房の電気を消し、客間へ戻った。眠っていると思っていたBJが、襖を開くと同時に起き上がった。どうしたの、と不安げに問われ、水を飲んでいた、と答えた。それから自分の鞄を開き、娘の薬包と同じ包み方をした薬を出し、また厨房へ戻ろうとする。そのときだった。BJが息を呑み、キリコですら動きを止めた。

 おおい。

 声が聞こえる。

 おおい。
 おおーい。

 おおおーい。

 山肌の木々の合間だろうか。それとも村のどこかだろうか。声の主がいる場所すら分かりにくい。だが声は響く。おおい。おおーい。
 鞄に隠してあった銃を取り出すのと、枕元にあったコートを羽織ったBJが身体を寄せてくるのはほぼ同時だった。声は続いた。やまびこのように夜闇の空気を震わせ、村中に響き渡るようだった。おおおーい。
 誰も起きないのか。不意にキリコは思った。BJも同様だ。これだけの声で誰も起きないのか。誰も外の様子を窺おうとしないのか。声は続く。おおい。おおおおーい。BJが息を呑む。近付いていると気付いたからだ。
 その時だった。

「おおおおい!」

 BJは悲鳴を堪えた。キリコは銃の安全装置を外す。強く強く響いたその声は窓のすぐ外からのものだった。そしてまた響いた。おい! おおい! おおおい!

「聞こえてるんだろぅおぉー!」

 窓に影が映った。キリコは発砲した。BJはメスを投げた。銃声とガラス窓が割れる音が同時に響く。そして影が瞬時に消えた。キリコはBJを促し、2人の鞄を持って部屋を出る。車を村はずれに停めてあることを思い出し、舌打ちしたくなった。駄目だ、とBJが言った。患者がいる、行けない、と言った。
 キリコが説得のために口を開こうとしたとき、村長とその妻が何事かと寝間着姿でやって来た。状況を説明すると夫妻は顔を見合わせ、ああ、いえ、と言いよどむ。
 この山には物の怪がいる、昔から伝えられている、外部から来た人間を驚かせようとする──そんな話を真顔で教えられ、キリコは溜息を押し殺し、BJは青ざめた顔をしていた。根っこは日本人だな、とキリコは思った。日本人独特の感性と伝承への畏れは天才外科医ですら怪談を否定しきれなくなる瞬間を生み出してしまうのだ、と。
 キリコの発砲や客間の惨状には何も言われなかった。ほかの部屋に布団を用意しますから、と言われ、そしてその通りになった。BJが娘の様子を気にしたため彼女の部屋を覗いたが、穏やかな寝息を立てているだけだった。キリコはそっと厨房へ行き、この騒ぎの中でもポケットに入れることを忘れなかった薬包をそこへ置いた。中身はビタミン剤だった。
 翌朝、娘はその薬を飲んだ。許嫁が持って来てくれた魚が死んでしまっていた、朝ごはんにしようと思っていたのに、と妻が嘆いていた。キリコはいかにもふと思い出したと言わんばかりの顔をつくり、お嬢さんの薬は誰が用意しているのですか、と妻に訊いた。許嫁だと妻は嬉しそうに答えた。そして、ぶっきらぼうな彼は娘にとても優しく、いつも薬を病院まで取りに行ってくれるのだと教えてくれた。そうですか、とキリコは答えておいた。そうですか、魚は残念でしたね。
 BJが朝の診察をしている間、キリコは縁側でまた山肌を見上げていた。夜中の怪異が嘘のように、それとも嘘ではないかのように、相変わらず木々は鬱蒼と茂り、山肌と村を覆い隠そうとしている。空気を汚すことを自覚しながら煙草に火を点けた。深く吸い、細く、長く煙を吐き出してから静かに言った。魚は残念だったね。
 いつの間にか庭にいた青年は何も言わなかった。キリコの横をすり抜けて家へ上がり、厨房から魚籠を持って戻ってくる。中の魚の死骸は妻がとうに処分していた。
 彼は言った。いつ気付いたんだい。さっさと出て行って欲しかったよ。
 キリコは答えた。最初からさ。どう見たってカルテに書かれた薬の薬効じゃない。検査をすればすぐに分かる。あれは砒素だろう。
 彼は言った。どうして村長たちに言わないんだ。
 キリコはまた答えた。俺の仕事じゃないし、ブラック・ジャックが手がけた以上はおまえさんの許嫁も助かるし、何より面倒ごとは御免でね。
 彼は皮肉な笑いを漏らした。あいつが死ねば俺は自由になれたのに。村を出て行けたのに。
 キリコはその話を追究しようとは思わなかった。勝手に出て行けばいいじゃないか、許嫁なんて法的拘束力はないんだから、と伝えることもなかった。限界集落で生まれ育った人間には、都会で生きる人間には分からない事情や感情があるのだろうと知っていた。
 そのまま彼は家を出ようとした。キリコはその背中に問いかけた。
 ゆうべのあの声はどうやったんだ。俺たち以外にも聞こえていただろうに誰も起きなかったってことは、全員グルだったのか。
 彼は足を止め、それからゆっくりと振り返った。嘘だろう、とキリコは眉をひそめた。
 彼の顔が偽りなく、一体何を言っているんだ、といったものだったからだ。だからキリコは簡単に説明した。彼はゆっくりと首を横に振り、それは俺じゃない。そんな声もしなかった。と言った。
 ああ、ただ──彼は続けた。

 ここいらには山の物の怪ってのがいるんだよ。
 都会の人が珍しくってやって来たんだろう。
 そう、
 みやこの人間はどんな味がするかってね。

 馬鹿を言え、とキリコが吐き捨てると、彼は皮肉な笑みを浮かべて今度こそ立ち去った。
 馬鹿馬鹿しい。キリコは心底そう思う。
 だが、BJには言わないでおこうと決めたのも確かだった。
 早い時間から滞在を嫌がり、ここは怖いとBJが怯えていたことは敢えて忘れようと決めた。

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この時代はまだ砒素が簡単に手が入ったので。ということでひとつ。

SSとか

Posted by ringorira