禁煙する時したい時

SSとか

フォロワーさんがネタをくれたので堂々とかっぱらって書きました。ありがとうございました! それにしても私が書くキリコは先生の体重に敏感すぎる。その分自分の体重にも敏感である。はず。

 ミッション、禁煙せよ。これはもう、特に禁煙する意志のない喫煙者にとってはかなり苦痛なミッション。特にわたしみたいな(自分で言うのも何ですが!)依存性物質にとことんまで依存するタイプの人間には苦痛も苦痛を通り越して拷問に等しい。
 でも次の依頼人がどうしても煙草が駄目な人で、多分アレルギーじゃないかって様子だったから仕方ない。そこはモグリでも名医、我慢しようじゃないの。その代わりオペの後は絶対一服する、いつもみたいに寝落ちしないで絶対一服する。
 一時的な禁煙の予定なんてどうってことない。ほんの数日。自慢じゃないけど意志は強い方だし(強情なだけって言った奴は口を縫う)、簡単にこなす未来しか見えないな。
「なるほど、話は分かった」
 わたしの禁煙の決意を聞いたキリコは興味がなさそうに、でもおまえの話はきちんと聞いているよって絶妙な態度で頷いた。このバランスがうまい。わたしの性格を知り尽くしている。流石。
「分かったんだが、俺の質問を聞いてくれる?」
「いいよ。つまんない質問なら答えないけど」
「ありがとう。──どうして俺の家に来たんだ?」
 つまんない質問すぎて答える気がなくなった。ぷいと身体ごとそっぽを向いて隣に座る男に寄り掛かる。この家のソファはクッションが効いていて気持ちいい。キリコは寄り掛かるのにちょうどいい。
 わたしが答えないでいると、キリコは勝手に「なるほどねえ」と呟いた。何がなるほどだ。どうせ邪推に決まってる。つまんない質問だしつまんない理由だし。
「禁煙数時間でどうせ苛ついていたおまえが鬱陶しいからお嬢ちゃんに追い出された。当たり」
「……つまんない質問しやがって!」
 しかもあっさり見抜きやがって。邪推でも何でもなくて正解だったから余計に悔しい。ぐぬ、と呻いてわたしはキリコにもたれかかったまま暴れた。うるさい、と言われて片手であっさり抑え込まれる。こら、ちゃっかり下乳に腕を回すな、このエロ死神。どうせ腕に乗るほど大きくないです!
「キリコも禁煙!」
「構わないよ。慣れてる」
「は?」
 こいつが禁煙してるところなんて見たことがない。わたしの疑問を見抜いたのか、キリコは涼しい声で勝手に補足説明をした。
「安楽死の患者に結構多いんだよ、煙草嫌い。そういう相手の時にはにおい消しのために前の日から吸わない」
 わたしは思い出す。そんな時あったっけ。……あ、そうかも。……そうか。
「ってことは」
「うん?」
「これからキリコが煙草を吸わない夜があったら、次の日は殺人の仕事ってことだな。覚えた。絶対邪魔する」
「──くそ、言わなきゃよかった」
 新たな対応策を考えなければならない、とでも言いたげな声で呻いたキリコに一勝した気分になって、わたしはフフンと鼻を鳴らした。こうするとキリコが悔しがった振りをして構ってくれるからなんだけど。案の定、寄りかかっていたわたしをぐいっと両腕で抱き寄せてくすぐってくる。わたしは大笑い。
「いい機会だからやめてもいいんじゃないか?」
「酒と間食が増えるだけだと思う」
「百害あって一利なしの代表格だってのに、このモグリの無免許医は」
「殺人しかできない藪医者に言われたくありませーん」
「ったく、この!」
「あっは……!」
 今度は本格的にくすぐられて、わたしも結構本格的に笑い転げた。一頻り笑って一息つくと、ううむ、と唸りたくなる
 あれだ。
 吸いたい。
 一息つくと吸いたくなる。これって薬物的な中毒って言うより行動パターンで出る欲求なんだよね。一息つくことと煙草を吸うことが脳に関連付けられちゃってる。少し我慢してれば治まるけど、それまでが結構長い。
「おまえは今、煙草を吸いたいと思っている」
 当たりです。
「何か食べる。我慢がきつい」
「そりゃお嬢ちゃんも追い出すよ。彼女の聖域を荒らされちゃたまらない」
「あの家、わたしのなんだけど?」
「台所は食事を生み出す人間の聖域だ」
「ボンカレー作ってる」
「お嬢ちゃんの前で言って同意が得られるなら俺も追従しよう」
「むかつく。キリコの家の聖域を荒らしてやる」
 勢いよくソファから──いつの間にかキリコの膝の上だったけど──飛び降りて、わたし専用のチョコやキャンディ、クッキーが置いてある聖域とやらへ向かう。
「猫の空き缶、溜まってる」
 キッチンの隅にあった猫の餌の缶詰を見てリビングにやや声を張り上げると、明日が収集日なんだよ、って返って来た。なるほど。それにしても結構数が多いな。この家の猫じゃないのに我が物顔で食事をする近所のマダムの猫、この家に人がいる時は入り浸りなんだから。可愛いからいいけど。今日も来るかも。
 ついでに猫が夢中で食べる例のゼリー状のおやつの在庫を確認したら少なかった。後で買いに行こうかな。外出すると気が紛れるから煙草も忘れられるし。
 わたし専用のお菓子ボックスを開けて、小さなチョコレートを口に放り込む。美味しい。コーヒーを淹れに来たキリコが溜息をついた。
「吸いたくなるたびに食ってたら豊かになる」
「豊か?」
「おまえならまずこの辺」
 ぺしん、って軽く尻を叩かれた。このエロ死神! セクハラ野郎!
「ひどくない!?」
「酷くない。危機感に怯える男の不安の表れに過ぎない」
「ジェイゾロフトでも飲め、処方箋書いてやる」
「飲みたかねえよ、あんなもん」
 医者の台詞か、こら。
「わたしはあまり処方しないけど」
「うん?」
「実際の薬効は? いい結果出てなかった?」
「症状によるし──」
 キッチンで立ったまま話をするのはよくあることで、キリコはコーヒーを淹れながらわたしに薬について説明してくれる。はっきり言って質の高い講義なのでわたしはラッキー。ついでに食べたいと思った時にチョコやキャンディ、クッキーにいつでも伸ばせるのもラッキー。こういう話の時は煙草をつい吸っちゃうから、禁煙中だと余計にラッキー。
 たっぷり30分くらい話をしてくれた後、キリコがわたしを見て深く溜息をついた。何、なんかむかつく。
「マフィン」
「何」
「禁煙中に何キロ太る気だ?」
「はあ?」
「今の話の時間だけでその量?」
 わたしは手元を見て、こりゃ反論できない、と思った。子供が親の目を盗んで思いっきり食べちゃった時みたいに、チョコやクッキーの包み紙がこんもり積み上がってる。ついでに口の中にはキャンディ。そりゃキリコも溜息をつく。
「おまえが禁煙中は全部捨てるか。成功したら新しいのを買ってやる」
「やだやだ、もったいないオバケが出るよ!」
「何だ、そりゃ」
「食べ物を粗末にする人の布団を囲んで、もったいねぇ、もったいねぇって踊るオバケ」
「大人になった俺には怖くも何ともないジャパニーズゴーストだな。おまえが肥え過ぎる方が怖い」
「わたしの肥満はオバケレベルか!」
 あんまりだ! って怒ろうとしたけど、キリコの表情から察するにそのレベルなんだと思う。キリコは見た目の美醜にはあまりこだわらないけど、健康を害する過度の体重増加は嫌いらしい。まあ、こいつ医者だし。しかもどっちかって言うと内科寄りの仕事が多いし。
「とにかく他の方法を考えろ。吸いたくなったら歯を磨くのがセオリーだな」
「歯茎が傷む。コーヒー飲むからいいもん」
「依存性物質の抑制を依存性物質でしようって? 馬鹿か、おまえ」
 ヘロイン中毒の禁断症状を大麻で抑えるようなものだ、って続けて言われた。知ってるよ、うるさいな! 別に一生禁煙するわけじゃないんだからいいじゃない!
「って、腹が立ったら煙草吸いたくなった! キリコのせいだ! 馬鹿!」
「そりゃあ単なる関連付けだ。おまえは怒ったら落ち着きたくて煙草を吸おうとする」
 いかにもおまえのことなら何でも知ってますよって口調で言われて更に腹が立つ。うるさいな、って本気で怒ろうとしたら、目の前にキリコの顔が近付いて、ひとつだけの青い瞳の中に何やら苛ついて可愛くない女が映ってるな、って思ったら──キスされた。
 ちょっと丁寧に深く唇を合わせて、でも深すぎなくて、滑り込んだ舌がわたしの下の歯茎をちょっと舐めて、それでキスが終わった。
「吸いたくなったらまたしてやるよ」
 あの低くて甘い良い声で囁くおまけつき。こいつ、自分がいい男だってこと、甘い声だってことを分かってるからたちが悪い。
 たちが悪すぎて、騙されてやろうって思えちゃうからよくない。
 でも青い瞳の中の可愛くなかった女が、何だか少し照れてて可愛く見えないこともなかったから、たぶん悪くない方法なんだと思う。
「キリコ」
「うん?」
「煙草吸いたい」
「どうぞ」
 ほんの数秒での再要請にちょっと笑って、それでもキリコはまたキスしてくれる。わたしは気分がよくなる。騙されてやろうって思えちゃう。
 もっとしたいな、って思うタイミングで唇が離れるから、わたしはまたキリコを何度も呼んで、煙草吸いたい、って言う。キリコが何度もキスしてくれる。そのうち二人で笑い出して、けらけら笑いながらリビングへ行った。ちょうど遊びに来た猫がテラス窓を外から引っ掻いていた。
 猫を家に入れで至福の肉球を拭きながら、煙草吸いたい、って言ってキスをしてもらって、猫を甘やかして、わたしはキリコに甘やかしてもらって、猫はご飯が食べたくてキリコににゃあにゃあ命令する。
 キリコが猫缶をベースにした猫のご飯を作りに行った後、しばらく猫と遊んでたんだけど、気になることがあって猫を転がす。
「うにゃ」
「はーい、ちょっとこちょこちょですよー」
「うにゃああ」
 嫌そうな声を出す猫を万歳させてこちょこちょ。ちょっと念入りにこちょこちょ。
 それから煙草が吸いたくなったからキッチンへ行く。ちょうど猫のご飯ができたところだった。わたしが何か言う前にちゅっとキスされて、ついわたしは笑う。
「煙草吸いたいってまだ言ってない」
「俺も禁煙中」
 その意味が分かって、わたしはまた笑った。キリコも笑って、今度は同時にキスをした。キリコも煙草が吸いたくなったらわたしにキスするみたい。
 二人して結構なヘビースモーカーだから、下手すると一日中キスしてることになりそう。
 それもいいかな。
 うん、いいな。
「禁煙。キリコもわたしも真面目にしないと駄目みたい。猫がいる場所では吸ってなかったけど、家の中にニコチンを残さない方がいいと思うし」
「何の話?」
「あと二ヶ月くらいしたら、子猫たちも一緒に来るようになるかも、って話」
「──マダムがすぐ引き取り手を探してくれればいいんだが。餌代で破産しちまう」
 通りであいつ最近よく食べるはずだ、って苦笑いするキリコの足元に、ご飯を待ちきれなかった猫がやって来て、早くちょうだいよ、お腹の子たちもお腹すいてるんだから、って言いたげに鳴いた。
 ご飯を食べる猫を見ていたら煙草が吸いたくなった。煙草吸いたい、って言う前に、キリコがキスしてきた。ちょうどキリコも煙草を吸いたかったみたい。
 あとほんの数日の禁煙だけど、わたしたち、その間にあと何回キスするだろう。
 禁煙って楽しい。って、ちょっとだけ思った。
 禁煙って楽しい。いっぱいキスできる。

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って言いながら先生は絶対後で煙草吸いたくてキレるといいな、と思いました。できれば吸わない方がいい物質だとは思いますが80年代ならまだそこまでうるさくなかったのかな。当サイトは70~80年代設定(曖昧です)で書いてます。

SSとか

Posted by ringorira