モブ視点
「サプリメントアワー」で出て来たMRから見たキリジャ♀。最後は収拾がつかなくなったので適当です。
初めましての方は初めまして。私、昼間は大手製薬会社で稼ぎまくり、夜は闇の仕事でストレスを発散する、我ながら有能なMRでございます。ちなみに独身、ご縁を頂ける女性はいらっしゃらないものかと。
私、かのブラック・ジャック先生やドクター・キリコにも昼夜を問わずご贔屓頂いておりまして、ご自宅兼医院にお伺いすることもしばしば。MRはいわば営業職に近いものでございますからねぇ、日頃のご挨拶も重要なんでございまして。
手土産もよくお持ち致します。最近では女性に良く効くサプリメントを差し上げましたら、お二人ともお気に召して下さったようで、次の日にご発注頂きました!
あれは血行が良くなりますし、本当に女性には良いものでございますからね、BJ先生にべた惚れで有名なドクター・キリコがご購入下さるのは予想しておりましたとも。品質も充分にご確認頂いた上でのご購入、お流石でございます。どうせろくな使い方してねえだろあの死神。──ああ、いえ、何でもございませんよ。
そんな私でございますが、今日も今日とてご挨拶に参ります。普段足繁く通うわけではございませんが、行けば高確率でそれなりの金額をご購入頂く機会に繋がる方々なのです。
それにここだけの話でございますが、表社会で立派な先生として有名な方々にちょっと囁いて差し上げるんですよ。──この新薬、大きな声じゃあ申し上げられないんですがね、かのブラック・ジャック先生が、かのドクター・キリコが医院でご採用下さいましてねぇ。
するとどうでしょう、あらびっくり、立派な先生が目の色をお変えになって発注して下さるんです! あいつらまじ便利! おっと、いえいえ、何でも。
本日は都心一等地にございます、ドクター・キリコのご自宅兼医院へ参ります。こんな一等地でああいったご職業というのも意外でございますけれど、見方を変えれば完全予約制の医療サロンのようなものでもありますし、妙な勘繰りを遠慮なく入れる低俗な地域よりは余程適しているのかもしれませんね。
誠心誠意の笑顔はインターフォンを押すところから始まります。訪問の基本でございます。
『はい』
やがて応答して下さったドクター──おや、この声は。
「お世話になっておりますぅ、私、MRの──」
『──ああ、来たんだ?』
天下の無免許天才外科医、BJ先生でいらっしゃいますね! どうしてここにいるんだ、なんて野暮は思いませんとも! ラッキーでございます! 俺、あの人の顔と体型めっちゃ好みなんだよね、傷なんか気にならねえタチだし。──ああ、いえいえ、何でも。ところで私、独身でございます。良いご縁があればぜひご紹介頂きたいものです。
門をくぐるご許可をBJ先生に──ドクターにお訊きなさらないんですねぇ──頂戴し、とても立派なお庭を素早く観察しながら玄関へ失礼致します。お庭の話は万一ドクターがご機嫌を損ねられた時に織り込むとリカバリーしやすいのでございます。とても大切になさっておられるお庭ですからねぇ。
「何だ、また悪い薬でも持って来たのか」
お通し頂きましたリビングで、ドクターから皮肉なお言葉を頂戴します。隣にいらしたBJ先生、おや、猫ちゃんをお抱きで。おやおや、お召し物が普段のストイックな黒いスーツではなくラフなスカート姿で! お珍しい! 膝下丈か、可愛いな、これ絶対ドクターの好みだろ──いえいえ、何でも。とてもお似合いでいらっしゃいます。
ドクターはテーブルにいくつも論文を広げていらしたようで、なるほど、お仕事と言えばお仕事中でいらしたのですねぇ。このお二方、私が存じ上げるどんなお医者様よりも勉強熱心でいらっしゃることは間違いありません。だからこそ私も足を運んでしまうのです。良い薬は使いこなせるお医者様が取り扱われるべきでございますからね。死神? モグリ? 関係ねえよ、俺が売る薬が人の役に立つんなら。ああ、いえいえ、何でも何でも。
「BJ先生がいらっしゃるとは予想外で──こんなことならお好きなケーキをお持ちすれば良かった!」
今日は手ぶらでございます。ドクターは手土産をお持ちすると嫌がるのです。そういった文化に慣れていらっしゃらないようですね。
「次の時に持って来て」
「かしこまりましたぁ」
「にゃあ」
鳴いた猫ちゃんをお抱きになったBJ先生は、ちゅーるしよっか、と猫ちゃんに話しかけ、ちゅーる、ちゅーる、ちゃおちゅーる、と鼻歌を歌われながらキッチンへ。可愛い。凶悪に可愛いなあの女。──ああ、いえいえ、ドクターに睨まれるわけにはいきません、顔には出しませんとも。
「ちょうど良かった、頼みたいものがあったんだ」
「タイミングの神様に感謝ですねぇ!」
ドクターのご発注はいつも突然でいらっしゃるのですが、その分ご購入金額も大変お高いことがほとんどでございます。表でも裏でもありがたいことこの上ありません。
今日は表のお薬をお求めとのことで、なるほど、BJ先生がいらっしゃる時に裏のお薬をお求めになられるはずがございませんね。何しろこのお二人、お互いにべた惚れのらぶらぶの万年新婚夫婦で有名でいらっしゃいますのに、ドクターの安楽死のお仕事が関わるとまぁそれはもう凄まじい大喧嘩をなさいます。
出先の病院でたまたまお見かけした時、BJ先生に見つかりましてね、「二度とあいつに変な薬を売るんじゃねえこの三流MR!」なんて怒鳴られてしまいまして、何と言いましょうか、ええ、──うん、いいご褒美だった、俺はあの罵声をまたもらえるならいくらでもドクターに薬を売る。──ああ、いえいえ、何でもございませんったら!
ご発注頂くついでに様々なお話をお伺いしました。本業はともかく、ドクターは非常に薬学に関して深い見識をお持ちでいらっしゃいます。天才と名高いBJ先生でさえ、お薬と心療内科に関してはドクターにかなわないとおっしゃられます。私もつい身を乗り出してお話を伺い、私が存じ上げることをお話しし、いつの間にか時間が過ぎてしまいました。
途中で恐れ多くもBJ先生がコーヒーを淹れて下さるほど長居をするという、有能を自負する私としては珍しいていたらく。──BJ先生お手ずからのコーヒー……これはおそらく世界中のMRの中でも頂けた者は私だけでしょう。随分渋いけど。はっきり言えばまずいけど。でも良いのです、光栄です、貴重な経験です。むしろこのまずさは私のような者にはご褒美です。ああ、BJ先生のまずいコーヒー、立場上絶対に断れないこのまずいコーヒー、たまらないご褒美です。
「コーヒーもまともに淹れられないのか、おまえ」
……ああ、ドクター、そんなはっきり……。BJ先生がキッチンからやって来て、むっとした顔でドクターの前からコーヒーカップを回収なさいます。ああ、私のまで! それは! そのまずさはご褒美ではないのですか! まじかよドクター余計なこと言うなよ! ──いえ、本音でございますので何とも。
「悪いな。医療以外はまともな技能が何もない女なんだ」
「いえ、そんなこと!」
かのブラック・ジャックを捕まえてその言い方! いかにも! パートナーにだけ許された物言いって感じで! 非常に! よろしいですねぇ! よしここは安定してる、これからもめっちゃ売ろう、と思わせて頂けます。このお二方にお声掛け頂けるようになってから社内での評価がうなぎ登りの私でございます。闇でもお二方に目をかけて頂いているということで一目置かれております。お客様は神様です、ではなくで、お二方は神様です。
そのBJ先生は私たちのカップを洗っていらっしゃるのでしょう。ああ、もったいない、最後まで飲みたかった。
それからまたしばらくドクターと話し込みました。非常に参考になります。ありがたいことです。
やがてBJ先生が猫ちゃんを足元に纏わり付かせながら、なぜか両手をひらひらと胸の前で振りながらいらっしゃいました。
私に特定のお薬についてお話下さっているドクターの隣に座り、右手をひょいと取り、指をたっぷりと絡め、そしてドクターは何ら反応せず相変わらずお話し下さっていて、私も頷いてお聞きするのですけれども、どうしてもその光景が気になってしまって、いや、何してんだこの女。──いえいえ、お分かり頂きたい。これは混乱しますって。
やがて満足したように「よし」と呟かれ、BJ先生は猫ちゃんとまたキッチンへ。ドクターは今しがた絡められていた右手の指を左手の指に絡め、何やら指先に塗り込むような──ハンドクリームでございますね。
……ああ、……ああ、そういうこと。……そういうことかよ。何だこいつら。馬鹿ップルとか馬鹿夫婦とか闇でよく聞くけど本当だな。──もう取り繕う気力もございませんが、まあ、ええ。
なるほど、BJ先生が洗い物の後にハンドクリームを塗られたのでしょう。
でもその量が多かったのでしょう。
ですからそういうことなのでしょう。
ドクターの指に、多すぎたハンドクリームを塗り込みにいらしたのですねぇ。
そうですかぁ。
仲がよろしくて本当に素敵でございますねぇ!
「人前でやるこっちゃねえよな、ったく」
途端にドクターが噴き出し、私は我ながら滅多にないことでございますが血の気が引く音が聞こえました。──心の声と口から出る言葉が入れ替わってしまったなどと! なんたる! なんたる失態でございましょう!
「いえ、その、ドクター、失礼致しました!」
「いや、いい、気にす──……っ」
ドクターは何が面白いのか笑いを堪えようとして失敗し、身体を震わせていらっしゃいます。
「いい、面白い、面白かった。──ちょっと失礼、……っ」
まだ笑いを堪えようと身体を震わせつつ、ドクターはキッチンへ。やがて耐えかねた笑い声が聞こえて来たのは言うまでもございません。私へのお気遣いをありがとうございます。……くそ、俺としたことが! こんな失態は初めてだ! ──ええ、もう、あのですね、悔しくてなりませんとも! これでも社内一、グループ企業一の成績を誇るMRでございます! それがこんな! 初歩以下の失態を! 俺としたことがとんだ失態でございます! あっ、くそ、混ざってきた、訳分かんなくなってきた!
でも仕方ないと思って頂けませんか。仕方ないじゃあないですか。目の前であんなことをされてご覧なさい。ハンドクリーム出し過ぎちゃったぁ~! って好きな男の手を取るあざとい女はいますよ、確かにそこらにおりますよ。
でもあのブラック・ジャックですよ。なまじな男なんぞ強気な言葉で蹴散らして、怒鳴りつけることだって珍しくない、そして気高く美しく、更に天才外科医、私から言わせてもらえば女王様、罵声もまずいコーヒーもご褒美です、そんなブラック・ジャック先生がですよ。
あざとさも何もなく、当たり前のようにドクターの手を取ってですよ、ハンドクリームを塗り塗りですよ。ぬりぬり。しかもドクターも全く気になさらずに私とお話を続けて。
おかしいです。感覚がおかしいです。ですから私が混乱することなんて当たり前なんです。私の女王様が! ハンドクリームを! 普通ならやらない状況で! ぬりぬり! しかもドクターは全く気にしないで!
存じておりました。普通じゃないって。そりゃあそうです。モグリの天才外科医に安楽死医。普通じゃないのは当然でいらっしゃいます。
それでも。
こいつら、別の意味で普通の感覚じゃない。
頭おかしい。
「キリコから聞いたんだけど」
BJ先生が楽しそうにキッチンからいらっしゃいます。何が楽しいのか分かりませんが、女王様の楽しみは慶事でございます。
「私も聞きたい、やって」
全くもって慶事じゃございませんでした。ふざけんな。
「い、いえ、ご勘弁を……!」
やれと言われてできるもんじゃねえから! なーんだつまんないって言うな! むしろやれって言え! 言って下さい! それならご褒美!
いつの間にか足元にいた猫ちゃんが、私の足の指をぽんと叩きました。あんたも大変ね、と言うように。猫ちゃんにすら同情される私ですか、そうですか。
次にお伺いする時には医薬用ハンドクリームの売り込みでも致しましょう。有能MRの意地に賭けて必ずご発注頂きます。……ドクターにいらないものを山ほど買わせてBJ先生に叱られるのもいいかもな。──ええ、そうです、ご褒美でございます! これからもご褒美を励みに精進してご覧に入れましょう、今後ともよろしくお願い致します!
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