cat’s cry
何か書きたかった。ネタが思いつかなかったので結局いつもの。喧嘩していちゃついてるやつ。書きながら話を考えると訳が分からなくなる見本です。大抵それで書いているのも事実です。
喧嘩の原因は重大なことだったり、些細なことだったり、常に大小あるものだ。仕事が原因なければ軽い口論で済むこともあるし、大喧嘩に発展することもある。はっきり言えば予想がつかない。仕方ない、人はそれを痴話喧嘩と呼ぶ。
今日も今日とて懲りもせず、些細な原因から口論と喧嘩の合間程度の諍いに発展した。エアコンを効かせた快適な室温の中、うだるような暑さの外よりは多少ましだという程度までヒートアップしてしまった。
正直言えばこの程度の喧嘩が最も面倒だ、とキリコはリビングのソファに深くもたれ、煙草を咥えながら思う。
BJは朝から遊びに来ていた猫を連れて寝室へ籠城し、出てくる気配がない。拗ねやがってと溜息をつきながら、しかし自分も面白くないのでまだ機嫌を取る気になれなかった。
原因は本当に些細だ。人類でこんな問題を考えるのは俺たちしかいないとキリコが断言したくなるようなものだった。
発端はキリコが忘れて行ったシャツだ。崖の上の家に泊まる時、キリコは着ていた服を自宅に持ち帰って洗濯する。BJはそれが嫌だ、まとめて洗っちゃえばいいのに、ユリさんのは洗うんだから、といつも言う。だがキリコからすればマナーであり、かつピノコが嫌がるのではないかという懸念がある。
異性、しかも40男。有り体に言えばオッサン。見た目は幼女、中身は18歳のレレイに忌避されるには充分すぎる理由ではないか。
そう説明したらBJは、ピノコはそんなの気にしない、だったら忘れて行くな、馬鹿、早漏、といつもの調子で機嫌を順調に悪くして、結局中規模の喧嘩に発展した。
普段なら簡単な口論で終わる内容だったのだが、BJの要求を受け入れないキリコが中々折れた振りをして機嫌を取ろうとせず、戦線が拡大したと言える。いかなBJに際限なく甘いキリコとはいえ、捨てきれない主張がある時にはそう簡単に撤退できない。
大体、レレイが気にするかどうかはBJが決めることではないと思う。ピノコに対してBJはやや支配が過ぎるのではないかと感じることが稀にあるキリコとしては、やはり受け入れられないという結論に達した。
とはいえ、いつまでも籠城されてはかなわない。ある程度の制限時間内に機嫌を取りに行かなければ、お得意の「どうせわたしなんか」スイッチが入って面倒だ。キリコからすれば(BJに限り)あれはあれで可愛いのだが、如何せん喧嘩の後には負担が大きい。できれば回避したい。
あと一本煙草を吸ったら機嫌を取りに寝室へ上がろうと決めた。いつも通り折れた振りをして謝って、いかに自分が自宅で洗濯をすることに重きを置いているかを説明し──第三者には到底聞かせられない、何て馬鹿馬鹿しい話だ! ──仲直りのセックス、いや、今日は猫がいるからキス程度にしておくか。あの猫も暑さには辟易しているのか、まだ涼しい朝方から遊びに来るようになっていた。
それからランチを食べに出かけるか、しかし暑さでまた不機嫌になられそうな予感もある。あの女は自分の前でだけは全力で甘え、全力で理不尽だ。よく知っている。許す自分が悪いのだから不満に思ったことはない。たまに辟易することは認めざるを得ないのだが、それはまた別問題だ。
短くなった煙草を名残惜しくひと吸いして灰皿に押し付け、ランチは適当に何か作ろうと決める。さて、そろそろ二階の寝室へ向かおうか──そう思った時、リビングのドアが静かに開く音がした。
にゃあん。
思わず笑いそうになったがどうにか堪える。女が発した下手な鳴き真似に返事をしないまま数秒、また聞こえた。
にゃおおぅ。
今度はプロの鳴き声、つまり本物の猫だ。だがあまりにも迷惑そうな鳴き声で、遂に笑ってしまった。
ソファに座ったまま振り返る。
なぜか猫と並ぶように床にぺたりと座り込み、胸にキリコのシャツを抱いたBJが、ドアの前からリビングの中を窺っている。
そしてキリコが振り返ったと知ると、にゃあん、とまた下手な鳴き真似をしてみせた。隣で本物の猫が呆れたのか、緩慢に尻尾を揺らした。
ああ、もう、とキリコは笑いながら白旗を揚げる。
降伏するには充分すぎる可愛さだ。
「meow?」
そこそこ上手い猫の鳴き真似で返してやると、本物の猫がおまえは仲間だったのかと驚いたように尻尾をぴんと立て、可愛い女は笑ってから立ち上がり、うまい、似てる、と言いながら膝の上に乗って男の額にキスをした。とりあえずは終戦だ。
と思いきや、BJは「やっぱりうちで洗う」と言い出した。だからお嬢ちゃんが──そう言おうとしたキリコの言葉を遮り、BJは持っていたキリコのシャツを見せた。
「忘れて行ったのに気がついたのはピノコ。いつの間にか洗ってたのもピノコ。それから」
うちで洗えばいいのに、って言ったのもピノコ。
そう言って唇を尖らせる膝の上のBJを見て、キリコはしばらく考えた後、やがて堪え切れなかった苦笑を漏らした。
「先に言えよ」
「忘れてた」
「ったく」
レレイが洗ってくれたシャツを手に取る。あの家にいる時にいつも感じる海と太陽の香りがする。その香りをまとう恋敵の愛らしい姿と、その隣で笑っている好きな女が目に浮かぶようで、少なくとも好きな女はいま俺の膝の上にいるというのに、とおかしくなった。
そしてあの家が、思った以上に愛おしい場所になっている自分に気づいた。
にゃうにゃう。キリコが完全に陥落したと察したBJが勝ち誇って鳴いてみせる。
可愛いな、と思いながら諦めた振りをして、キリコも鳴いておいた。好きな女が喜ぶと知っていた。meows。
「それ、可愛い」
BJが笑った。キリコも笑った。
本物の猫だけが、ここの縄張りにいる下僕が自分の仲間なのだろうかと疑問を浮かべた顔で見上げていた。
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>>ピノコに対してBJはやや支配が過ぎるのではないかと感じることが稀にあるキリコとしては
この辺はいずれ(覚えていれば)書きたいところです。
(覚えていれば)がポイントです。
何か思いついてもすぐ忘れるんですよね…
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