たとえ似ていなかったとしても
おのちゃんと「えっ原作で写真ないって確定してなかったよね?」「してないしてない!」とSkypeしながら思いついたネタ。
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今日は機嫌が悪かったのか、俺が来る前にスイッチが入っていたらしい。こいつの十八番、どうせわたしなんか。わたしなんか可愛くない。わたしは醜い。
そんなことないよと宥めても、いつまでもうだうだと続くのがいつものパターンだ。実際そんなことはない、可愛い。惚れた欲目を差っ引いたってこいつの顔立ちは整っている。俺たちの人種が思い描く、理想的な可愛らしいアジアンだ。
だがそれが信じられない理由も理解できなくはない。同意はしないが理解はする、程度で。
「何が原因でそんなことを言い出したんだ?」
「忘れた、でもどうせ本当のことだから」
「全くの勘違いだ」
「放っとけ、馬鹿! 早漏!」
「違う」
……早漏じゃない。本当に。誰に主張すればいいのか分からないが信じて欲しい。
お嬢ちゃんが買い物に出掛けていてよかった。流石にこの状態のBJが同じ空間にいるのは辛いだろう。俺は慣れた。どんとこい。これも可愛い。病んだBJは可愛いものだ。面倒など何ひとつ感じない。BJ以外の病んだ女はお断りだが。面倒くさい。
とはいえ、お嬢ちゃんが帰って来るまでに機嫌を回復させておかなければ。あのいい女がBJの機嫌を窺う姿はあまりにも似合わない。はっきり言って見たくない。彼女が哀れだし、俺の女が情けなく思えてしまうからだ。どちらも俺にとっては面白くない。
今までもこんなことは何度も経験している。俺がスイッチを入れてしまったこともあるし、他の何かがきっかけで入るケースも少なくない。共通しているのはただひとつだ。こいつの言い分は全くのお門違い、思い込みもいいところという事実だった。
何度も経験している分、機嫌を直させる方法を何種類も試し尽くしているとも言える。最近はこいつも贅沢になり、特にこれが原因の場合には、可愛いだの愛してるだのとそんな言葉じゃ効果がない。返事すらしない。それどころか「わたしを馬鹿にしているんでしょう」と更にエキサイトの様相を呈する。
はっきり言おう。普通の男ならとっくに別れてる領域だ。俺がこんな話を他人から相談されれば間違いなく別れろとアドバイスする。
だが俺は別れない。俺は恋愛観においては普通だが、BJに関しては我ながら普通ではないのでどうでもいい。
それはともかく、腕時計を見る。この家の主婦が夕飯作りのイメージトレーニングをしながら帰って来るまでそれほど時間がない。そこそこ急ごうか。
俺は毛布を引っ被ってまだぐすぐすと泣いている女に声を掛け続ける。毛布の上から撫でてやる。それでも返事はないし、たまに漏れ聞こえる声は己への呪詛だ。原因の追究は敢えてせず、取り乱した患者に与えるような優しい声を聴かせ続けた。
それでも今日の勘違いは随分と強情だ。分かってるけど、だって、といつまでも切りがない。しかし先程よりは勢いを失っている。興味を他に移してやれば落ち着くだろう。
「本を読んであげる。何でも好きなのをね」
「いらない」
「きっと楽しい。待ってて」
「いらないってば」
「俺が読みたいんだ。付き合えよ」
丸まった毛布をぽんと叩き、書斎へ向かう。背後で毛布の塊がごそりと動いた気配があったが敢えて放っておいた。
無免許の天才外科医の書斎は学術書で埋まっている。普通の女相手なら何を読んでやればいいか悩むところだが、相手はBJだ。難解な本ほど純粋に喜ぶ変な女だ。興味を持って質問して来た時のために──そこで会話が弾めばこっちのものだ──俺が詳しい分野がいい。あの本はどこだ。普段はあそこに、と考え、ふと視線を巡らせると、取っ散らかったデスクの上にあった。ちょうど読んでいたのなら都合がいい。
本を手に取ったが、俺はデスクの前から離れる気になれなかった。しまっておいたのをたまたま見付けたのか、それとも敢えて見たんだろうか。いずれにせよ今のおまえは間違っているよ。そう思ったから本を置き、その写真を手に持って──我ながら丁寧に持って──毛布の空間に守られている女の元へ戻った。女はまだ毛布に丸まっていたが、顔だけは出していた。よろしい、上出来だ、おまえにしてはよく頑張った。
俺の手にあった写真を見た瞬間、BJはがばりと毛布から飛び出した。その勢いでベッドから降りようとした身体を押し留め、俺はBJを片手で抱いてベッドに転がる。もちろん手にした写真を傷めるような愚は犯さない。
「勝手に見るな!」
「だったらきちんとしまっておけよ。──誰だ?」
「関係ない」
「綺麗な女性だ。とても品が良くて優しそうで、きっと彼女はみんなに愛される」
過去形は避けた。気付かない振りをした。一目で分かっても、分からない振りをしてやるべき時はある。今がその時だ。
BJは泣き腫らした目を俺の胸元に押し付けて拭い──鼻水も拭ったな、このクソビッチ──不機嫌半分、拗ねた声半分で言った。
「おかあさん」
「──へえ?」
知らない振りだ。一目で分かっても。
きっとBJが話をしたがるだろうから。
「しまっておいたんだけど」
「うん」
「ピノコが見付けたから、ちょっと見せてた」
「そうか。お嬢ちゃんが出掛ける前?」
BJは頷いた。それから小さな声で、ピノコがいる時には言ってないし泣いてない、と申告した。それならよかった、と俺は答えた。お嬢ちゃんが筋違いの罪悪感を持たなくてもよさそうだった。
「おかあさん、綺麗なひとだった」
「そうだな。とてもね。驚いたよ」
「でも」
でもわたしは綺麗じゃない、とふざけた勘違いを口にする前に俺は先手を打った。
「通りでね。似てると思ったんだ」
似てない、と言われる前に次の手を打った。次の手という名の本音だったことは俺だけが知っていればいい。でもBJにも気付いて欲しい。それはいつかまだ先、こいつがこいつ自身と真剣に向き合う勇気を持てた時なのだろう。構わない。俺はいくらでも待てる。
「俺の好きな女に似てるから、見た時に驚いたよ」
BJはしばらく黙っていたが、やがて俺の胸にぎゅうぎゅうと顔を押し付けて呻くように呟いた。
おかあさんは綺麗なのに、わたしは綺麗じゃないから。
なんだか急に悲しくなっちゃって。
俺は片手でBJの髪を撫で、片手で写真の中の女性を見た。やはり綺麗な女性だし、やっぱり俺の好きな女によく似ていた。
綺麗だし、おまえは可愛いよ。俺はいつもの言葉を口にした。いつもより少しばかり違う感情だったかもしれない。──血という名で連綿と受け継がれる生命の輪への敬意だったかもしれない。
深い場所で、より何かに感謝したくなる。
腕の中の女がよりいとしくなる。
俺の感情を知ったのか、BJが小さな声でごめんねと言った。俺はいいよと答えて写真をベッドボードに丁寧に起き、綺麗な女にキスをした。
幼い少女の帰宅の声が響いた。BJがばつが悪そうな笑みを漏らして起き上がり、おかえり、と返事をしながら寝室を出て行く。
俺も起き上がる。写真を手に取る。
やはり綺麗な女性だった。お会いしたかった、あなたに感謝を申し上げたかった、と呟いてから、彼女の娘を追って寝室を出た。
お会いしたかった。俺の好きな女を産んでくれてありがとう。そう言いたかった。
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終わり方がよく分かんないな! と思ったけどまあいいか! とも思いました。

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