タイトル思い付かなかった
長編の書きにくい場面を書き終わった褒美(?)に中身がない話を書くことを許した。自分に。中身がないって言ってもこういうの好きなんです私。
キリコが膝枕で寝ることは滅多にない。逆の立場は結構あるけど。
わたしの膝、って言うより、ソファだから太腿になるんだけど、キリコが頭を乗せるのは、二人でいてちょっとじゃれる時にやるくらいで、その時も眠り込むことはまずない。例外としてPTSDが出た時は眠り込むって言うか、わたしが眠らせるんだけど、とにかくそれ以外ではかなり珍しい。
最初はいつも通りにじゃれ合っていたはずなのに、気が付いたら静かになって、よく見たら寝てた。重い、起きろ、って言おうと思ったんだけど、何となく、少しくらいこのまんまでいいかなって考え直して、わたしはつけっぱなしになっていたテレビを見る、と言うより聞いていた。
手持無沙汰だったから髪を撫でてみた。キリコがいつもそうしてくれるみたいに、指の間に髪を通す。アジア人だけじゃなくて欧米人でも珍しい銀髪は思ったよりも猫っ毛でさらさらしてる。指通りが気持ちいい。
ここまでの色の銀髪はトゥヘッドって言うんだったかな。ユリさんもおんなじ色で、二人が並ぶと物凄く目立つ。
伏せられた睫毛は髪色よりも少し濃いけど、やっぱり銀だ。ユリさんはよく黒のマスカラをしてる。でもメイクを落とせばやっぱりおんなじ色。
鼻筋が綺麗。頬骨のせいで少しこけたように見える頬は、密林の頃よりはちょっと歳を取った感じがするけど、でもやっぱり顔立ちを整えるのに貢献してる。唇は薄めで、口は大きい。でもアングロサクソンの平均くらかな。
「気持ちよさそうに寝やがって」
毒を吐く時の口調で言ってみたけど、起こすためじゃなかったから小声にした。いつもわたしに可愛いよとか愛してるって、物凄くストレートに言ってくれる唇からは、規則正しい寝息が漏れるだけだった。結構本気で寝ちゃってるみたい。
完全に寝ている人間の身体は重い。医療者あるある、よく知ってる。腿に乗ってるだけの頭も例外じゃなくって、平均として体重の10分の1。キリコは細身に見えるけど結構体重がある。つまりわたしの腿も今かなり重い。
どいてよ、って言いたいところだけど、何だかそれも言わなくていいような気がしてて、まだ腿が痺れてるわけでもないから、もうちょっと放っておく。腿が痺れそうになったら立ち上がって転がしてやろうかな。
さらさらの髪を撫でて、すうすう規則正しい寝息を聴いて、テレビはあんまりよく見てないけど、それよりテラス窓から差し込む日差しがきもちよくって、放っておいたらわたしまで寝ちゃいそう。
眠り込んでいつもよりあたたかいキリコの身体は完全に力が抜けていて、腕はだらんとソファから落っこちて、長い脚は最初からソファの幅に収まってない。
シャツの襟が乱れて鎖骨が見える。いつもスカーフやアスコットタイの下に隠れてるから、他の人には見えないとこ。肌も綺麗だって知ってる。
キリコは起きない。起きろ馬鹿、って何度言おうと思ったか、でもやっぱりいいや、って何度思ったか。不思議な気持ちになる。好きとか愛してるとか、感情が揺さぶられるような言葉より、不思議、って言葉が似合う気持ちだと思う。
ここでこうやって、こうしてるのが不思議で、でも別に不思議じゃないって思う自分もいる。でもどうして不思議じゃないのかって考えるとよく分からなくなる。
面倒なことを考えたくなくって、テラス窓から入り込む日差しの心地よさに紛らわせてしまった。
不意にキリコが深い息を吐いた。あ、これ、起きる時の呼吸。髪を撫でたらうーんって少し呻いた。起きたらコーヒーでも飲もうかな。ハイビスカスティーもいいかも。
そんなことを考えてたら、少し濃い銀色の睫毛が震えて、その下からびっくりするくらい青い瞳が眠そうに現れる。わたし、キリコと一緒になってから、この色が大好きになった。そこに映ってるわたしが嬉しそうに微笑んでて、ちょっとびっくりした。
キリコが眠そうに、本当に眠そうに笑う。わたしも笑う。
ねえ、って声をかけようとしたら、キリコが動いた。
「ええ?」
思わず声を出してしまった。驚いたから。
キリコがごろんと、今度はわたしの腿に顔を埋めながらうつぶせになって、腕はしっかり腰に巻き付いて来て──そのまま、また寝息を立て始めたんだから。
「キリコ」
流石に身体を揺すって起こそうとした。
「キリコ、もう起きて欲しいんだけど」
返事なし。完全に寝てる。でもこれじゃわたしの腿が限界になるし、こんな変な寝方じゃ寝違えるかもしれないし。寝違えってつまり捻挫だから、結構大変だし。
「キリコってば。寝違えたら治療するよ。湿布1枚10万」
我ながら酷い脅し文句だけど、何とか耳に届いたのか、うう、とキリコがまた呻いて、今度は何とか起き上がった。やれやれ、と思う間もなく、今度はしっかり抱き付かれて、何だと思う間も──思う必要もなくキスをされる。寝惚けててもこれだ。寝惚けてるからこれなのかな。
唇を離したら、今度はわたしにもたれかかるようにして抱き付き直してくる。仕方なく背中に手を回して、もう起きろって、って言った。
「まだ眠い」
「動けば目が覚める。コーヒーは?」
「いらない。まだ寝る」
「じゃあもう、ちゃんとベッドにしてよ」
「そうする」
2階の寝室に行くまでに目が覚めそうだけど、それならそれでいい。寝るなら勝手に寝ればいいし。わたしはその間、ハイビスカスティーを淹れて腿の労働を労おう。
なんて思ってたら、急に世界が回った。
「ええー!」
不意打ちにやられて思わず笑っちゃった。まだちょっと眠そうなくせに、それなのに楽しそうにキリコがわたしを抱き上げたなんて笑っちゃうでしょ。
そのままリビングを出て行こうとするんだからもっと笑える。
「わたしは寝ないよ?」
「起きてろよ」
「何でわたしまでベッドに行かなきゃいけないんだ」
「抱き枕がいる」
「誰が抱き枕だ」
寝心地のいいベッドが待つ寝室へ歩き出したキリコの首に腕を回してかじりつく。キリコのにおいがした。柔らかい銀の髪が顔をくすぐって、ちょっとくしゃみが出そうになった。
案の定、途中ですっかり目が覚めた男は抱き枕のカバーを器用に外していく。要は脱がされている。その間も何となく二人で笑い合っちゃって、それからふたりで真っ昼間から軽くえっちした。
すごいのは夜にしようね、って言われて、もう、この男は本当にえろい。
わたししか知らないけど。
わたししか知らなくていいんだけど。

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