ひんやり

SSとか

何がどうってわけではないけど何となく違和感を覚える、って時はどんな間柄でもあるんじゃないですかね。って話。

「バナナは絶対。ベリーはなくってもいいんだけど、あった方が美味しいわ。あとはケール、これも絶対ね」
 ユリさんの前にあるミキサーに、どんどん詰め込まれていくフルーツに野菜たち。ピノコが熱心にうんうん頷きながら聞いている。
 どれも朝のマルシェで買って来たばかりなの、って教えてくれた。
 私がピノコと爆睡してた間に、(ユリさんいわく)軽いジョギングと、ジョギング中に見かけたマルシェイベントで買い物をしたそうだ。早起きして走るってだけで私からすれば神の領域。それに加えて買い物。無理。次元が違う。
「ワシントンでマルシェイベントなんて珍しいから嬉しくって買い過ぎちゃった。荷物持ちでにいさんに電話したらもう出掛けてたし」
 キリコは契約先のフォート・デトリックで何やらミーティングがあるとかで、かなり早く家を出ていたらしい。らしい、ってのは私が爆睡している間に出かけたからそう言うしかない。
「電話で起こしちゃってごめんね、先生」
「全然。寝坊しなくて済んだし」
「あら、役に立てたならよかった」
 本当はもっと寝てたかったし、ユリさんはそれを知ってる。でもお互いに言うほどのことでもない。
「そう、それからピーナツバターとココアパウダーね。これでチョコレートの風味がつくのよ」
「美味しそうなのよさ!」
 フルーツと野菜の次にはいかにもアメリカンでございな大瓶からピーナツバター、その次にはココアパウダー。
 そこにミネラルウォーターを少し入れてスイッチオン。途端に物凄い破砕音がキッチンに鳴り響く。ピノコがきゃあきゃあ言いながら耳をふさぎ、私は我ながらびっくり顔だったと思う。ユリさんはピノコの様子に笑っていた。
 最近流行のグリーンスムージー、なるほど、アメリカ人らしく合理的な飲み物だってことは分かる。嫌味でなく客観的に、ユリさんみたいなお洒落な女性にはよく似合う。
 栄養素を無駄なく採れるとか、加熱調理よりビタミン含有率が高いとか、うん、それは正しいし、先に運動したユリさんには適した栄養補給の方法だと思う。
 うん、これは合理的な栄養食だ。
 でもユリさんにはお洒落な朝ご飯だ。
「色はあんまりね」
 ミキサーを止めたユリさんがまた笑う。ベリーを入れたからかな、ケールの緑と混ざって凄い色。いや、ピーナツバターとココアの可能性も。
 ユリさんには言えないけど、……まずそ……いや、うん、日本人の視覚的食欲にはあんまり合わないのかも。特に私みたいなタイプには。
 だからって否定する気はないし、日本に帰ってもピノコが飲みたがれば飽きるまで付き合うし。
「はい、ピノコちゃん」
「ありがとうなのわよ!」
 凄い色の栄養食を注いだグラスにカットしたフルーツを飾って、お洒落なマドラーを差して、ピノコの前に置く綺麗な女性。似合うなあ、綺麗だなあ、って本気で思う。
 ユリさんは次に私を見て、目が合って、それから少しの間視線だけをそらして、口元を悪戯っぽく、でも本当はちょっと迷ってるふうに歪めた。私はそれで、あ、バレた、って思って、やっぱり同じふうに口元を歪めてみせた。
 それから二人で同時に笑い出した。
「先生、いらないんでしょ?」
「そんなことないけど」
「にいさんにしか素直になれないの?」
「その言い方、ずるくない?」
「事実だし。いらないんでしょ?」
「いらないでーす」
「あげませーん」
 また二人で笑った。お互いにちょっとばっかり、内心でひやっとした瞬間だったと思う。ユリさんとはたまにこんな瞬間がある。
 嫌いなはずがない、もちろん大好き。家族って言える人。でもたまに、兄を、恋人を挟んだ関係の人なんだなあって実感するような、歯車がほんの1ミリくらいずれちゃいそうな瞬間。
「ちぇんちぇい、美味しいのわよ?」
 まだ分からない、もしかすると分からない振りをしているのかもしれないピノコが無邪気に言う。
「ふうん? お代わりもらえば?」
「先生の分、飲んじゃっていいわよ」
 ずれちゃいそうな瞬間を、ユリさんは巧く、たまに力業で修正してくれる。私がすることも稀にある。そのたびにちょっとひんやり、ひやり。
 これからもそんな瞬間はきっとあるし、でもそれでいいんだと思う。
「そう言えばマルシェで聞いたんだけど、あのお店で──」
「え、行きたいのよさ!」
 歯車の修正は完了。後はいつも通り。女三人寄れば、って我ながら思うような井戸端会議が始まる。キリコがマシンガントークって言うやつ。
 これはこれで楽しくて、結局私たちは午前中をキッチンで過ごしてしまった。
 こういうのもキリコとふたりにならなかったら、きっと一生知らないまんまだったんだろうし、ユリさんとはそれくらい付き合いたいし。
 悪いことじゃないんだと思う。
 実は忘れ物を取りに来てて、キッチンの外であの瞬間に居合わせて、物凄く肝を冷やしてたって、夜に帰って来たキリコがベッドの中で溜め息混じりに話したのは、私だけの笑い話にしておこう。怖すぎて声をかけずにまた出て行ったなんて失礼な奴。
 

SSとか

Posted by ringorira