小ネタ02

書きかけとか

前記事の読み違えていたお題「三日月に乾杯」を改めて字数制限無しで少し長めに書いた。

【三日月に乾杯】

 現代って便利なもので、回線が繋がっていれば好きな男といつでも話ができる。同じ国にいれば最高、電話代が安くて済むから。
 今日は何となく日が変わる頃に声が聴きたくなって、寝てたら起きろって思いながらコールした。3回の呼び出しで出た好きな男は私の声を聴いた途端に声を柔らかくしてくれて、よかった、仕事のことを考えてない時間だった、って安心できた。考えてる時に電話をすると、ごめんね、今は話さない方がいいよ、って言われて切られる。大抵その後、私は死神の棲み家に車を飛ばして押しかけて大騒ぎをする。
 でも今夜はそんなこともなくて、窓から見える有明月を見上げながら声を聴けた。優しい声がとても好き。受話器越しでも何て甘いんだろう。
 回線を挟んだ遠い距離の声なのに、形のいい薄い唇が思い浮かぶ。あの唇から零れる声を今、私は独り占めしている。何て心地良い。何て優越感。誰に? さあ? でも持ってしまう私を責める人なんてきっといない。
 今日は三日月だね、って言われた。ううん、これは有明月。三日月と有明月の違いを知らなかったみたいで──たぶん日本独特の言い方なんだろうし──、説明したら相槌を打ちながら聞いてくれた。でもちょっと心ここにあらずみたいな声音で、私は途中で説明するのをやめてしまった。
 説明するのをやめた私に、どうしたの、って言う。その声も優しいし、甘い。さっきより甘くなった気がして、私はちょっとくすぐったい。くすぐったいし、それから──ちょっとでいいからキスしたいな、って思う。今日はできないから今度会ったら絶対しよう。会ったら必ずするから心に決めるまでもないんだけど。
 別にって私が答えたら、受話器の向こうから少し笑う声が聴こえて、何がおかしいのかと私が怒る前に言われてしまった。
 これから行くよ。キスしたくなったから。
 もう寝るから無理、って言って電話を切った。頬が一気に熱くなったのを認めるのは悔しい、いつになったら慣れるのかって情けない。
 有明月──三日月って言うんだったら三日月でいいや。テラスのテーブルに寝酒を──もう寝るんだからね。寝酒のワインを置いて空を見上げる。夜中の空気は澄んでいて、ゆるやかな海風の中、少しふっくらした三日月が眠そうに浮かんでいた。
 煙草に火を点けて月見酒。もう寝るんだからね。車の音が聴こえたなんて関係ないし、玄関からじゃなくてテラスに直接入って来た男なんて関係ない。
 テーブルにグラスを2つ出していたのは私の間違い。
 何も言わずに勝手にワインを注いで、隣に座った男が言った。
「乾杯」
 ワイングラスを合わせるなんて野暮はしない。月に向かって綺麗に掲げてみせるキリコが本当に素敵で、いい男で、そのくせひとつ忘れてるんだから、ううん、忘れてる振りをしてるんだから腹が立つ。
 それなら酒で口を塞いでやろうとグラスを傾けたら、指で私のグラスを抑えて、ちょっと首を傾けて、すごく丁寧で優しい、私が大好きな甘いキスをくれた。
 ああ、もう、何て憎々しいくらいにいい男。月が見ていた? 冗談じゃない、独り占めしたいから月も見ないで。

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最初はぷらいべったーに上げたんだけど女体化注意って入れるのを忘れたので削除したのでした。
テキストページに置く場所もないのでブログにサルベージ。